見出し画像

THINK TWICE 20210718-0724

7月18日(日) Uh...One, Two, One, Two

画像1

結局のところ、この顔なんですよ、ビズの魅力って。ワン・アンド・オンリーというか、オンリー・ワンというか、オンリー・ザ・ロンリーな彼の存在感は面構えからだけでも充分伝わるかと。

ぼくの生ビズ体験は一度だけ。1994年のことで、会場は六本木のベルファーレの近くにあったジャングルベースというクラブ。アルバム『Illmatic』を出して注目されていたNasとのダブルヘッダーでした。

いま考えるとすごい組み合わせですが、Nasの印象はとてもおぼろげ。手を抜いてるとは言わないまでも「終始クールだったな〜」という記憶がうっすらあるくらい。

かたやビズのインパクトは強烈でした。スクラッチや2枚使いは荒削りで、DJを始めたばかりだったぼくが「俺より下手なんじゃないか?」と感じたくらい(笑)。でも、ダンス・クラシック、ディスコ、ソウルから最新のヒップホップまで豪快にガシガシ繋ぎ、時にマイクで煽り、曲に合わせて歌いながらオーディエンスを盛り上げていく───まさに全身エンターテイナー。

「ファンキーっていうのはこういうことを指すんだな」と教えてもらったし、TMVGのぼくのDJスタイルって、実はこの日、目の当たりにしたビズのプレイにも相当インスパイアされてたりします。

画像2

その来日公演と前後する時期に、クイーンズの"The Que Club"で実況録音された『Live At Q Club '94』というビズのミックステープがあって、ぜひみなさんにも聴いてみて欲しいです。ほんとにすごいから。

享年57歳。重度の糖尿病に悩まされ、一時期は数十キロのダイエットに成功、なんてニュースもあったけど、最近は死亡説まで流れたりして、ひそかに心配していたのですが、ついに力尽きてしまったのですね。ラッパーはデビューが早いからもっと年上かと思ってたけど、同世代と言っても過言じゃなかったんだな。

ビズ自身の作品はもとより、客演にも名作が多いです。ビースティ・ボーイズ、ビッグ・ダディ・ケーン、デ・ラ・ソウル、ビートナッツ、あるいはテイ・トウワさんの作品など、頭にパッと浮かぶ作品は多いけれど───ベタですが、このDJ KOOL「Let Me Clear My Throat」(1996年)が一番好き。これを聞いてアガらない人はいないんじゃない?

それにしても。天国バンドがまた豪華になっちゃったなあ。


7月19日(月) We Did Start the Fire

炎が上がった時点で遅かれ早かれ、こういう結果になるとは思ってましたが、ついに最後のハシゴが外されて、彼が「自分なりに精一杯取り組んだ」という式典用楽曲は日の目を見ないことに。

報道で伝えられているところによると、開会式ではオープニングの冒頭4分間に彼の曲が使われることになっていたそうなので、そうなれば映像は盟友である映像作家の辻川くんが担当していたのでしょう。

とすれば、音楽と映像はこのMVのように一対だったはず。それがまるごと無くなったらどうなるか───あと4日しか無いですもんね。音楽監督を務めているFPM田中さんが今頃、奮闘してるんでしょうか。

こうした派手な炎上劇を目撃すると、ぼくの頭の中でかならず流れるのがビリー・ジョエルの曲「We Didn’t Start the Fire」です。

歌詞はこんな感じ。

俺たちが火を起こしたわけじゃない
この世界が始まったときからずっと燃えていたんだ
俺たちが火をつけたわけじゃないのさ
ああ、俺たちのせいじゃない
でも、なんとか努力はしたんだよ

俺たちが死んでしまっても
炎はずっとずっと上がり続ける

ビリー・ジョエルが歌うように、地球が誕生したときから炎が上がってたのだとしても、「俺たち」が生まれてこなければ、誰にも炎は目撃されることはありません。人間が目撃し、認識すること無しに、どんな現象も存在し得ない───いわゆる〈シュレディンガーの猫〉というやつです。


