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古き良き音楽シリーズ12

雨ですねー☔️梅雨ですねー。
というわけで、シリーズ12回目になりました。

今回ご紹介させて頂きますのは、Dexter Gordonです。有名なテナーサックスの🎷演奏者です。

今回のアルバムはこちら

このアルバムは少しアップテンポな曲が多いです。

その前に、彼についてのご紹介

1923年に西海岸カリフォルニア州ロサンゼルス の中流階級家庭に生まれる。父は黒人の医師で秀才の誉れ高く、母はフランス系カナダ人の白人だった。1945年、デクスターはビリー・エクスタインのバンドを離れニューヨークに行く。1945年から1947年にかけてサヴォイ・レコードのためのレコーディング・セッションを行い、バド・パウエル、マックス・ローチ、アート・ブレイキーなどの敏腕プレイヤーと共演。その成果は、『デクスター・ライズ・アゲイン』、『ロング・トール・デックス』[1]といったアルバムに収められた。更に、1947年にはダイアル・レコードのためのセッションを行い、ワーデル・グレイとの双頭クインテットで『ザ・チェイス』などを吹きこむ。

1950年代は麻薬禍のため活動が低迷、大部分の期間を麻薬更生施設で過ごす。そんな中、1952年2月にはグレイとジーン・ノーマン主催のジャスト・ジャズ・コンサートに出演し、『ザ・チェイス』を再演。1955年にはケニー・ドリューらとの『ダディ・プレイズ・ザ・ホーン』(Bethlehem)や、カール・パーキンス (ピアニスト)(英語版)らと『デクスター・ブロウズ・ホット・アンド・クール』(Dootone)などのアルバムを録音する。

1960年代初頭から1976年にかけて渡欧し、フランスやデンマークを拠点に活動する。この頃は再び音楽活動が軌道に乗った時期で、1962年にサイドメンとして参加した、ハービー・ハンコックの初リーダー作『テイキン・オフ』(ブルーノート)、1963年に再びパウエルらとパリで録音した『アワ・マン・イン・パリ』(同)、1967年7月にドリューとともに出演したコペンハーゲンのジャズクラブ「モンマルトル」でのライヴ『モンマルトル・コレクション』(Black Lion)などが名高い。

なお、ゴードンがデンマークのゲントフテに滞在していた頃、現地のジャズ・クラブのマスターで元テニス選手であったトルベン・ウルリッヒと親しくなり、トルベンの息子の代父となる。その息子は、後にメタリカのドラマーとして成功を収めるラーズ・ウルリッヒであった[2]。

1976年にはアメリカに戻り、殿堂ヴィレッジ・ヴァンガードでコンサートを行った。後に有名サックス奏者となるジョー・ロヴァーノはこの時の演奏を生で聴いており、「私をサックス奏者として最も向上させてくれた経験だった」と述懐している。1986年には映画『ラウンド・ミッドナイト』で主役を務め、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。

1990年4月25日、ペンシルベニア州フィラデルフィアで亡くなる。67歳だった。

(wikiより)

このアルバムは、4曲収録されているのですが、一曲が長いです。
そして僕のオススメは、A面のLIKE SOMEONE IN LOVE

とB面のTHERE WILL NEVER BE ANOTHERです。

2曲とも、少しアップテンポなのですが、お洒落さと情緒を感じさせるのはとても素敵です。

雨の日のジメジメした嫌な感じもすっかり忘れて、つい聴きいってリズムに体を揺らしてしまいます。

何か作業しながらでも、耳障りにならないスムースな曲達です。

是非皆さんも一度耳にしてはいかがでしょうか❓
きっと新しいものに出会った感触がするかもしれません🎷

今回はこの辺で、ではまた✌️

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