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Nyarons『ズットチル』について(序)

点を落として 線を繋いで
どんな形にもなれそうだ
全部新しい あの頃みたいに 手を伸ばして

orion

ごく個人的な、思い入れ。

2019年暮れ、初年次休学。どんな形にでもなれそうだったころ。おれは、「歩くことは考えること」という恩師の教えを曲解してアフリカへ飛んだ。羽田-カタール-キガリ行の飛行機の中、上昇していく重力の感覚。起きてみた時の、紫色や橙色に染まった窓。"orion"は傍にいた。青春、だったのかもしれない。
だがいずれ飛行機は目的地に着く。生活が始まり、何もできないこと、何にも攻勢をかけられないことがわかる。どうであれ、自分で自分を裏切ってしまった感覚は拭い去れない。アンパンマンにはなれなかった。それでも、2020年2月20日の飛行機は来て、"orion"はやはり傍にいてくれた。

2019年、おれはNyaronsを主にSpotifyで聴いていた。そのとき『ズットチル』で聴けたのは"Listen To Music","chocoholic","orion","Vapor Fish Disco"だった。その後2021年に"シャボン玉"が加わるが、アルバムを買った今の今までこれらがすべて『ズットチル』に入っていたことを知らなかった。"さらさら","種"を聴いたのはこれが初めてだ。青春の一部を遅れて手に入れたような感覚。

『ズットチル』。
ケの日、という言葉があるのは、おまえなら知っているだろう。チルとは決してハレの日ではない。いつまでも、一直線に、「ずっと」続いていくように見える日常のことだ。曲のほとんどがchika作詞のこのアルバムは、そのころchikaが透視していた、線形の日常に飲まれていく未来の過程であり、bassyはその入り口、そして向こうからそれを眼差す。そして、それは決して諦観ではない。

Nyaronsというユニットは、2016年に結成され、看護師をしているchikaと職業作曲家をしているbassyで構成されている。おそらくどちらも多忙であるのだろうが、毎年6-7曲入りのEPを3枚ずつ出してくれている。しかもミックスも曲も何もかもの品質が良い。Future Bass とか kawaii とか相対性理論声とか言われているが、本質はそこではない。

僕らの街には朝が来て
イヤホンをつけて 電車で目を閉じてる
君なら 今頃ベッドルームで
ボリュームを下げて 音楽かけるの

Listen to Music

Nyaronsは日常を、自分の考えたことを綴った曲を、コンスタントに出してくれている。それはまるで他人の日記で、しかもその時の体温も息遣いも心臓の音も何もかも記録されている。サブスクでもYouTubeでも、ディスコグラフィはそのままNyaronsの二人が生きてきた軌跡である。残してくれている。
それがおれの生活、おれのモラトリアムに対してまで視線を送ってくれている。そう感じられる。その日記が、シングルのリリースが、そのまま他人であるおれの生活を彩り、おれの思い出と密接に結びついてくれる。
休学中、まだ見ぬ異国ルワンダへ向かう飛行機の中の"orion"。疫禍収まらぬ夏、平塚にある祖母の家から藤沢にまだ見ぬクラスメイトを訪ねた日、珍しく早起きして草いきれの立ち上る河川敷を散歩していた時の"By This River"。曲の上に思い出が重ね書きされていく。

溢れるメロディ 掻き分けて
知らない誰かの 音楽を探してる
黄昏色した音はずっと
鳴り響いている この部屋を包み

Listen to Music

Nyaronsの音楽は、海外で多く聴かれている。ある曲がミーム動画に利用され、それが世界一のYouTuberであるPewDiePieの目に留まり、オープニングとして使用されたのがきっかけだ。その曲である"ハルカカナタ"はYouTubeで100万再生を記録している。海外のリスナーも、曲の上にそれぞれの思い出を重ね書きしているはずだ。そしてNyaronsは、それを明確に受け止め、背負っている。

ロサンゼルス メキシコシティ
シャーロット カルガリー
マカティシティ メルボルン
僕らは歌う 僕らは歌う
Listen Listen
Listen to music

Listen to Music

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