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スゴイ人

スゴイ人というのがいる。スゴイ人は常人では考えつかないことを考え付き、常人ではできないことをやってのけ、常人では出来ないと賞賛される。スゴイ人というのはスゴイのである。なぜならスゴイからだ。

そのいっぽう、「世界にひとつだけの花」というのがある。人間は生まれただけで素晴らしい。だからみんな自信を持とうというやつだ。

この両者は一見矛盾するように見える。だが実はどちらも真実なんだと思う。基本的に人間は生まれただけで素晴らしい。なんの取り柄もない私よりも光合成できるその辺の雑草のほうが価値があるような気がするけれど、本当はそんなことはない。素晴らしい存在だ。善人でも悪人でも人間でも動物でもなんでも生きているだけで素晴らしい。それが基本の話。

で、「スゴイ人」というのは、その素晴らしい人間である上に、スゴみをもっている人だ。それはわざわざ居心地のよい故郷に別れを告げて遠いところへ旅に出るような感じに似ている。

「スゴイ人」と「普通の人」は違う種類の生き物じゃない。スゴい人の中にはまるで湧き水のように溢れ出る才能を持って生まれてきた人もいるだろうし、恵まれた環境に育った人もいるだろう。でもそのスゴイものをたまたま持ち合わせただけでは「スゴイ人」は出来上がらない。「スゴさ」の正体というのは、スゴイものを実際に使うこと、さらにその「スゴイ」ものをキープし続けることだからだ。持って生まれたものや、頑張って手に入れたものがあったとして、その力を実際に使ったり、継続するのって、ものすごく大変だし、骨が折れる。

だが人間、「これはめっちゃ大変だ」と思いながら大変なことをやり続けるのはつらいので無理。なのでスゴイ人というのはその大変さを大変だとも思わずにキープし続けることができるというのが特徴だ。それもまた才能の一部だろう。

でもネトウヨとかのようにネットで鬱屈をした思いを発散する方とかを見てると、スゴイ人は「スゴイ星」みたいな違う惑星から来た関係ない人みたいな感じに思ってるように見える。ほんとはそうじゃなくて、その人たちもネトウヨさんと同じ人間だ。ただ何かの荷物をずっと高く掲げ続けることが出来るってだけで、やろうと思えば、どんな荷物なのかはそれぞれの人によって違うかもしれないけれど、とにかく何がしかできっと何かを高く掲げ続けることが出来るのである。

ということで、インターネットに表出するその鬱屈としたパワーを、何かしらを高く掲げる何かに向けてもらえるような何かしらの仕組みがいつかできたらいいなと思っている。なぜならインターネットはきっとそういうもののために作られたものだからだ。



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