
SAKANAMON「あくたもくた」
SAKANAMONというバンドがいる。ものすごく雑にまとめるとイースタンユースと怒髪天とナンバーガールとKANA-BOONを足して井の頭線のホームから環七を抜けて荻窪に出るような感じというか、とにかくだまされたと思って聴いてくれ、とんでもなく良い。複雑きわまるコード進行に心臓を切り開いて見せつけるような歌詞、それは音になりほとばしり疾走する東京の魂のリビドー、一度聴いたら3万回ぐらいは聴きつづけてしまう。
彼らが2015年に出したアルバム「あくたもくた」はその前のミニアルバムから半年を待たずにリリースされた12曲入り。作詞作曲を手がける「藤森元生のパーソナルな部分を基にしながらも12曲に12人の主人公がいる作品になった」という。
東京に溢れるあらゆる夢追い人を歌う「東京フリーマーケット」、"スティックシュガーを舐めて しのいだ修学旅行"と鬱屈とした学生時代を歌う「ぱらぱらり」、"アイディアが有れば天才か イメージ出来れば秀才か 言葉が出れば文才か"と既存の価値観に真摯な疑問を投げかける「アリカナシカ」、凄腕刑事に追いつめられる犯人を描く「スポットライトの男」、"ラーメンライス大盛り食いたい"と叫ぶダイエットの歌「肉体改造ビフォーアフター」など、全ての曲にすごく強烈でミクロな世界観がある。
わたしたちは何の因果か知らないが日本という国に生まれた。この国では電車が尋常じゃなく混んでいるくせに遅刻するとめちゃくちゃ怒られるし、とにかく何かと窮屈だ。公共交通機関の中では電話をすれば睨まれ、ストレスがたまったおじさんは痴漢はするし、夜になると駅前には泥酔した人があふれる。そのいっぽうでコンビニが24時間開いていていつでもお弁当が食べられて、道にはゴミも落ちていないし病気になったら病院で安く医療を受けられるし、クレームをすれば「大変申し訳ございません」と謝ってくれて、修理を呼べばきちんと時間通りに来てきちんと直して帰っていってくれる。
あなたは上司の気まぐれで降りかかってきた残業を終えて、遅延してきた座れもしない電車に揺られて一人暮らしの家に帰る。家までは駅から徒歩15分。途中のコンビニに寄って週刊誌を立ち読みし、麻婆豆腐丼と発泡酒を買う。麻婆豆腐丼のご飯は半分残すつもりなのでサラダも加える。今日はえらく寒い。凍えながら家に帰り、鍵を開けて部屋に入ると携帯が光った。ふと見ると「来週空いてる日があったら飲みにいきませんか」と気になる子からLINEが届いていて、飛び上がるくらいうれしくなる。
「あくたもくた」に詰まっているのはそんな感じのぬるい憂鬱とはじけるような生きる喜びだ。わたしたちの人生は毎日何かしらにつまづいたり、それを全部吹き飛ばすような光に出会うことを繰り返しながら続いていく。毎日腹筋しようと思って一日も続かなかったり、コンビニで買った新製品がめっちゃおいしかったり、喫茶店で案内された席がめちゃくちゃ眺めが良かったり、まあそんなことの一喜一憂が何千個も積み重なって自分の人生が作られていく。
「あくたもくた」の曲には現代日本で生きるということの皮膚感が5分ぐらいのギターロックというものの中にタイムカプセルのように味も匂いも形もあるような感じでこれ以上ないくらいリアルに詰まっている。ああ、日本で生きていくことってほんとにこういうことだなあと思う。
そうやって日頃わたしたちのまわりに空気のようにあるものを、こうやってアルバムという形で表現することが出来るのはすごいことだ。この3人にはいったいどんなろ過装置が付いているのだろうか。おそらく世界というものに対してほんとうに素直に接しているのかもしれない。そうして描かれた世界が音楽というものを通してわたしたちに届くようになっているのはある種の恵みというしかない。彼らの音を聴くとギターロックというものが人間のガス抜きという機能を持った音楽だということを感じるし、それによって自分の小さな人生のどこかしらが救われたような気持ちになる。
いつか未来の人が「2015年の日本人てどんな感じで生きてたんだろう」と思ったらこのアルバムを聴いてほしい。ここにはわりとだいたい全てがある。「あくたもくた」はそういうアルバムである。
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