映画『テネット』に、壁にめり込んでいた銃弾が、引き金を引くことで銃の中に戻ってくる───エントロピーの逆転現象を説明するシーンがありますが、今回の小山田くんの件はこれと良く似ている気がします。

過去の自分の行動が未来の自分に影響を与えるという通常の現象(引き金を引く→弾丸が飛ぶ→壁に当たって弾がめり込む)ではなく、未来の自分が起こしたアクションが、過去の自分のアクションに影響を与える(引き金を引く→壁にめり込んでいた弾が逆行して飛ぶ→弾倉に戻る)という、今のぼくらには理解し難い感覚も、こういうことが続いていくうちに、あたりまえのように受け入れられて、そういう思考の中で立ち振る舞える人たちが、これからたくさん出てくるんでしょうね。


7月21日(水) Call-Out

奇数月に毎週、小山田くんが京都でやっている「FLAG RADIO」は毎回楽しみに聴いていました。今日がまさにその放送日だったので、いったいどうなるかと思っていたら、放送局からこんなリリースが出ていました(あとで確実に消されそうなので、スクショも)。

スクリーンショット 2021-07-21 17.01.01

この文章だと、放送の休止決定はあくまで社内の協議だけで、小山田くん本人や事務所とのやりとりが無かったように読めます。

NHKの『デザインあ』、テレ東のドラマ『サ道』も同様、番組のすべて、あるいは音源の差し替えが行われる(た)そうです。

放送局のこうした対応については、各局で相談して、足並みを揃えたわけではもちろんないでしょうが、個別の事情を斟酌するのではなく、ある種の不祥事用〈テンプレート〉で処理をした印象を受けます。

スクリーンショット 2021-07-21 17.05.00

で、ぼくの気持ちをこの3つの呟きに集約しました。

誰でも知ることが出来る状態にあった昔の雑誌記事を根拠に、彼がオリパラにメインスタッフとして参加する資質に欠けるのではないか、という問いかけが起こりました。約30年という長い間、記事内容についての表立った釈明はもちろん、当事者への謝罪も充分でなかったことを踏まえれば、式典で楽曲の使用が見送られたのは致し方ないとぼくも思います。

そもそも先週分や今週月曜分の日記に書いたように、オリンピックがこの状況下で開かれようとしていることに、明確に反対しています。もちろん開閉会式についても中止して欲しいです。だからこそ演出に関わっている人たちのなかに知り合いが数人含まれていることに対して、とても複雑な感情があります。

でも、彼がレギュラーを務めてきた番組の放送まで取りやめることはまったく別問題です。もちろんこれだけ世間が騒いでいるなかで通常放送するというのは、覚悟と根拠がいることは理解できます。

しかし、放送局が示した中止理由が〈東京2020オリンピック・パラリンピック大会における小山田圭吾さんに関する一連の報道を受け、当社にて協議の上、事態を厳粛且つ真摯に受け止め〉だけでは、ほとんど説明になっていません。

あと、α-STATIONは、7月1日から開局記念として小山田くん制作のステーションジングルが流されていて、インフォメーションページにその旨も記載されていたはずですが、それも消えています。誰かに目をつけられて、いわゆるキャンセル・カルチャーに巻き込まれる前に───と局側が予防線を張ったのでしょうが、削除した理由にはなにひとつ触れられていないのです。

いわゆる〈組織の論理〉や〈立場〉というものに、自分がまったく疎いのは認めます。おそらくこういう当たり障りのない文章をリリースとして流し、触れたくないものには触れない、というのが、そこでは〈正しい〉とされるのでしょう。そんな世界のなかでベストを尽くし、立ち働いている人たちのことを全面否定したくないですが、だからこそモヤモヤしてしまいます。

3つめにつぶやいたように、たとえ橋本聖子や坂上忍が小山田くんのおの字さえ忘れたって、ぼくはずっとこのことを記憶し続けるつもりだし、モヤモヤが晴れるまで、ことあるごとに考え続けようと思っています。


