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組織のモチベーション(7)「組織を死に至らせる病=共同体化」

 前章で、政府や世論は、低成長時代に合わせて、企業や個人に安定志向を植え付け、共同体度を高めようとしているのではないかと書きました。企業が成長しようとしても、なかなか成長しないなら、無理して成長を望まず、ワークライフバランスを考えて、従業員の安住感と充実感を高める事に力点を置くべきという考え方が広がりつつあります。

 これが、低成長あるいはマイナス成長時代の正しい考え方なのでしょうか?

 一見合理的な考えに見えますが、組織にとっては、非常に危険な道へと踏み出す事になりかねません。またまた歴史に学んでみたいと思います。

 例に挙げるのは、日本帝国陸海軍です。


◆日本帝国軍の始まり 

 明治に組成された日本帝国軍は、当初理想的な機能体組織でした。その成り立ちから説明していきたいと思います。

 徳川時代の日本は、非武装国家とも言える状態でした。組織のモチベーション(4)でご説明したように、徳川幕府が、日本全体を安定志向にしていくために、組織である諸藩と、個人である武士の両方に対して、組織的に戦うという意識を喪失させたからです。

 つまり、幕末に、日本の軍隊はゼロから始まりました。素直に言うことを聞く素人将校と素人兵士に対し、戦争のプロフェッショナルである外国人顧問が指導することにより、勝つことだけを考えた、理想的な機能体組織を作り上げました。こうして明治時代の日本帝国軍は最強の軍隊となり、大国である中国にもロシアにも連戦連勝したのでした。

 企業に例えると、やる気があって、しがらみのない経営者と、何でも言うことを聞く素直な社員達で設立されたベンチャー企業に、経験があり有能なコンサルタントがついて、一から理想的な機能体組織に仕上げたようなものです。

 それでは、なぜ最強組織だった日本帝国軍が、太平洋戦争あたりで、ダメな組織の典型みたいになってしまったのでしょうか?

 これは、組織が生き物的特徴を持つがゆえに、宿命的に生じるジレンマが原因になっています。そのジレンマから説明しましょう。


◆組織のジレンマ(外的目的と内的目的)

 組織とは、ある目的があって作られます。しかし、一度組織が生まれると、組織を維持・増殖させるという、別の目的を持つようになってしまいます。それは、生き物の生存本能のようなものだと言えるでしょう。

 したがって組織には、以下のように、2つの必ずしも一致しない目的が生じます。

 ・組織を作ることになった本来の目的 (外的目的)

 ・作られた組織が、自らのために持つ目的 (内的目的)

 これが組織の目的のジレンマです。外的目的と内的目的のギャップを認識し、両者のバランスを保つことで、組織を成長させつつ、本来の目的を達成させるのが、組織のマネージャー(リーダー)の役割なのかもしれません。

 しかし、矛盾もはらんだ2つの目的を両立させるというのは、言うは易し、行うは難しです。日本帝国軍の例を基に、説明しましょう。

 日本帝国軍は、もともと海外列強国の侵略から国を守るという外的目的に基づいて、政府主導で作られました。軍隊という組織が整備されてくると、軍学校(陸軍士官学校、海軍兵学校)で専門教育を受けた職業軍人が増えてきます。そして強固な絆を持つコミュニティとして共同体化していきました。

 彼らは、共同体内の構成員(軍人)を満足させ、居心地良くすることを第一優先に考えるようになり、軍を拡大してポストを増やすという内的目的が発生し出します。さらには、軍の地位を向上させるために、戦争否定派の政治家を激しく攻撃するようになります。

 外敵から国を守るという当初の外的目的と軍を拡大するという内的目的に大きなギャップが生じてしまいました。そして共同体化が進むことにより、内的目的が外的目的を大きく上回ってしまった為、ついには自国を危険に晒してでも、他国への侵略を企てるという行動が正当化されてしまいました。

 このように、組織が共同体化すると、内的目的が肥大化し、組織と組織の構成員のメリットを第一に考えるようになり、組織が硬直化して、本来の外的目的に対して、機能不全に陥ってしまいます。

