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僕のルーツになり、進む先を決めた菊日出さんの言葉。

今日は、自分の「ルーツ」と思っていることについて書こうと思います。
心の中にとってあった大事なことを話そうと思うので、ぜひ最後まで読んで頂けたら嬉しいです。

僕には今まで、たった一人だけ、尊敬する人がいました。
逆に言えば、この人以外にこれまで尊敬を感じたことがないと言い切れてしまいます。

関口菊日出さん。
今生きていらしたら僕の親世代、70代となる方ですが、とても著名なCMディレクター(監督)です。
代表作と言われているのは、明石家さんまさんが「幸せってなんだっけ〜」と歌って踊る、ぽん酢しょうゆのコマーシャルでしょうか。


'70〜’80年代のCM業界で、菊日出さんは間違いなくトップと言っていいディレクターでした。
そして’00年代に至るまで、誰もの記憶に残るCMをいくつも手がけてこられた方です。

その菊日出さんと僕は、とある制作会社で出会いました。
'05年頃だったか、僕はまだ20代で、映像の編集や演出を学び中の身。

「ちょっと気難しくて、付き合いづらい人だぞ」

周りからはそう言われていました。
ですが、実際にお会いし、それからしばらく一緒に仕事することになった菊日出さんの印象は、その全く逆のものでした。

柔らかく、温かく、そしてちょっと寂しがりなところのある人。

決して立派な身なりを好むタイプではなくて、小さな身体にボロボロのジーンズを履いていつもやって来ましたが、僕にはその姿が誰よりも洒落て見えたものです。


よく覚えていることがあります。
CMの撮影をしている時でした。
菊日出さんにはNGテイクが無いんですよね。「NG」という発想そのものが頭の中にない。
ここまでが準備でここからが本番、という線引きをしない人なんです。

その時は、準備のつもりで撮っていたテイクを菊日出さんが気に入ったんです。それに対して「本番はこれからですから」と意見した人に、菊日出さんが少し厳しい調子で注意したんですね。
全ての瞬間に対して準備や本番、OKとかNGという線を引く考え方を戒めたんだと思います。

ピリッとした空気が走りました。
おそらく、ほとんどの人が菊日出さんの言ってることを理解できなかった。
しょうがない人だな、という空気すら感じました。
でも、僕にはすぐにわかったんです。


菊日出さんの数ある伝説の中に、こんなエピソードがあります。
明石家さんまさんのぽん酢しょうゆのCM、あの歌って踊ってる姿は本番ではなく、リハーサルで一発目のテイクだったと。
何度も、そして何パターンもの撮り直しを当たり前とするCMの現場で、たったの一発撮りで現場を終わらせるというのは普通では考えられないことです。
でも菊日出さんは、本当に良い瞬間を見逃さない千里眼を持っていた。
だから、菊日出さんは誰からも「天才」と言われてました。

その「天才」という言葉のニュアンスには、心からすごいと思う気持ちと、その他が破綻しているという意味も含まれていたかもしれない・・・。

当時、その仕事をそばで見ていた僕の目に映る菊日出さんは、紛れもない天才でした。
そして天才だったからこそ、菊日出さんはいつもちょっと寂しそうだった。


しあわせって 何だっけ 何だっけ
ポンと生まれたシャボン玉
しあわせって 何だっけ 何だっけ
白いドレスとハネムーン

スプーンいっぱいの ハッピネス
青い鳥だよ ハッピネス
しあわせっていう奴は
ちょいとワガママよ
当たるつもりの万馬券
あー風ん中・・・

しあわせって 何だっけ 何だっけ
無理はするなと言うあなた
しあわせって 何だっけ 何だっけ
麻布 青山 六本木

めぐり逢うのが ハッピネス
すれ違うのも ハッピネス

しあわせって 何だっけ 何だっけ
にぎりしめてる子どもの手
しあわせって 何だっけ 何だっけ
カルガモ見ている野次馬よ

たしかどこかで ハッピネス
いつかどこかで ハッピネス
しあわせっていう奴は
逃げ足が早い
これが最後と大バクチ
あー夢ン中・・・

しあわせって 何だっけ 何だっけ
空に浮かんだ白い雲
しあわせって 何だっけ 何だっけ
ぬいた指輪を またもどす
しあわせって 何だっけ 何だっけ
あほとアホとの思いやり

「しあわせって何だっけ」(作詞:関口菊日出、伊藤アキラ、1986年)

この歌詞を書いた頃に、菊日出さんは確か離婚され、ご家族と離れたと聞いたことがあります。
ギャンブルが好きで、億を稼いで億を失ったと噂されていた菊日出さん。


仕事を重ねるうち、一緒に飲みに行く機会が何度かありました。

ある日、二人で飲んでいた時。
「秋葉くんっていいよね。話せばわかるような気がするんだよ」
そんな風に言ってくれたような覚えがあります。

僕はその当時、会社を辞めてフリーランスのディレクターになることを考えていた。
その話を菊日出さんにしたところ、

「ぜひ一緒にやろうよ」

と誘って下さったんですよね。
でも僕は、それをお断りしたんです。

当時、菊日出さんと言えばCM界の大御所ディレクター。

まだ何も経験を積んでいない自分が、菊日出さんのお名前を利用することなく、上下関係を作らずに一緒に仕事ができるとは到底思えなかった。

もっとちゃんとしたディレクターになってから、フェアな立場で一緒に仕事をしたかった。
菊日出さんは僕のそういう潔癖なところを気にかけ、敢えて誘って下さったのかもしれません。
でも僕はその場でお断りしました。

