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辻咄 異郷の旅/ダラガン Ⅱ『見果てぬ夢、見果つ旅、ダラガン』 第9話

第9話 【 強い女、レディファーストと突破 】

「リプリーさん、すいませんが、サイドカーにお二人で乗ってくれませんかね。狭いけど、横並びしなけりゃ、なんとか座れる筈だ。俺はカブの方で、ちょっとやることがあるんで後ろに人を乗せられないんですよ。」
 柳緑はカブに飛び乗って、側にいる二人にそう言った。

「馬鹿を言うな柳緑君、リプリーさんに失礼だぞ。」

「あら私はいいわよ、マッキャンドレス。私が先にのり込もうか?」

「いや、私が先に乗ります!」

 アレグザンダーが慌てふためいてサイドカーに乗り込むと、次ぎにリプリーがアレグザンダーの膝の上に乗るような形でサイドカーに収まった。

 それを確認した柳緑は、すぐさまカブのスロットルを全開にして藪から飛び出した。

「いいですか、二人とも。これからは僕が精霊石の力を使って、このカブの周囲にバリヤーを張ります。その状態でスタジアムに突入するんです。でもその力が何時まで持つのか、どれくらい効くのか、僕にはハッキリ判らない。だから覚悟だけはしといて下さい。もし僕のバリヤーが切れたら、柳緑が自分の身を呈して、貴方たちを守ると思いますが、それだって、限界があります。」

 花紅がいつものようにサイドカーの舳先に陣取り、振り向きながら後ろの二人に指示とも言えない指示をした。

「判ってるわよ、坊や。何時だって戦争はそうだわ。そんなのが判らないで兵器は作れないのよ。」

 タイミング的に見て、リプリーが精霊石についての詳しい所を知っているはずはなかったが、彼女は花紅の言った要点だけを、理解し、それに従う意志を見せた。
 どこまでも実戦的な思考回路の持ち主だったのだ。

「、、あああ、それに気がつかなかった。リプリー、私があなたの上に、弾避けとしているべきだった。」
 逆に花紅の説明で慌てたのは、アレグザンダーの方だった。

「そんなのどうでもいいわよ、マッキャンドレス。バリアーが効かずに重機関砲で撃たれたら、その弾は二人とも貫通して身体はグチャグチャよ。それより、さっきから私のお尻に当たってるあなたのゴツゴツしたの何とかして。それとも私に抜いて欲しい?」

「、、、、。いや。、、もういい。いまので、もう終わった。」

「終わった?何?何それ?」

 そんな二人の会話に、花紅は朗らかに笑い声を上げた。

・・・・

 柳緑はアレグザンダーの指示に従って、奴隷村の外縁にある隠れ道をカブで飛ばした。
 やがてこの道が、スタジアム正面玄関に通じる大通りに繋がるのは、昨夜の計画で何度も確認したことだった。

 彼らはそこを精霊石の力をバリアー代わりに使いながら、正面突破する積もりでいた。
 スタジアムの正面扉は、軍城の威厳を誇示するために常に開かれていたからだ。

 もちろん、危機にさらされば門は閉じられ、正面の警備網は一瞬にして分厚いものになるだろう。
 そこから侵入出来るのは、敵の慢心を付いた、ただ一度のチャンスだった。

 柳緑は脇道から、大通りに飛び出すと、アクセルをフルスロットルにしてハンドルをロックした。
 次に開いた手で、肩に掛けていた弓を構えると、腰の矢筒から第一の矢を引き抜きつがえた。

 矢の先端には、昨夜、アレグザンダーに調達して貰った揮発性の強力な睡眠剤が注入してある。

 その数が百、矢筒には2百の矢が収納されていたが、残りの百には、ファイヤービーンズがそれぞれ詰め込んである。
 ファイヤービーンズは強い衝撃を一気に与えると一瞬で超高熱を発して燃え上がる。

 柳緑は、出来れば睡眠剤だけで、勝負を付けたいと思っていた。
 柳緑にとって反乱軍は、因縁のある直接の敵ではない。

 "反乱軍が悪"、それはこの世界でのアレグザンダーらの価値観だった。
 だが大きく見れば、コラプス後の内乱状態にあったこの都市を平定したのは、彼らだとも言える。

 そして柳緑のその価値判断の多角性は、リプリーにも及んだ。

 リプリーはこの闘いに自らの意志で参加したが、それも元をただせば、柳緑個人の思惑に彼女を巻き込んだ結果とも言えるのだ。
 アレグザンダーは、まだいい。
 アレグザンダーは少なくとも長老イェーガンには大きな恩義があり、彼もそれを自覚している。あの出入り口を塞ぐ事はイェーガンの世界の利益にかなう事だ。

