産業保健師にたどり着くまで
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産業保健師にたどり着くまで

こんにちは。
株式会社iCAREのエンプロイーサクセスチームのわたなべです。
現在は、産業保健師の仕事をしています。

初めてのnoteは、自分がすすんできたキャリアについて
少しお話してみたいと思います。


山の中の小学校

私の社会人の始まりは、小学校の保健室の先生でした。
山の中の全校児童が60名ほどの小さな小学校での勤務でした。

通勤は、車で山を登っていく感じで、冬場は道路がツルツルになったり、ムササビが飛んでいるのを見かけたこともありました。自然豊かでした。

保健室の先生は、たいてい学校に1人の配属となるため、赴任したときに業務を教えてくれる人がいませんでした。
まずは何から始めればいいの??といった状態でした。

前年度の先生が作成した資料などを参考にしながら、健康診断の計画や、説明資料を作成することから始まりました。

本当に何もわからない新人だったけれど、周囲の先生方が優しい方たちばかりでたくさん助けていただきながら、なんとか勤務することができました。

小学校では、からだの仕組みや病気の予防、ケガをしたときの応急処置などについて、身近に学べるように掲示物の作成を行ったり、保健委員の児童たちと、寸劇を考えて発表したりなど行ないました。
(テーマは忘れてしまったのですが、、免疫のことについてだったような。。?)


気軽に寄れる保健室

その後は、全校生徒が960名の高校の保健室の先生に配属されました。
自分としては、高校の保健室の先生をやってみたいと思っていたので、とても良い経験ができたなと思っています。

高校の保健室は、本当にさまざまな生徒が来室していました。

休み時間になると、体調不良を訴えて来室する生徒や、体育の時間に怪我をしたと言って来室する生徒。
冴えない顔をしていて、ちょっと話を聞いたほうが良いな、という生徒もいたり。。

何気ない話をしにくる生徒や、ふらっと遊びにくる生徒もいて、ときに保健室に生徒が集まりすぎて、他の先生から注意を受けることもありました。
(いろいろな意見はありますよね。。)

けれど、私としては、気軽に寄れる保健室の存在でありたいと考えていました。

また、卒業した生徒やさまざまな事情から学校を辞めてしまった生徒が、保健室に遊びに来ることもありました。

保健室の存在は、誰もが気軽に寄ることができて、自由に過ごせる場所なのではないかなと感じていました。


その後、家庭の事情があり、保健室の先生から離れることになりました。


次にしたい仕事は…?

それから、皮膚科クリニックで、外来の看護師として勤めました。
クリニックでは、全世代が対象者となるので、生まれて1ヶ月の新生児から、100歳の高齢者まで、本当に幅広い世代の方と接する機会がありました。

そのクリニックでは、院内処方をしていたので、外用薬の塗り方や、処置の仕方、家庭での過ごし方などについて説明していました。

来院時に症状がひどかった方が、治療をして良くなっていく姿は、当たり前かもしれませんが、医療の力と人間の回復力はすごいなと感じていました。


クリニックで働く中で、一生この仕事を続けるのか、というと、ちょっと違うなと思い始めてきて、
では次にどんな仕事をしたいだろう、と考えたとき、もともとメンタルヘルスに興味があったのもあり、働く人の健康に興味がわきました。

そこで考えたのが、企業の中で働く産業保健師のお仕事です。

こうして、私は産業保健師にたどりつきました。

ここから先は、また次回にお話したいと思います。


↓↓現在、私が働いている会社です。
株式会社iCARE
https://www.icare.jpn.com/




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