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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-2

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第6レース 第1組 幼馴染の本音

第6レース 第2組 それはカズくんの我儘だよ。

 ファストフードショップの4人席。
 大人3人に囲まれながら、特に物怖じすることもなく、邑香は大きなハンバーガーを頬張った。
「聞いてないんだけど」
 舞先生がため息混じりにそう言った。
 邑香の隣で頬杖を突き、ずっと複雑そうな顔をしている。
「……どこから見ても可愛い」
 舞先生の友達だという、遠野がそんなことを呟いて、斜め前から邑香の様子を窺っている。
 その隣には、先週演奏会で会った拓海が興味なさそうな顔でこちらを見ている。
「気を回してもらったのに別れたなんて、言えないじゃないですか」
 取ってつけたような敬語を話し、邑香は口元を紙ナプキンで拭う。
「そっちのお姉さんはわかってたっぽいですけど。先週妹か聞かれて、ちょっとカチンと来たもん」
「え、拓海、あんた、そんなこと言ったの?」
「……そうねぇ」
 興味なさそうな調子で拓海は答え、ストローに口をつける。
 演奏会の時の笑顔は、どうやら余所行きだったらしい。
「なんで別れるかなぁ……今の俊平には、邑香がいないと」
「あたしがいるとシュンが迷うから」
 長い睫毛を伏せて、邑香はストローに口をつけ、ちゅーと吸い上げる。
「迷うって?」
「……シュンは、高校の選択を、あたしのせいで間違えたから」
「それ、俊平が言ったの?」
「…………」
「本人から聞いてないならそれは全部邑香の……」
「もう遅いから!」
 舞の言葉を遮って声を発したが、それでくらりとして、邑香は頭に手を添えた。
 拓海が真っ直ぐ邑香を見つめてくる。興味なさげな眼差しに、どうにも苛立ちが湧いてくる。
「舞先生、おせっかい」
「……んー」
 邑香の物言いに、舞先生は唸り、顎を撫でる。
「そうでなくても、お姉ちゃんからも色々言われて、家にもいたくないのに」
「それは邑香のことが心配なんでしょうよ」
 取り付く島もないので、舞先生は少し言葉を選ぶように目を泳がせている。
「椎名さん、遅いことはないと思うから、少し冷静に考えたほうがいいかもしれないねぇ」
 ピリッとしてしまった場の空気を和らげるように、ふんわりとした声で遠野が口を開いた。邑香が舞から視線を外して、遠野を見る。
「何回でもやり直せるから。お互いに気持ちがあるなら」
「……やり直して、同じことを繰り返したら、あたしが辛いじゃないですか」
 自分の気持ちの綺麗な部分だけを彼に伝えた。このまま、終わりにすれば、自分は彼の中で、綺麗なままでいられる。
 余計なことを言ってくる大人たちに、邑香の心境は複雑だった。
「でも、それを繰り返して出来ていく関係が、恋人なんだよ」
「……よく、わからないです。あたしは、彼の邪魔にしかならない。だったら、いないほうがいい」
「邑香……」
「そう思ってるなら、それでいいんじゃないの?」
 邑香をたしなめようと口を開いた舞よりも先に、拓海が冷たくそう切り返してきた。
 遠野の取りなしで、少しだけ上向いた場の温度がまたもや氷点下まで下がった。
 邑香に興味のなさそうな眼差し。この人の視線を受けていると、自分の心が消えそうになる。あまり一緒にいたくなかった。
「少なくとも、お姉さんには、あなたがいじけているようにしか見えない」
 そう言われて、キッと拓海を睨むと、彼女の眼差しも強いものに変わった。これまでの興味がなさそうな目よりは幾分かましだった。
「それでいいって本人が言っているのに、何を言っても意味ないでしょ」
「ちょっと待ってよ、拓海」
「谷川くんは頑張るって決めてるから頑張るそうよ」
「……シュンが?」
「あなたも、別れを告げることで徹そうと思った想いがあるんでしょ?」
 邑香も、拓海のその言葉には素直にコクリと首を縦に振った。頷きで落ちた横髪を耳に掛け直し、眉根を寄せて目を細める。
「あたしなりに出した結論だからさ。舞先生、シュンの味方でいてくれるのは嬉しいけど、あたしの味方でもいてよ……」
「あー……その顔には弱いんだよなぁ……」
「くーちゃん、椎名さんの顔、ドストライクだもんねぇ」
「だから、人のウィークポイントを易々と話さないの!」
 遠野にツッコミを入れた後、深くため息を吐き、舞先生は邑香の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「ちょ、やめて……」
「ちゃんと味方だから。邑香はさぁ……せめて、本音を話せる人をきちんと作らないと」
 心配するように舞先生がそう言い、そっと邑香の肩を抱き寄せる。
「言いたくない、って頑なになることが多すぎて、辛そうだもの」
「……それを話せるのが、シュンだったんだよ……」
 ポソリと弱弱しい声で呟いてから、ポテトを摘まみ、モソモソと食べ始める邑香。舞先生が再びため息を吐く。
「なんかあったら聞くから。時間気にせずに連絡して」
 考えないようにすることが、こんなにも難しいなんて、先週、彼にあの話を切り出した時は考えもしなかった。

