ジェイムズ・ディッキー 『救い出される』

★★★☆☆

 村上柴田翻訳堂シリーズ。原書は1970年、翻訳版は71年刊行。

 タイトルと目次を見た感じから、遭難して「救い出される」までの三日間を描いた小説かな?と予想していたのですが、想像の斜め上をいく展開が待っていました。文体も割と重厚なところがあり、もう少し軽いタッチの冒険小説だとなんの根拠もなく思い込んでいたので、これまた予想外でした。
 思い込みはいけませんね、はい。

 一人称小説なのですが、主人公エドの意識の流れが実に丁寧に追われています。その一方で、彼を取り巻く状況や体験が丹念に描かれます。そのように対象が変化しながらも、語り手の視線はカメラが固定されているかのように決してぶれません。その視点の据わり具合がこの小説の一つの特徴となっています。
 そして、作者は詩人ということもあり、文章の密度がかなり濃いです。丹精を凝らした描写がやや重たいきらいもありますが、その筆致は見事です。個人的な好みからいうと、もう少し手綱を緩めてもよいと思いますけど、雄大な自然を言葉で表そうとする気概が感じられます。

 帯文でも賞賛されているとおり、アメリカ南部の手つかずの自然がしっかりと描かれています。こういう描写は書くとなると骨が折れそうです。文章力もさることながら、自然を熟知していないとなかなか書けないでしょう。
 ヘミングウェイも自然をモチーフにしたものが多いですが、アプローチの仕方はずいぶんと違います。本書の場合、シンプルで的確な描写というよりも、もう少し詩的というか、奥行きのある表現に重きを置いているように感じます。

 最後までどきどきさせる展開もあり、娯楽的な要素もあります。とはいえ、単純な冒険小説ではなく、しっかり骨太な文学作品になっています。何度か読むと魅力が増していくタイプの小説ではないでしょうか。

 ちなみに、映画化もされています。予告編を見てみたところ、頭に思い浮かべていた場景とあまり差はなく、イメージ通りでした。ただ、登場人物はいくぶん違いましたね(作者もキャスティングには納得がいっていなかったようです)。
 おまけに、予告では呑気なBGMのせいで緊迫感がまるでなく、『救い出される』というよりは『ズッコケ脱出大作戦』みたいな印象でした。あれ、公式のものだったのでしょうか……?

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