シリマーの秘密 17.星のパースペクティブ パウリーナ・テルヴォ作 戸田昭子 訳
「おーい!」父がドア越しに叫ぶ。「食事だそうだ」
「行かない!」私は叫ぶ。
結局は行くのだが。おなかがぐうぐうなっている。食べなくては。
「いい発表をしたそうじゃないか」父が言う。
「そのあとで携帯が無茶苦茶になったけど」私は言う。
「あなたは自分で落ち着くことを覚えないと…」母が言い始める。
父は、合図のように、にらみつける。母はため息をつく。
「星のパースペクティブを思い出さなくてはならないよ」父が言う。「そこからなら、すべてがより輝いて見える」
「そうです」私も思う。
8.7光年を経て見えるものはしかし、全てが小さい。そのような旅をしてシリウスは私たちの目に届く。実際に目で見える星々の多くは、さらに3倍近くにある。その中で一番近いのは太陽とアルファケンタウルスだ。シリウスはまた、小さい白色矮星シリウスBとともにある。
「私たちは小さな器械の表が壊れたことに驚いている三匹のねずみです」私は言う。「まるで地球上の劇的な事のように!」父が続ける。
「ネズミの考えで、画面を、いくつ壊すつもり?」と母は尋ねる。
「全部にお金を払います」私は言う。
「どうやって?」母が叫ぶ。
「大人になったら」私は言う。「私が神経学者になったらです」
「神経学者!」父は急に喜ぶ。「おお!」
「ちょっと静かにしてもらえませんか?」私は頼む。
「いいとも、どんな方法で神経をコントロールするかを、我々は考えよう」父が言う。「すでに各自の胸の奥で考えていることがあるのなら」
こんな風に私たち三人の集団は機能する。私は壊し、母が怒る。父が、あとから修復する。3は良い数字だ。シリウスも三角の一部だ。この三角は、フィンランドでも簡単に見える。
冬の大三角は、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウスであり、おおいぬ座のシリウスの形は冬の夜空の星として知られている。
私は世界を冬の星座の夜空のように具体的に見ようと試みる。私の周りにいるこれらの人々は、私を知っている。彼らは私を理解するために道具が必要なだけだ。私が彼らの世界にとって全く知られざる客であると感じる時には、彼らは私を理解することを学ぶ。彼らはすでに知られた私の機能にある法律に従わなくてはならないだけだ。
彼らはそれに関して不器用だ。それに、彼らは常に許可を頼むのが下手である。しかし、そうであれ。彼らはそれができないのだ、他の平凡な人がそうであるように。
父はごくりと音をたててグラスから飲む。
「英雄的な手柄をたてたね」彼は言う。
「私たちは静かにしなくてはなりません」と私は思い出させた。
「ああ」父は言う。「おっと、すまない」
そして父はまた、話しに話す。誰もが自分の道をどのように旅しなければならないか。私たちはあえて何かを生き抜かなければならない事。
「では、同性愛者のことについて考えよう」と父は言う。「それはどのように可能なのか、生まれはどんな風だったのか?ただし、それが蔑称であったほど昔に戻る必要はない。今ではそれは減っている」
「次には、自閉症に関する知識を広げなくてはなりません」私は言う。
「そう、あなたの言う通り」母が強調する「言葉はゆっくりと広がっていく、でも、出来事は少し明らかにされれば、はっきりする」
「世界の部屋には、いっときに一回だけ、日があたります」私は言う。
そのあと、私は再びベッドに倒れこむ。頭がぐるぐるしている。
また死について考える。そうすると落ち着く。
死ぬこと:有機体の生命活動が終わること。
起点としてすべての生物のどこかに起きる。
多くの死は病気や単なる老化の結果だ。(一般的には、静かな心臓麻痺や症状のない肺炎。それらも、よく考えれば病気である)私は病気事態に興味がない。医師であるなら、その考え方に同意しない。
その代わり、不慮の事故として分類されたことや、あるいは違う理由の死因には、興味がある。(祖父に起きたことのように)
「家族の日!」父が叫ぶ。
本当だ。今日は家族の日で、父が何をするか決める番だ。我々はボーリングへ行く。そしてその後、各自が好きなピザを注文する。
「私はひとりでいてはいけないの?」私はぶつぶつ言う。
できない。父のために、それはできない。
ボーリング場は騒がしい。活動が終わるのをひたすら待つ。ピザコーナーの香りは大好きだ。母はピザを注文しない。母は家で冷凍のを温めるだけだ。母はどんどん太る。
