見出し画像

青春小説「STAR LIGHT DASH!!」1-5

インデックスページ
連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

PREV STORY
第1レース 第4組 いつもの景色

第1レース 第5組 アタシのたいせつなものたち

「何の話だったの?」
 谷川と細原のところからひよりの席に戻ると、不思議そうに、けれど、いつもよりも食い気味に尋ねてきた。
 まぁ、そりゃそうか。なんとなく見透かした言葉を内心呟いて、空いているひよりの前の席に腰かけた。
「文化祭の催し、何か考えてるなら参加させてくれないかって」
「……え?」
 綾の言葉が理解できなかったのか、ひよりが随分と抜けた声を出した。
 それがおかしくて、綾は唇をきゅっと抑えて笑うのを堪える。
 ひよりの思考が追い付いてくるのを少し待ってから、綾は続けた。
「アタシの勝手な判断だけど、いいよって言ってきちゃった。ひよりが嫌なら断るよ」
 落ち着かないように左手首に巻いている可愛らしい腕時計を撫でるひより。
 心なしか顔が赤い。
 昨日の帰り、様子がおかしかったから、もしかしてと思ったが、綾の予想は当たったらしい。
 なんで、よりにもよって、あんな馬鹿そうなやつ。失礼ながらそう思ってしまった自分がいる。さすがに、ひよりには言えないので黙っておく。
 沈黙が続く。綾は予鈴の時間を気にして腕時計をちらりと見た。
「……い、嫌ではない」
「じゃ、OK?」
 こくりと頷くひより。
「遠慮しないで言ってね。催しの主役はひよりなんだから」
「そんな……別にわたしは」
「ひよりにとって楽しい文化祭じゃなかったら、アタシにとっては何の意味もないんだよ」
 大人びた笑みを向けると、ひよりがその言葉に対して、何か言い返そうと口を開きかけたが、ちょうど予鈴が鳴った。
「時間だ。じゃ、またあとでね」
 フットワーク軽く立ち上がり、ひらひらと手を振って自分の席に戻る。
 そう。1年の時みたいなことにはさせない。今度は自分がついているんだから。

::::::::::::::::::::::::

 須藤巴はトゥルントゥルンの長い髪をいじりながら綾の話を聞いていたが、説明が終わったのを察して、気だるそうに視線を上げた。
「……綾の頼みなら断れないかなぁ……。でもなぁ、私、綾みたく志望大学余裕ってわけでもないから、人助けしてる場合でもないんだよねぇ」
 窓から射した夕日が巴の髪をキラキラ照らす。
「別に、余裕ってわけではないよ、アタシだって」
 巴の棘のある言い方が気になりながらも、笑顔で言い返す。
 そもそも、行きたい大学は親に反対されていて受けることさえままならないかもしれないっていうのに。
「綾ってさぁ、ほんとお人好しだよね」
「え?」
「何も、あんな地味子ちゃんの青春のお手伝いまでしなくてもよくない?」
 地味子ちゃん、というのは、ひよりのことだ。
 目の前のこの人は、ひよりよりも自分とのほうが仲がいいと考えて憚らない。
 少しその呼び方にカチンとしながらも、綾は笑顔を崩さずに返す。
「”ひより”ね。別に青春のお手伝いってわけじゃないよ。文化祭楽しそうじゃん、みんなでやったらさ」
「コズとヒカリにも声かけた感じ?」
「んー、ヒカリは文化部だから頼んでないよ。コズには言ってみたけど。返事待ち」
「ふーん」
「巴が引き受けてくれたら、コズもOK言ってくれそうなんだよねぇ」
 綾は少ししおらしい声でそう言い、頬杖をついたまま、巴の顔を覗き込む。
 その顔に弱いのか、巴が唇を尖らせて、目を閉じる。
「もーう。わかったよ。あんた、顔強いんだから、そういうのやめてよ」
「顔が強い、とは」
 意味を咀嚼できていない綾の返しに、巴が呆れたようにため息をつく。
「ミス藤波さんは無自覚過ぎないですか?」
「それ、まじで黒歴史だからやめようか」
 あんなもの微塵も興味なかったのに、いつの間にか投票が行われていて、ああなっていたのだ。自分は知らん。
 綾の言い方がおかしかったのか、吹き出す巴。
「まぁね。私だって、あんなの急に選ばれて呼びつけられたらやだわ」
「でしょ? なのにさぁ、アタシといえばそれ、みたいに、必ず呼ばれるんだよ? 最悪なんだけど」
「顔が綺麗なのはいいことじゃん。私は綾の顔好きだよ」
「顔だけか」
「あっはっはっは! でも、今回は2年と教師に強い人いるし、綾は安心してていいんじゃない?」
「あれって、教師も対象なの?」
 車道先生のことか、と思い当たり、すぐに尋ねる。
「知らんよー、そんなこと」
 無責任に笑いながらそう返し、巴はセーラー服の襟の位置を直した。
「2年って誰?」
「陸上部のジャーマネやってる子。椎名さんだったっけ」
「……知らないなぁ」
「綾ってば。めっちゃ、顔が良いんだよ」
「顔が良い、とは」
「入学してきた時、男子がすごいざわついてたんだよ。なんで知らないの」
「……や、だって、別に女の子に興味ないし」
「綾は男の子にも興味ないもんねぇ」
 勿体ないものを見るように巴がこぼし、またもやため息をついた。
「でも、男付きってのが分かってからパタッとそのざわつきも収まったんだよねぇ」
「へぇ。やっぱ、そんなもんなんだね」
「そりゃまぁねぇ。すごかったもん」
「何が?」
「仲良し度が」
「椎名さんと相手の男子? あれ? 同じ高校なの?」
 綾の不思議そうな顔が可愛かったのか、巴が楽しそうに、綾の頭を撫でてから答える。
「綾と同じクラスじゃん」
「え」
 そんな可愛い子なら、相手は生徒会長か? と思ったが、あんな目立つ男がそんな可愛い子を連れて歩いていたら、どんなに鈍感な自分だって気付いたはず。
「谷川くんだよ。あの子いいよねー、私、彼の顔も好きなんだ」
 理解ができずに固まった綾を見て、巴が不思議そうに首を傾げる。
「綾? おーい」
「え、あいつ、カノジョいるの?」
「割と有名カップルだったよ?」
「だった?」
「んー、最近一緒にいるところ見ないからさぁ。別れたのかなぁって」
「え、そこ正確に」
「知らんよー。どうしたの急に」
 突然食い気味になった綾に戸惑うように巴が首を仰け反らせて、綾から距離を取る。
 さすがに勘繰られても困るから、すぐに気を取り直して話題を変えた。