7月22日(木) Amazing Grace

画像5

アレサ・フランクリンのライブドキュメンタリー映画『アメイジング・グレイス』を観てきました。

1972年1月、牧師でゴスペル歌手のジェームズ・クリーブランドや、サザン・カリフォルニア・コミュニティ聖歌隊と共に、コンサート形式の一発録りでレコーディングすることにしたアレサ。当時の最強ミュージシャン、バーナード・パーディ(ドラム)、チャック・レイニー(ベース)、コーネル・デュプリー(ギター)らを引き連れて、ロサンゼルスのサウスブロードウェイにある、New Temple Missionary Baptist Churchに乗り込みます。

2日間にわたって行われたレコーディングの模様が、ワーナー・ブラザースの出資でシドニー・ポラック(代表作『追憶』『トゥツィー』)が監督し、撮影が行われたのですが、技術的なミス(カチンコの入れ忘れ)が原因で、音と映像の同期が取れず、そのままフィルムはオクラになっていました。

それから半世紀近く経ち、プロデューサーのアラン・エリオットと監督のポラックがワーナーと交渉して、映画化権を手に入れます。コンピューターを使った編集によって、技術的な問題も無くなりました。いよいよ映画に───という話になったところで、今度はアレサが公開を拒否。しかし、2018年に彼女が亡くなり、遺族が了承したことから2019年にアメリカで初公開されたのです。

デヴィッド・バーン『アメリカン・ユートピア』を観たとき、このふたつの作品はワンセットで観るべき映画では? という直感がありました。

『アメイジング〜』を観に行って初めて知ったのですが、この映画の製作を最終的に担当したのは、スパイク・リー率いる40エイカーズ&ミュールでした。プロデューサーとしてもスパイクの名がクレジットされていて、もちろん彼は『アメリカン・ユートピア』の監督でもあります。

バーンの映画では「トランプ政権下で〈分断〉に拍車がかかったアメリカ社会をどう立て直すか」という問いかけが大きなテーマだったけれど、アレサの映画は、ことさら社会的なテーマを軸にしている作品ではありません。

もっと純粋に、アレサの歌手としてのパワー、神への祝福、そして客席に詰めかけた1972年のアメリカの一般の人々───その大多数は黒人でほんのちょっとだけ白人(『メインストリートのならず者』の仕上げ作業を、ちょうどロサンゼルスでやっていたミック・ジャガーとチャーリー・ワッツを含む)の姿がそのまま写っているだけです。

でも、この映画が撮影された1972年のアメリカを思い返せば、ベトナム戦争、ヒッピームーブメント、ウーマン・リブ、そして黒人の平等と権利獲得を巡る激しい闘争の時代でした。つまりそうしたテーマをことさらクローズアップしなくても、通奏低音としてずっと鳴り続けているですよね。

アレサと共演する牧師たち、歌手、ミュージシャンでさえ、彼女のすさまじい歌声に圧倒され、熱狂し、時に涙するのですが、当のアレサは歌い終えると、終始「いったい何があったの?」というような表情で静かに立ち尽くしていたのがとても印象的でした。

7月23日(金) THINK TWICE RADIO

画像6

THINK TWICE RADIO VOL.21
NEW SONG ISSUE (Non-Stop Edition)

[Track List]
Still Woozy -That's Life
Oracle Sisters - The Dandelion
Gionatan Scali - Ride On
The Undercover Dream Lovers - Get 2 You
Bruno Pernadas - Family Vows
Teenage Priest - Mirror
sir Was - Spend A Lifetime
Michael Seyer - Miss My Baby
Diamond Cafe - Whatever It May Be
JORDANN - Corporate Social Responsibility
Chinatown Slalom - You Can Bet Your Hat On It
Thad Kopec - I Feel Different Now
Ralph TV - Superfood
Kaptan - Pet Names
Mndsgn. - Masque
Kit Sebastian - Agitate


サポートしていただいた資金でレコードや本を無駄遣いし、執筆の糧にしております💰