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草間彌生 無限の綱シリーズ

「無限の綱シリーズ」は草間彌生がニューヨークに渡ってから約2年後、1959年10月、ニューヨークでの最初の個展「オブセッションナル・モノクローム展」で初めて公開された。

33フィートの巨大なキャンバスに無数の点がびっしりと描きこまれた作品は瞬く間に観客たちを魅了し、美術評論家たちにも絶賛されることになる。

草間彌生はこれをきっかけにアメリカ各地で個展を開き、ドイツやフランスにも作品を出品。

世界的な芸術家として徐々に名声を上げていくようになっていく。

「無限の綱」を生みだした頃

草間彌生は「無限の綱」シリーズを生みだしたとき、どのように暮らしていたのだろうか。

彼女の自伝的著書『無限の綱』によれば、ニューヨークに渡って待っていたのは過酷な貧困生活だったという。

アトリエは窓ガラスが破れたまま。食べ物をロクに買えなかった彼女は魚屋から店の表の屑箱から拾った魚の頭と八百屋の捨てたキャベツの外皮でスープを作り飢えをしのいでいた。

そして、度重なる過度のノイローゼ。彼女はパニック状態に陥って、救急車で病院に運ばれることもあったそうだ。

無名だった草間はコンクールに出品するも落選。

ホイットニー美術館のコンクールに落選した後はニューヨークの都大路を片道40ブロックも歩いて持って帰ったというエピソードも残っている。

当時のニューヨークではアクション・ペインティングが全盛の時代。多くのアーティスがその手法で作品を作り、飛ぶように売れていった。しかし、それでも草間は独自の作品を製作することにこだわり続けた。

「自分自身のみの内側から出た独創的な芸術を創造することが、自分の一生を作家として築いていく上で一番大切」であると考えた草間は、彼らとは正反対の道を歩むことを選んだのだった。

草間彌生と精神疾患

「無限の綱」を描いていたとき、草間は昨日描いた絵が自分の体に張り付くという奇妙な体験をしている。

こうした体験は草間が幼い頃から体験していたもので、彼女はそれを「自己消滅」の体験として自伝でも記している。

「ある日、机のうえの赤い花模様のテーブル・クロスを見た後、目を天井に移すと、一面に、窓ガラスにも柱にも同じ赤い花の形が張り付いている。部屋じゅう、体じゅう、全宇宙が赤い花の形に埋めつくされて、ついに私は消滅してしまう。そして、永遠の時の無限と、空間の絶対性の中に、私は回帰し、還元されてしまう。」

草間が自伝で述べた幻覚体験は、自作「無限の綱」について語った内容と奇妙なまでに合致する。

「私には、一つ一つの水玉をネガティブにした網の目の一量子の集積をもって、果てしない宇宙への無限を自分の位置から予言し、量りたい願望があった。どれくらいの神秘さをこめて、無限は宇宙の彼方に無限であるか。それを感知することによって、一個の水玉である自分の生命を見たい。水玉、すなわちミリオンの粒子の一点である私の命。水玉の天文学的な集積が繋ぐ白い虚無の網によって、自らも他者も、宇宙のすべてをオブリタレイト(消滅)するというマニフェストを、この時、私はしたのである。」

ここで述べられている「果てしない宇宙への無限」とは、たんに無限の空間を表しているのではなく、自己の存在を自然へと還元した後で見える「世界」のことである。

そこでは生命のあるなしにかかわらず、あらゆる物質が粒子となって無限に広がり続けている。草間は自分の存在を一粒子のレベルにまで還元することで、まるで宇宙のような無限に広がる空間を描いたのだった。

私たちが「無限の綱」シリーズを目にして動揺してしまうのは、そこにあらゆる価値基準が全く通用しないからだろう。それまでの美術作品というのは、たとえそれがいかに前衛的な作品であるにせよ、空間と時間という最低限の物理的な法則に則っていた。だが、細かな点を巨大なキャンバスに埋め尽くした草間の作品には、もはや時間と空間の制約はない。そこはフラットでありながら、引き込まれるような無限の空間が示されている。

私たちがそこで目にするのは、あらゆる「美」の基準から隔絶されたもう一つの「自然」の姿だ。命あるものもの、命のないものも、粒子という一つの単位に置き換えられた無限の世界。そこは宇宙のようであって、私たちの現実を後世しているミクロの世界でもある。私たちは最初、それを恐怖しおののいたりするが、しだいにそれは和らいで、やがて安堵へと変わる。それはもともと私たちがどこかでめぐり会ったものに、再び出会うことができたかのような不可思議な安堵感だ。

草間の作品が最も異色を放っているのは、まさにそうした異質な別次元へ私たちを誘う点だろう。彼女の作品は「美」というものを主張する代わりに、私たちの持つ「自己」を消滅させる。そして、この世に存在していたはずのあらゆるモノと再びめぐり会わせてくれるのだ。

発表されて50年の歳月を経てもなお、「無限の綱」シリーズはまだ色あせることなく私たちを圧倒し、魅了し続けている。





草間彌生自伝「無限の綱」新潮文庫

草間彌生 ニューヨーク LOVE FOREVER: YAYOI KUSAMA,1958-1968 淡交社

草間彌生 ニューヨーク/東京 In Full Bloom: Yayoi Kusama, Years in Japan 淡交社

ペンブックス14 やっぱり好きだ! 草間彌生。 (Pen BOOKS)



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