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「救いの手は、空っぽな時間と遠回しでたどたどしい言葉の中にある。」

こんばんは。

例のごとく、サカアキミツです。


今回のnoteは非常に中身のない空っぽなものです。
ですが「空っぽな時間」にこそ僕は価値を感じたいと思っています。


なので、

◉サカのnoteだからとりあえず読みたいと思った方
◉自分の転換期の対処が知りたい方
◉何を大事にしていけば良いか分からない方
◉僕と一緒にプロジェクトに取り組みたいと思う方

はぜひ読んで下さい。



「瀬戸際男子の憂鬱」って?

ずっと「たぶん、今日も窓際男子」でしたが、いつかどこかのタイミングで人は「人生の瀬戸際で、勇気を持って立ち向かわなければいけない場面に立つ」事もあるのではないでしょうか。これは僕の完全な原体験を基にしているのですが、その瀬戸際で揺れ動く感情って上手く言葉にできない。だからこれから出来る限り垂れ流して書いていこうと思っています。それでは聞いて下さい。



つい最近まで自分が「何かを発信したい、こんな事がやりたい」という欲を失った時期。


現状に満足していたのか、それともこれからに絶望してしまったのかは分かりませんが、これから何を目標にして生きて行けばいいのかを少し見失っていたからなのかもしれません。



「発信や好きなこと」自体に興味がなくなりました。

それは自分への興味が薄れ、何に対しても興味がなくなってしまったからなのかもしれません(何に対してもって言うと語弊があるから全部じゃないです)。


ちょうど年末年始に実家に帰ったときに学生時代にビジネスプランコンペで優勝した後のインタビュー記事を発見。そのとき目指していたことは「街のプロデューサー」なんだって。



一瞬だけ救われた思いだったのですが、果たしてそれを目指すに値するほどの「自分」に今はなれているのか、ほとほと疑問でした。かと言ってその道の師匠に従事しているかというと、そうそう見つからない、まだ前例のない生き方をしているから。ただ日々を受け入れて目の前の仕事を「とりあえずやる」そんな日々を過ごしています。



ふとした生き方のヒントや備忘録にツイートするのが僕の習慣。

記事を追う様に本のページをめくる「あの作業」が僕にとって少し「救いの手」の一つである事は間違いありません。


実際、会社員時代も、独立した今も、苦しくともギリギリなんとか、生きてこれているのは間違いなく「Webメディア記事」や「出会ってきた書籍」たちのおかげだからです。その時立ち上げたのが「Blind Up.」メディアです。目指しているのは「心地よいニュートラルな生き方を」。




僕がこうやってnoteを書き連ねたくなる時間は16:00〜21:00ごろ。

朝はどうも力がわかないので、この時間になってしまう事が多いです。あとできるだけ静かな光と夕暮れ時、音楽も遮断し、人との接触も極力避けます。そんな時のキーボードを打つこの「パチパチ、パチッ」という音が心地よい事はありませんか。



さて、話を元に戻します。


「2020年」は、「信じる」を失わないための足元確認の年だ。

こちらのブログの中で良いと思ったものを抜粋します。

自分自身にも言い聞かせたいことだけれど、大事なことは2つある。

1つは自分のできるサイズで「信じる」が通用する場所をつくることだ。それは地域の集まりだったり、会社組織だったり、友人や家族の集まりだったり。「信じる」で動く自治区をつくる。しかしこれは社会の大勢に逆行することになるので、きっと困難に直面する。

そこで2つめがポイントになる(ここから本題ね)。
自分なりの場所をつくる時に「前提を明文化する」ということを意識する。
今まで当たり前だったことを、野暮でもいいから「きちんと言葉にして説明する」ことが強い意味を持つ。

「なぜ私があなたの力になりたいかというと、つまりこういうことだ」
「なぜ今自分たちがこの場に集まっているかというと、つまりこういうことだ」すること、いることに対しての前提を言葉にして共有する。


要は、

◉「自分が信じるサイズの場所を作ろう」
◉「自分が信じる場所について前提説明できる様に明文化しよう」

って事。



僕はこのnoteを通じて回りくどく、遠回しに、アーカイブしています。

それは信じる場所を作り、大切な人を大切にして生きたいから。だから僕は「大事にしていること」を明文化するため肩書きなし名刺を作っています。


大切な人を大切にするために。
届けたい人にまっすぐ届けるために。
じぶんの役割や価値を見い出し、
一人ひとりの可能性を活かす。
つくらず、つなぐディレクターでありたい。


そう思って全ての活動の主軸に置いています。



ただ「〜したい」ことより「〜でありたい」ことを大事にしてきた。


起業した時も、就職した時も、会社を辞める時も、独立する時も実は自分で「決断できない」事がありました。それは「僕は〜がしたい」などと思って行動した事がなかった事です。周りが「何者か」にならないといけないとはやし立てて、自分の頑張らなきゃと焦ったりしてきました。