 これは、軍隊に限ったことではありません。企業も共同体化すると、自分たちのことばかりを考えるようになり、顧客に価値を提供するという外的目的を忘れてしまいがちです。

 世の中の景気が良い時には、共同体化された企業でも、自然と成長気流に乗っていけるのですが、世の中が不景気になってしまうと、内部を守ることを重要視するあまり、本来の企業としての目的を忘れてしまうことになりかねません。


◆共同体組織が陥りやすい落とし穴 〜イノベーションが起きない理由〜

 共同体組織が陥りやすい落とし穴について、「組織の盛衰」(堺屋太一著)を参考にピックアップします。また、日本帝国軍が陥った落とし穴も例にあげますが、詳しくは、「失敗の本質 〜日本軍の組織的研究〜」を参照してください。

① 成功体験への埋没

 共同化した企業は、組織を過去に成功に導いたビジネスモデルとその時の体制やメンタリティに、非論理的に固執してしまいます。これは先駆者へのリスペクトが強いために、彼らを否定するような施策が打てないことに起因します。

 日本帝国軍では、日露戦争の成功体験から、困った時の“突撃主義”が横行しました。

② 環境変化への不適応

 共同体化した企業では、環境の変化によって安定が乱れ、居心地の悪い思いをする不適応者や不必要者が出ることを避けるために、できるだけ、環境変化には様子見の態度を取るようになります。そのために、デジタル化やSNSの台頭に対し、出遅れ気味になってしまいます。

 日本帝国軍では、航空機戦争になっているにも関わらず、空母軽視による“軍艦主義”を貫き、戦艦大和に、命運をかけてしまいます。

③ 創造性を拒否する内志向

 クリエイターやプランナーにとっては、これが一番の問題です。共同体化した企業では、少数から出された創造的提案は、和を乱すものとして排除されます。

 その提案が通ることによって、共同体内部のパワーバランスが壊れるからです。若手や外部からの革新的な提案に対しても、重箱の隅をつつくようなダメ出し議論の基に否定されてしまいます。

 日本帝国軍では、前線将校の柔軟な発想による作戦が、大本営からことごとく否定され、“セオリー主義”に走ったため、敵国にほとんど先を読まれていました。

④ 排他的な仲間意識

 共同体化した企業では、外部の人材を排除し、内部だけが理解できることをネタにした「仲間ぼめ」が横行します。内部の中でも、特に仲間意識の強いコミュニティ(派閥)が生じ、トップから指示を受けても、現場コミュニティとして納得できなければ、その指示を無視するという、間違った現場第一主義に向かいます。

 日本帝国軍では、軍学校出身者による学閥ができ、それ以外の人間と一線を画した“選別主義”に走りました。軍学校での成績と人脈で、どこまで出世するかが、ほぼ決定するという究極の年功序列によって、内部の競争が排除されていました。

 共同体化された大企業が、このような“共同体が陥りやすい落とし穴”にハマると、イノベーションは決して起きません。組織のモチベーション(1)で紹介しました、トップにプレゼンして承認された改革案が、実行フェイズで現場に棚上げされてしまうということが起こるのです。その理由は、外的目的を達成するための改革案は、組織に変化をもたらすものになるため、変化を嫌う共同体組織の内志向や仲間意識とは相容れないためではないかと思います。共同体化された組織は、トップでもコントロールができないほど硬直化してしまい、組織として死に至る危険性があると言っても過言ではないでしょう。

 ソ連崩壊前に、改革を推進した大統領ゴルバチョフは、「不思議なことに私の下す大統領命令は、各官僚組織において実行すべきかどうかまず検討されている。」と語っていたそうです。共産主義は、内部の競争を制限するため、共同体化しやすかったのでしょう。

 日本帝国軍は、国を守るために作られた組織でありながら、中央政府の言うことは一切聞かず、結果として国を滅ぼす要因になりました。

 あなたの会社、またはクライアントは共同体化してはいないでしょうか?

 経済低成長時代に機能体化を進め過ぎた反省から、極端な共同体化施策が進められ、外的目的を忘れて、内的目的のみに注力していないでしょうか?

 次回も、他人事ではない共同体化の恐ろしさとそれへの対応策を、もう少し紹介したいと思います。


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