我々はピザを静かに待った。柔らかくて赤い椅子が心地よく沈み込む。
「どうしてここで食べないのですか?」
「だって家へ帰るから」母が言う。
「私はここに残りたいです」私は言う。
母はぶつぶつ言わないように、と頼む。いつもぶつぶつ言っていてはならない。それは、確かにそうだ。
「ちょっと笑って」と父が言う。
「おじいちゃんのことを考えたら」母が提案する。
母は、私が祖父を大好きだったことを知っている。祖父は母の父だ。父だった。彼はいつもほほえんでいた。足が痛くても。祖母がキーキーうるさくても。
微笑みは祖父の頬に、終わりなく張り付いていた。やってみよう。おじいちゃんのようでいよう。それは不可能と言うほど難しくない。
私たちは立ち上がった。父はピザの箱を車へ運ぶ。
「ほら、笑って!」
思い出したくない、どうやって思い出すのだっけ。
口は、笑うのに疲れた。私は疲れている。星のパースペクティブを考えるようにしてみた。そこからはすべてがより輝いて見える。
他のことも考えなくてはならない。親の注意を引くことをやめよう。祖父と海のことを考えてみよう。私の親切な両親はどのようにあろうとしているのかを、考えてみよう。
キッチンでは母がハミングしている。母は私のコップにソーダを注ぎ、自分たちのコップにはミネラル水を入れる。私は飲み物が立てる音が好き。できるものなら、その泡の、ひとつひとつの粒を食べてしまいたい。
私は椅子にクッションを置く。これで、体に合う。
ちょっと、ピザショップのよう。
いいことを考えよう。楽しい思い出を。
母は祖父が好きだった。母は祖父の娘。
「人がいい人であるかどうかをどのように認識するか、知っていますか」私は言う。
「素敵な微笑みとか」母が想像する。
「違う」私は言う。「微笑みは表面に取り残された単なる反応でもあります」私は言う。「それは、私たち自閉症スペクトラムのある人に見られます。おじいちゃんは自閉症スペクトラムのある人だったのでしょうか?」
母はそれについて何も言わない。
「あなたはどう思うの?」母は尋ねる。
「いい人は、よい行いでわかります」私は言う。
「なるほど、たしかにそうだ」父は言う。
「いい人は子供たちにキャンディを持ってきます」と私は言う。「こういうお土産を」
祖父はそういった人だった。
全ての思い出は、キャンディの笛だ。
キッチンには儀式ばった静寂がおりたつ。
「その話をしなくてはならないの?」母が言う。
「今がふさわしい時かどうかわからないな」父が言う。
「もう新しい情報はありません」と私。
何らかの理由を私は理解した。母のおなかを見る。
それは少し丸くなっていた。
「赤ちゃんが来るの?」私は尋ねる。
「ご名答」母は笑う。
「普通の子?」
「どんな赤ちゃんも、歓迎されるもんだよ」父が言う。
私は視線を床に落とす。彼らは演技している。
どの親だって、赤ちゃんが健康であることを願うものだろう。
私はこのような状況でどうしたらよいのか、わからない。
恥!母はもうすぐ40歳だ。
新しいことを始める年ではない。
そのような事は言うまでもない。
いやだ!私には考えられない。
再び私は死を考える。
でも、それを彼らには見せない。
死は、私のお気に入りの事項だ。そこから、それを楽しむように考える。
立ち上がり、ありがとうと言う。
皿を食洗器に置き、ならべ、急いで部屋に戻る。
時計の音が頭の中で鳴りやまない。
今、自分の静けさに到達できなければ、私は壊す。
そうしたくない。とりわけ家庭の話なら、間違いなく最後にすべきことだ。
それも、可能だ。普段は、私は落ち着きを望む人間だ。時として嫌悪が支配する。そのときには、私と一緒にいるのは、面白いことではない。
人と一緒にいるのは、目が回るようなことである。
感情の変化の影響。
・思いやりのない冗談(父のやり方)
・邪魔な言葉(母の弱々しさ)
・音(そこら中にある!)
・新しいニュース(今日は、これ以上、何があるというのか)
幸い、私はどうやって自分を助けられるのか知っている。
それは光を消すことと、長い廊下。
長いことじっとしていると、考えが再びすっきりしてくる。
無断転載をお断りいたします。
おまけです。
シリマーの名前にもなっているシリウス星について。
こちらは、おおいぬ座について。
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