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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」5-3

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第5レース 第2組 触れる夏影

第5レース 第3組 Taste of Candy Apple

『シュン、お願い。あたしと別れてください』

 あの後、何度も『嫌だ』と彼女に伝えた。けれど、彼女は頑なで、折れてくれるとは思えなかった。
 長い付き合いで、誰よりも彼女のことを理解できていると思っていたのに、その言葉でまたもやすべてが分からなくなってしまった。
 彼女がそれを望むなら、頷くのが最良だ。
 彼女がそれを願うなら、絶対に叶えるのが最善だ。
 彼女の願いは『谷川俊平が走り続けること』。ただそれだけ。

:::::::::::::::::::

「よっし、到着。どこから攻める?」
 駅を出て、バスのロータリーに置いてあるベンチに腰かけ、水分補給しながら俊平は言った。
 子どもの頃は何度か来ていたが、最近は部活漬けでこちらの祭りには来ることもなかった。
 商店街の付き合いで、邑香が毎年屋台の手伝いをしていると言っていたような気がする。
「棚川和のお祭りの醍醐味と言ったら、でっかいお化け屋敷でしょー」
 瀬能が無邪気に笑いながら言ってきた。俊平は驚いて気管に入りそうになった水分を思い切り咳き込んで無理やり押し出す。
「だ、だいじょうぶ? 谷川くん」
「ゲッホゲホ……! 変なとこ入った……」
 胸をさすりながら水谷に苦笑いを返し、ゆっくり瀬能のほうに視線を移す。楽しげな表情の瀬能が目に映る。これは嫌だとは言えない雰囲気だ。
「あそこ、元々出るって噂のある建物じゃなかったっけ」
 和斗が追い打ちをかけるように言った。完全に面白がっているのがわかる。
「え? そうなの? やー、アタシ、来たことなくてさー」
「あれ? そうなんだね」
「うん。それで最後くらい来てみたくて。ノリで誘ったのに、オッケーしてくれてありがとね、2人とも」
「最後?」
「進学したらさすがに別の夏祭り行くと思うし?」
「ああ、そうかもしれないね」
 瀬能の言葉に納得したように和斗が頷く。麻樹が瀬能の隣で寂しそうに地面を見つめているが、彼女はそのことには気付く様子もない。
「アサキはやりたいことあるか?」
 放っておけなくてすぐに声を掛けると、麻樹はこちらを向いてニコリと笑った。
「射的とスーパーボールすくい」
 スーパーボールは男子の正義だ。賛同する。
「いいじゃん。競争すっか?」
「いいよー、負けないから」
 ノリよく返してくるので俊平もニッシッシと笑い返す。それを微笑ましそうに眺めていた水谷が口を開いた。
「わたしも混ぜてもらっていい、かな?」
「ありゃ、ひよりが競争なんて珍しいじゃん」
「え、だって、2人が楽しそうだからつい」
「あはは、じゃ、アタシ、それを撮る係やろーっと」
 両手で四角形を作って、指の隙間から水谷を覗き込むようにして瀬能が笑う。
「なにそれー、恥ずかしいからいいよ」
「アサも合わせて撮れるから一石二鳥なのよ。いいじゃん」
「……あ、一応、おれ、カメラ持ってきたよ」
 肩から提げていたミニバッグからカメラを取り出して見せてくる和斗。
「本格的」
「そこまでのもんじゃないけど、スマホより綺麗に撮れると思ったから」
 気乗りしていないように見えたけれど、こういうところは和斗の性分なのだろう。
「祭り行く前に、試してみる?」
 そう言って、右手の親指で鼻の頭をこすってから、和斗がカメラを構えた。
 意図を察して、瀬能がしゃがみ、麻樹の肩に手を回してにぃっと笑う。
「水谷さん、もう少ししゅんぺーと瀬能さんのほう寄ってくれる?」
「え、あ、はい」
 和斗の言葉に少々挙動不審な動きで寄ってきて、屈んだのか右腕のあたりが少しだけ暑いように感じられた。
「いちたすいちはー」
「「「「にー」」」」
 和斗の掛け声に合わせて4人が返し、その瞬間シャッター音が鳴る。フラッシュがパシパシと走り、少しだけ視界が白く煙った。
「こんなもんかな」
 撮れた写真を液晶で確認しながら歩いてきて、4人に見せてくる。
「うわー、綺麗に写ってるね。ありがとう、細原。アタシの激弱スマホじゃそうはいかんわ」
「持ってきたいから持ってきただけだから気にしなくていいよ」
「こーいつ、割と素直じゃないから、みんな誉めてやってね」
 瀬能の真っ直ぐな眼差しに照れた様子がおかしくて、俊平が茶化すと、和斗がむっとしてこちらを見てきた。
「やるのなんてトーゼンだし。できてトーゼンだし。そのくらい当たり前だし」
 茶化すように気取った口真似をすると、和斗がカメラ片手にこちらに歩み寄ってきて、パシンと俊平の頭をはたいた。
「やーめろ」
「すげーって言われてんだから素直に喜んどきゃいいんだよ」
「あはは、細原もそんな顔すんのね。ねぇ、歩きながらでいいから、カメラの使い方教えてよ。このままだと細原ばっか、撮る係になっちゃうでしょ?」
「え、別に、おれはそれでもいいけど」
「ダメダメ。せっかく、男前にきまってるんだから撮らせてよ」
「……瀬能さん、それ、ふざけて言ってる?」
 あまりに真っ直ぐ言ってくるのに動揺したのか、和斗が珍しく顔を赤らめた。水谷が隣でくすりと笑うのが聴こえた。そちらを向くと、水谷がおかしそうに笑っていた。
「綾ちゃん、素で言ってるんですよ。いつもこうだから」
「そ、そう」
「麻樹くんもお姉ちゃん似だしね」
「え? ぼ、ぼく?」
「すごい素直に誉めてくれるからいつも照れちゃうんだよー?」
「そ、そうなんだ?」
 水谷のほんわかとした語調に照れたように麻樹が笑う。
「さて、そろそろ、行くか」
 サポーターを巻いている膝をポンと叩いてから立ち上がり、俊平はみんなにそう声を掛けた。