「人はね、絶対にフェアなんだよ」

菊日出さんは、確かその時にそうおっしゃった。
僕は、嬉しさのあまり、その時ポーッとしてしまったのを覚えています。

自分が今まで、学生の頃からずっと違和感を感じ、時に苦しんできたこと。

「この世の中はアンフェアで成り立っている」


それを、嘘だ、人はみんなフェアなんだ、と信じたかった今までの気持ちを、全て救ってくれたような気がしたんです。

こんなに立派で僕の倍以上も生きている人が、「人はフェアだよ」と初めて言葉にしてくれた。
僕はその時に、初めて自分自身のことを肯定できたんだと思います。

忘れることのできない夜でした。

そんな菊日出さんとの別れは、突然にやってきました。
’06年のクリスマス。

既にフリーランスのディレクターとして駆け出し始めていた僕の元にも、菊日出さんの訃報が届きました。

あまりにも悲しすぎて、菊日出さんのお名前のもとに誰かと集まり、社交辞令的な言葉を交わしたくなくて。
若かった僕は、お別れの会に出ることはなく、ちゃんとした別れや感謝を告げられないままでいたんです。


それからしばらく経ったある日。

夢に変なおじさんが出てきたんですね。
何となくその朝、僕はパートナーに「菊日出さんが夢に出てきた気がする」と話したんです。
彼女はそのまま、彼女の祖父のお墓参りに出かけて行きました。

帰ってきた彼女から聞いた、衝撃の話。
何と、お墓の前で菊日出さんのお姉さんに出会ったというのです。
当然のことながら、全く面識のないというのに。

祖父の墓前で親戚に会い、久しぶりだからとその方の奥様とも一緒に食事をしたのだそうですが、彼女が何の気なしに僕の職業の話をしながら「菊日出さん」と名前を出した途端に、奥様の顔色が変わったのだと。

「それは、私の弟です」と・・・。

こんな偶然があるのでしょうか。

縁の遠い親戚でしたのでそれからご連絡することもなかったのですが、僕はまた翌年のお墓参りに、何となく心が騒いで一緒に行くことにしました。

命日とずれていたので、誰にも会えなければそれはそれでいいという気持ちでした。

するとまた、何とも偶然に、菊日出さんのお姉さんにお会いできたのです。

お姉さんは遠くから僕らの存在に気づくと、こちらまでまっすぐに歩いてこられ、そして開口一番に、嬉しいことを言って下さいました。

「菊日出が来たかと思った」と。

何となく雰囲気が似ているそうなのです。
そしてお姉さんも、菊日出さんと笑顔がそっくりでした。

「大好きな弟だった」と、何度もお姉さんは懐かしがっていました。

老年になっても、姉弟で絵手紙を交換していたこと。
破天荒な弟で、家庭生活が残念ながらうまくいかなかったこと。
最後は寂しい形で旅立たせてしまったこと。
そして様々な事情で、お墓がまだ建てられないということ・・・。

僕は聞いていて辛くなりました。
なぜあんなに温かい人が、うまく家庭を作ることができなかったのか。
きっと誰が悪いわけでもなく、彼と関わる人全てが、人生というものの矛盾に、苦悩してきたんだと思いました。

菊日出さんは、間違いなくCMで日本一になった。
だけれど、家族やそれに近い仲間を作ることだけは、その生涯では叶わなかったんだ・・・と。
事実、どうだったのか。今では確認のしようもありません。

僕はその後、SUGOIという会社を作り、どうやって仲間を集めたらいいのか四苦八苦していました。
僕は持ち前の潔癖症で、「準備と本番」、「OKとNG」、そして「仕事とその他」との間に線を引きたくないタイプ。

どうしたら家族のように心許せる環境、人生のひと時たりとも「練習」や「NG」、「その他」として使い捨てずにいられるような会社を作れるのか。

理想と世の常識との間で、もがくような毎日でした。
くじけそうな時もあった。

けれど、いつか菊日出さんが言ってくれた「人って、フェアなんだよ」
この言葉があったからこそ、僕は自分の感覚を疑うことなく突き進むことができた。

そんなある頃に、菊日出さんのお姉さんから一枚のハガキが届いたのです。
そこには地図と、「ようやくお墓を作ることができました」との文字が添えられていました。

時間を見つけて、足を運んだお墓。
広い墓地のどこにあるのか見当もつかず、歩き回っていた僕の目に、見慣れた文字が飛び込んできたのです。


「ありがとう!!」

これが、菊日出さんのお墓に刻まれた文字でした。
いつも、演出コンテの最後にサインのように書かれていた手書きの文字。
仕事で関わる全ての人に向けてのメッセージのような、温かなあの文字。

僕はお墓に手を合わせました。
こちらこそ、ありがとう!!
これから僕は、あなたの出来なかったことに挑戦してみます。

・・・・・

さて、そんな経験があったからこそ、今僕はここにいるんだと思うのです。
僕のルーツ、それは菊日出さんから受け取ったもの。

「人って、フェアなんだよ」


これを会社の中で、仕事の中で、そして広告の中で、実現するのはとても難しい。

けれど僕は、負けずに進んでいきたいと思う。
なぜなら僕は、菊日出さんと心の中で約束をしたのだから。
あなたのような思いを持ちながら、家族や仲間を作ることだってできるんだ、寂しくならずに生きていけるんだと、僕の人生で証明し、彼の元に届けたいと思ったのだから。

今回、僕が自分のルーツと思ってることについて、思い切って書いてみました。

ここまで読んで下さりありがとうございます。

あなたの中にも、思い当たるご自身のルーツはありますか?

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