 だがリプリーはにはどうなのか?それが判らなかった。

 もちろんアレグザンダーは、自分よりもリプリーの事情を深く理解していただろうし、リプリーが何の考えもなく、この計画に参加するような女性だとも思えなかったのだが…。


 初め小さく見えていた、スタジアムの大門が、どんどん間近に迫ってきた。

 まだ城からの攻撃はない。

 大通りは驚く程、静かだった。

 カブのパルルルルというエンジン擬装音だけが響いている。

 だが「戦争」は、直ぐに始まる。

 柳緑は自分の迷いを振り切るように、大きな雄叫びを上げた。

 大扉の上部は、他の4階構造と違って、2階構造になっていた。
 その上は物見だ。
 それらの要所には全て銃座と配置兵士が配置され、今、彼ら全員が、ながい怠慢から目覚めつつあった。

 突然鳴りひびいた警報音と共に、大門から軋み音が聞こえ始めた。

 開いていた大扉が左右から締まり始めているのだ。

 柳緑は矢先に充填した睡眠剤を、次々と大門上部の銃座目がけて撃ち込み始めた。
 プロテクを完全装着した柳緑が、それをやるのだから、そのスピードは尋常ではなかった。

 この時ようやく何が起こり始めているのかを理解した軍兵からのカブに向けての発砲が始まった。
 侵入するカブを挟む形に配置されていた左右の重機関砲は、一番最初の矢で眠らせていたから、そこからの攻撃はなかった。


 それでも百に近いライフルや機関銃の銃弾が浴びせかけられるのだ。
 カブの回りで、精霊石が形成した力場に跳ね返される無数の銃弾の音が、轟音のように鳴りひびいていた。

「かこう!持ちこたえろ!もうすぐ門を通過するぞ!」

 柳緑が矢を放ちながら花紅に聞こえるように怒鳴り上げる。

「行け!行け!行け!軍城の中に入り込んだら、上からの弾幕量は半分になるぞ!そこまで頑張れ!」
 珍しくアレグザンダーも興奮して雄叫びを上げた。

 大門が締まり掛けていた。

 今のタイミングでは、通過できない。

「かこう!一か八か、バリヤーを解いて精霊石の力でカブを押せ!」

 花紅は柳緑の言うことが、直ぐに判った。
 少し前から自分達に浴びせかけられる弾幕の量が減っている。
 スタジアムにいる射手達は、壁の真下を狙うには、その身体を大きく前に乗り出さなければならない。
 例えそれが出来たとしても、そんな姿勢から、動くカブを正確に狙うのは不可能なはずだ。
 大門を潜り抜けたら、直ぐにバリヤーを張り直せばいい。

 『柳緑は花紅、花紅は柳緑』、花紅は、その作業を一瞬にして成し遂げた。

 ただそれは際どいギリギリのタイミングで行われた動きだった。

 大門は自身を通過したカブの真後ろで、大きな音を立ててしまったのだ。

     ……………………………………………………

 スタジアム内のフィールドに飛び込んだカブは、一直線にゴライアス・ジャベリンに向かった。

 カブへのスタジアムからの機銃掃射は、アレグザンダーが予見したとおり圧倒的に少なくなった。

 その代わりに、機関砲を搭載したジープがスタジアムの建物の影から数台飛び出して来て、カブに攻撃を仕掛けて来た。

 柳緑は弓を使うことが出来なくなっていた。
 カブの操縦に専念する必要があったからだ。

「がんばって!ゴライアスの側まで寄せてくれたら、後は私がなんとかするわ!」
 リプリーが柳緑に向かって叫んだ。

「どうやって乗り込むんです?花紅を一緒に行かせましょうか?」

「馬鹿にしないでよ!君たち、ゴライアスの始動の仕方も知らないくせに!それにこの坊やが今、バリヤーを解いたら、その途端にマッキャンドレスは蜂の巣よ!」

「あんた、、すげえ女だな。」 柳緑は呆れたように小声で言った。

「今、なんか言った!?」

「いえ、今、ゴライアスの運転席の側にカブを寄せます。あいつら、流れ弾がゴライアスに当たるのを避けてか、銃撃が鈍ってる。今がチャンスだ。」

 柳緑は追跡してくるジープをうまくかわしながら、ゴライアスにカブを寄せた。

「リプリーさん!お願いがあるんだけど!」

「何、坊や?」

「僕らのカブも、ゴライアスで面倒見てくれないかな?」

「ゴライアスの収容能力の事が良く判ったわね!坊や!」

「だってあれ、ごつく見えるけど、基本的には運搬車両なんでしょ?このアイデアはトランプから貰った。」
    花紅が嬉しそうに言った。

「私が乗り込んだら、直ぐにゴライアスの収納庫の扉を開いてあげるから、その時にカブ毎飛び込みなさい。ただし、ヘマしたら置いていくわよ!」

「何、ごちゃごちゃ言ってる!着いたぞ!」
 柳緑の叫び声と同時に、リプリーがサイドカーから飛び出し、走りながらゴライアスの運転席横に取り付けてある昇降用の金属梯子に飛びついた。