:::::::::::::::::::

『ブドウ飴、買っていい?』
『ん? ブドウ好きなの?』

「あ、ブドウ飴食べたい。ちょっと待ってもらっていい?」
 瀬能が朗らかにそう言い、麻樹を連れて屋台のほうに歩いてゆく。
 通行の邪魔になるので、3人も屋台のほうにずれて、2人の買い物が終わるのを待つ。
 ブドウ飴は藤波の秋祭りの時、彼女が好んで食べていたものだった。そんなことに思いを馳せつつ、すーっと息を吐き出し、切り替えて笑う。
「リンゴ飴って食ったことある?」
 水谷に問うと少し考えてから答えてくれた。
「すごい子どもの頃に、どうしても食べてみたくてお父さんに買ってもらったことあるよ」
「へぇ」
「でも、大きいし、固いし、結局食べきれなくて」
「確かに幼女には厳しそう」
「幼女って言い方はやめとけよ」
 俊平の言いざまがおかしかったのか、和斗が笑いながら即座にツッコんできた。
「でも、見た目可愛いよね。今で言う”映え”みたいな発想あったのかな、考えた人的には」
「そう言われてみると、そもそも、リンゴ飴っていつからあるんだ?」
 2人が話した脇で和斗がスマートフォンを取り出して調べ始め、「へぇ」と1人納得したように声を漏らした。
「こらこら、1人で納得すんな」
「菓子としての発祥は100年くらい前らしい」
「思ったより割と最近なんだな?」
「欧米だと収穫祭の時期に振る舞われてるって」
「欧米……ん? 日本発祥じゃねーの?」
「アメリカらしい」
「あめーりか」
 俊平の言い方がおかしかったのか、水谷が隣でくすりと笑う。
「そうなんだね。日本じゃ縁日が定番だけど、リンゴ飴って、海外だとハロウィンの時期のものなんですね?」
「みたいだね」
「ん? 収穫祭……ってハロウィンのことか?」
「カズペディア使うならなんか奢れ」
「カズペディア……」
 2人のやり取りがおかしいのか、水谷はまたもやクスクスと笑っている。
「なーに。3人楽しそうじゃん」
 ブドウ飴片手に瀬能と麻樹が戻ってきた。瀬能はともかく、幼い麻樹は歩きながら食べるには危ないので、空いたベンチに麻樹を座らせて、会話を続ける。
「カズペディアは有料らしい」
「え? 何の話?」
 俊平が端折って説明するので、瀬能が困惑したように首をかしげる。その様子を見て、水谷がまた笑う。
「なんだよー。アタシだけ置いてきぼりー?」
「リンゴ飴の発祥について話してたら、細原くんが調べてくれて。その話の流れで、谷川くんが分からないことがあったから、細原くんに訊いたら、ここからは有料って返したの」
「あー、なるほど。なーに、谷川。ものぐさしないで、自分で調べたらいいじゃん」
「コイツ、苦手なんだよ、スマホ扱うの」
「へー。ああ、そういえば、グループチャットも素っ気ないもんね」
「は? 素っ気ない?」
「いつも短いじゃん」
「あーーーーー、それは」
 改行と送信を押し間違えてるなんて説明するのもかったるいし、恥ずかしい。みんな打つのが早いから、指がついていかなくて、すぐ諦めて話の流れを見守るだけになっているのだった。