「〜でありたい」事に対するこだわりと心のバランスが保てない状態からの脱却が「今」の僕の原型を作っているに他ならない。


そう「過去僕も似た様な一面があるかも」とこの一節を読んで感じたのです。

振り返ると所属や仕事内容が大きく変わるタイミングには、いつも「外」からの影響が大きかったことに気づく。自分のことをよく見てくれている人たちが、そのときの自分に足りないもの、自分に見えていないものに気づく機会を与えてくれた。

人間は多面的な生き物だ。自分のことは自分がよく知っているようで、他者から見た方がわかりやすい「盲点」がある。僕が良い機会に巡り合えたのは、少なくとも自分が見えている範囲、考えていることについては言葉にして発信してきたからだと思う。その分、周りからすると「こういうことしたらもっと良いのにな」「こういう経験を積んだら良さそう」という刺激のしどころがわかりやすかったのだろう。

未来に何をするかという“To Do”は決められなくても、これから先どうありたいかという“To Be”を表明しておけば、自分のことをよく見てくれている人が、次の1歩を提案してくれることもある。



僕は「こんな事がしたい」より「こうありたい」でいい。

仕事の中身や好きな事なんかより、最も大事にしているのは「大切な人たちを大切にするためのスタンスや姿勢」なのだと今なら少しだけ理解できる。仕事の職種なんかどうでもいいのだと。


そんな僕は独立してからちゃんと屋号すら立てていなかったので、屋号と大切にしたいことをまとめています。まだ決まっていないけれど、大切にしたいことを常に更新していけるみんなへの約束(クレド)として読んで貰えると嬉しい。

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屋号:(ネーミング&意匠)検討中
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趣意文
僕は「大切な人を大切にする」まちづくりディレクションを生業にしていきます。そのため、基本的にただの企画、制作、編集、まちづくり、イベント事業は引き受けません。

それはひととの関係性や縁がなければ、価値が生まれ難いからです。
まずあなたの役割や価値を知る。すると少しずつ可能性が見えてくる。
そして「可能性を活かす場や状況」を僕らは作っていきます。

「まち、行政、企業」の状況に歩幅を合わせながら、考えられる取り組みやプロジェクトをしていきたい。

今はまだ一人です。
徐々に仲間を増やしていきたいと思います。
仲間には様々なセクターの関係者がいると考えます。

その仲間との関係性は常に変化します。
企業、行政、建築家、設計事務所。
そしてアーティストやクリエイター。
まちの商店も。みんな。

そうすれば「あなただけの価値」だったものが「みんなの価値」になるんです。大切なひとに、まっすぐ届けるため。つくらずつなぐ存在になるよう。

行動指針(7ヶ条)
・「稼ぐ」とは大切な人を守るために行う行為であること。
・まず自分の生活が豊かで、健康で、その上で利他を大切にすること。
・常に孤独と絶望と向き合い、常に新しいことに挑戦すること。
・まず相手の考えを受け入れ、素直に尊重すること。
・弱さを共有し、自分の弱みにせず、一緒に悩み考えること。
・心の高鳴りに従い、ワクワクする、面白いことを考え続けること。
・常に「自分はどうありたいか(to be)」を大事に考えること。



過去事例、現在進行中プロジェクト

■プロジェクト1
【コンセプト設計、ロゴ・メインビジュアルの情報整理】
レデナビ「自分に合った当事者コミュニティを探せるポータルサイト」


■プロジェクト2
【ワークショップの設計、企画、ファシリテーション】
「自分の働き方をふり返り、活かし方を考える!「1on1」インタビューワークで自分を知ろう!」


■プロジェクト3
【行政折衝、イベントディレクション】
「Art & Free Market2019@塚本 柏里公園」


■(通年進行中)プロジェクト4
【各種ディレクション】
「Blind Up.」

ライター、寄稿者を募集しています。


■(進行中)プロジェクト5
【PM、仕掛け人】
「尼崎てらまち芸術市」

協賛企業さま、協力パートナーも募集しています。
ボランティアスタッフも募集しています。
ぜひ一度コンタクト頂けますと幸いです。


プロフィール

Blind Up.代表。1991年2月、大阪府岸和田市出身。兵庫県尼崎市在住。
生き方を模索するWebメディア「Blind Up.」代表。現在「場づくり」不動産会社に週3所属し、主に「人とまち、企業の協働を模索すること」が生業。2013〜2017年まで「Web・企画・制作」を軸にディレクター業・拠点運営・採用広報に従事し職業不適合で退職。消去法で2018年、27歳より自分の役割を見直すために独立。

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