 そんなリプリーの背中を、ゴライアスを遠巻きにして停止したジープから一人の兵隊が立ち上がり片付けしたライフルでねらい撃ったが、それを花紅のバリヤーが弾き返した。

 柳緑はカブに乗ったまま再び弓を使い始めた。
 最初に矢に当たり、昏睡したのは、さっきリプリーを狙った兵士だった。

「引け!奴らと少し距離をあけろ!」       一台のジープからそんな指示が飛んだが、その時には半分のジープの搭乗員が柳緑の矢の餌食になっていた。

「りゅうり!カブの運転を変わるよ!りゅうり はアレグザンダーをゴライアスへ!」
    運転を代わる…精霊石の力を持たなかった昔の花紅ではできなかった芸当だ。

「了解!十石を頼むぜ!」

 柳緑はカブから飛び降りると、サイドカーから降りたばかりのアレグザンダーを、抱きかかえるようにしてゴライアスの金属梯子に飛びつき、一気にゴライアスの助手席へ転がり込んだ。
    その時、柳緑は運転席に座るリプリーのジャンプスーツの肩口に13の数字がプリントされた布バッチがあるのを見つけた。
    囚人番号…!柳緑はハッとした。

「そろったわね!行くわよ!あの坊やは待たなくていいんでしょ?」

「ああ、カブを収納庫に入れ終わったら、こっちに飛んでくる。」

「正確に言うと、ここに飛んでくるのは、あの坊やの精霊石とやらね。」


 リプリーがゴライアスの操作パネルのあれやこれやを流れるような指捌きで押し込んで行くと、最後にアクセルと思えるものを踏み込んだ。
 その作業の流れを見ていると、認証式の始動キーが採用されているようだった。
 確かにこれだとアレグザンダーが言っていたように、柳緑単独ではゴライアス奪取には手も足も出なかっただろう。

 重量感のあるゴライアスが前に進み始める。

「ふぇーっ!もう少しで収納扉に挟まれそうになった!リプリーさんって、ほんと情け容赦もないね!」
 花紅が青い顔をして運転席に姿を現した。

「泣きを入れるのはまだ早いわよ!これからが本番なんだから!」

 リプリーが言った通り、今までいたジープの代わりに戦車が3台フィールドに出てきた。

 超大型戦車が1台、残りの2台は同型で、機動性を高める為か、やや小振りだった。

「心配しないで、こけおどしよ。奴らはゴライアスが積んでるミサイルが、自分達の攻撃で誘爆しないか怖れてる。主砲なんか間違っても使わないわ。気を付けるべきは、火炎放射器よ。」

「確かに小さい方の2台からは、それらしいノズルみたいなのが突き出てるな。」

「蒸し焼きにされちゃかなわないわ。柳緑君、あなたそれを何とかして!私はその間に、このスタジアムを出る方法を考える。」

「なんとかするって?どうやるんだ?」

「柳緑君、弓矢を使うんだ。君の腕なら、銃座口でもなんでも戦車に開いた穴を狙って、その中に矢を打ち込めるだろ。それで戦車の中の奴らを眠らせればいい。」
 めずらしくアレグザンダーが口を開いた。

「それが駄目なんだよ。睡眠剤の矢はもう使い尽くした。もうファイヤービーンズを仕込んだ火矢しか残ってない。」

「だったら、それを使って!」
 リプリーがハッキリ言った。

「戦車の中が丸焼けになる!」

「あなた知らないでしょうけど、今の戦車はね、そういう事に対処出来るようになってるの。暫くの間はね。だから効果を上げるために、第二第三の矢も間を開けずに打つのよ。その時間差内で戦車から逃げるかどうかは、その人間の判断。それとも指をくわえて、火炎放射器でここで蒸し焼きになりたい?貴方、何をしにここに来たの?ここは戦場よ、違うの?」

 リプリーは進行方向から目を離さず、それだけを言った。

「判った、、。窓を開けてくれ。外にでる。」

 柳緑は開いた窓から、運転席のトップルーフの上に移動して、仁王立ちになると弓をつがえた。

 それと同時に2台の内の一台が、火炎放射器らしきノズルをゴライアスに向け始めていた。

 柳緑の火矢がなんの躊躇もなしに、その戦車に飛んでいく。

 続いて柳緑は、走り続けるゴライアスの上から、もう一台の戦車にも矢を放った。

 ややあって一代目の戦車の非常ハッチが開き、搭乗員たちが黒煙と共にまろびでてくる。

 だが2台目からは人が出てこない。        柳緑は2台目に向けて2の矢をついだ。

『出てこい!こなけりゃ、今度はホントに焼け死ぬぞ!』
 柳緑が第3の矢を放とうとした直前に、2台目のハッチがようやく開いた。


次話


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