::::::::::::::::::::::::

「おいおいおいおい。ちょっと待ってよ。なんでよりにもよって、そんなめんどくさそうな男に片想いしてんのよ」
 自宅の玄関を閉めてすぐに綾はその場にしゃがみこみ、早口かつ低い声で吐き出した。
 どうしよう。断るか。判断ミスった気がする。
 巴と別れてから自宅までずっとその3つのワードが綾の頭の中をぐるぐる回っていた。
「お姉ちゃん?」
 玄関で声がしたのに反応して、麻樹(あさき)が茶の間から顔を出した。
 年の離れた10才下の弟だ。
 綾が顔を上げると、嬉しそうに白い歯を見せて笑ってみせる。
「おかえりなさーい」
「ん、ただいま」
 その笑顔につられて綾も笑みを返す。
「そんなところでしゃがみこんでどうしたの? おなかでもいたい?」
「あー、大丈夫。ちょっと、靴下直してただけ。夕飯、何がいい?」
「オムライス!」
 靴を脱ぎながら、冷蔵庫の中を思い返す。
「……卵あったっけ」
「あるよ! さっきカクニンした!!!」
 廊下に上がって麻樹の返しにくすりと笑う。
「そんなに食べたかったの」
「さっき、テレビでやってたの。おなかすいた」
「ごめんごめん、ちょっと友達と話してたら遅くなっちゃったからね」
「それは別に。最近、お姉ちゃん、帰り早いし」
 ギシギシと床を鳴らしながら奥に進む。麻樹がその様子を見上げてくる。
 自分の部屋の前まで行って、聞こえないようにほんのそっと吐き捨てる。
「…………。部活なくなったからねぇ」
「え?」
「んーん、なんでも。着替えたら作るからもう少しテレビ見てて」
「はーい!」
 素直な返事ににっこり笑みを返し、部屋のドアを開ける。
 床に転がったバスケットボールを定位置に戻し、鞄を下ろして、セーラー服のチャックを上げた。
 カレンダーに目を遣る。もう7月なのに、うっかり破り忘れたカレンダーは6月のまま。
 ほんのひと月前はインターハイ予選だった。
 赤いマジックでマークを付けられた日に目が行く。
「あっけないもんだったなぁ」
 その声は、ポジティブでもネガティブでもない音だった。

NEXT STORY
第1レース 第6組 高校最後の行事

感想等お聞かせいただけたら嬉しいです。
↓ 読んだよの足跡残しにもご活用ください。 ↓ 
WEB拍手
感想用メールフォーム
 ※感想用メールフォームはMAIL、お名前未入力でも送れます。

もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)