 んーむと唸る俊平を見て、和斗がくすりと笑い、瀬能に代わりに説明する。
「たぶん、打ってるうちに話が進むから送るの諦めてんだよ、コイツ」
「へー。言ってよー。待つんだからさ」
「……別にオレの返信なんて大した内容じゃねーし」
 ブドウ飴を頬張りながら俊平の返答を聴き、瀬能が眉根を寄せる。
「な、なんだよ」
 ポリポリ噛み砕いて飲み込んでから瀬能が口を開いた。
「大した内容かどうか決めるのは、アタシらで、谷川じゃないよ。気軽に送ってよ。仲間なんでしょ?」
 相も変わらずの真っ直ぐな言葉に、今度は俊平が怯む番だった。瀬能の隣で水谷も真面目な顔でコクコクと頷いてみせる。
「自信過剰っぽいのに、変なとこ気にすんだね、谷川って」
「は? 自信過剰……?」
「いつも堂々としてるし、自己肯定能力高いタイプだと勝手に思ってただけだよ」
 麻樹が食べ終わってゴミ箱に棒を捨てに行ったのを、瀬能が視線で追いながらそう返してくる。
「それはまぁそうだと思うけどな」
 隣で和斗が納得した様子で頷いたので、すかさず俊平は肘で小突いた。小突かれた腕をさすりながら和斗が笑う。
 麻樹が駆けて戻ってきて、瀬能を笑顔で見上げるので、「行こっか」と瀬能は3人に促して歩き始めた。
 瀬能と麻樹が手を繋いで歩いていく背中を見つめ、俊平は唇を尖らせて頬を撫でる。
 そんなつもり、微塵もなかった。声が大きいのは育ちの問題だ。
 水谷が2人を追うように歩き始めた後、隣でシャッター音が鳴った。視界が白く煙る。
「何撮ったんだよ?」
「瀬能さんたちの背中。絵になってたから」
「ふーん」
「祭りの風景ってのもいいもんだな」
 そう言って、和斗がパシャパシャと周りの風景を撮影し、最後にこちらにカメラを向けてきた。
「野郎なんか撮ってどうすんだよ」
「いいじゃん。ゆーかちゃん喜ぶだろ」
「……あー……」
「ほら、ピースピース」
 なんと説明すればよいのだろう。思い返せば、一番気にかけてくれていたのも和斗だ。言い出しにくい。
「膝は英語で?」
「……ニー」
 和斗の様子に根負けして、俊平は作り笑いと共にピースをカメラに向ける。
 液晶を確認して、和斗は楽しげに笑った。
「いい男に撮れてるぜ」
「そーかよ。ボチボチいこーぜ」
「ああ、そうだな」
 カメラを肩から紐で提げ、カランカランと下駄の音をさせて和斗も歩き出す。
 瀬能たちが、2人が止まったままであることに気付いて、こちらを見て待ってくれているのが見えた。
「なぁ、カズ」
「ん?」
 俊平の言葉に和斗が横目でこちらに視線を寄越した。
「……やっぱ、なんでもねー」
「なんだよ、変なやつ」
 自分ですら、現状を受け止めきれないのに、一番気にかけてくれていた和斗に話すなんて、やっぱり気が重いし、無理だ。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)