:::::::::::::::::::

 舞先生たちと別れた後、塾帰りの和斗と遭遇したので、そのまま一緒に帰ることになった。
 昨日の今日か。あの時はちょっとした立ち話だったから笑顔で言えたが、今その話になると面倒だなと内心考えてしまう。
「しゅんぺーと喧嘩した」
 和斗は穏やかな表情のままそう言い、コンビニで買ったアイスコーヒーをずこーと音を立てて飲む。
「なんで? せっかくの夏祭りだったのに」
「アイツも楽しそうでよかったんだけどねぇ。あ、これ、昨日撮った写真。塾の前に刷ったから、要るならあげる」
 鞄から写真の束を取り出し、俊平の映っているものを数枚選別して、差し出してきた。声のトーンは平静なままだった。
「え、いや、あたしは……」
「どーせ、ゆーかちゃんのことだから、余計な気回したんだろ?」
 呆れた様子でそう言い、邑香に写真を押し付けるように渡してきた。
 甚平がよく似合っていた。
 作り笑いでピースしている俊平。袖をまくって真剣にスーパーボールすくいをしている俊平。みずたに先輩とハイタッチをしている俊平。
「あ、やべ、渡すの間違えた」
 和斗が慌てて取り上げようとするが、あまりにいい笑顔だったので、邑香は微笑んでその写真を見つめる。
「いい笑顔してるじゃん。よかった」
「……今のアイツは、無理やり動いてるブリキのおもちゃみたいなもんだからさ」
「……うん……」
「ゆーかちゃんが手を離さないでやってよ」
「そんな状態のシュンと喧嘩した人に言われたくないなぁ……」
 邑香が苦笑混じりで返すと、和斗も眉をへの字にした。邑香はもらった写真をバッグに入れる。
「なんだろうなぁ……おれにも、逆鱗ってあるからさぁ」
「そんなに堪えられないこと言われたの?」
「……言えないけど、そうだね」
「そっか」
 頷くしかなかった。
 今の彼を独りにしてはいけないと、心ではわかっている。
 だけど、そのために、自分の存在をぞんざいに扱ったまま、隣にはいられないと思った。
 自分はお芝居が上手くない。その証拠に、俊平は3月の時点で、邑香の様子がおかしいことに気が付いてしまった。
 先週一緒にいた時、久々のいつもの空気にほっとしたし、やっぱり、彼の隣が一番落ち着くと思った。
 その反面、取り繕うことのできない自分自身を感じ取ってしまった。
 それも含めて、彼と話をするべきだったのかもしれないけれど、正気の彼から「そうだよ」と言われたら、たぶん、自分は立ち直れない。
「ゆーかちゃんさ」
「ん?」
「アイツの1番じゃなくなってもいいの?」
「……シュンの1番はあたしじゃないよ」
「え?」
「彼の中で1番は”走ること”だから」
 邑香の言葉に戸惑ったのか、和斗は押し黙ってしまった。
 吹き出てくる汗をハンカチで拭い、邑香は目を細める。
 彼が走っているところを見るのが好きだった。大好きなことをしている彼は、いつでもキラキラしていたから。
 でも、いつからだろう。彼のゴールを見つめる眼差しが、自分に向けばいいのに、と考える自分がいることに気が付いてしまった。
 勇気を出して告白をして、それで叶うと思った。でも、ダメだった。
「……それは、違うんじゃないかな」
 和斗がだいぶ経ってからそう言った。
「ゆーかちゃん、アイツと付き合い始めてから、おれのこと、すごい目の敵にするようになったけどさ」
 それは否定できない。
「おれ、アイツのこと、分かろうと努力はしたけど、アイツから話してくれることなんて、ほとんどなかったんだよ」
「嘘だ……」
「昨日も言ってたね。嘘じゃないよ。アイツは、おれにはなんにも話さないよ」
「じゃ、なんで、何回も仲直りしなって言ってきたの?」
「喧嘩したのかなって思ったから言っただけだよ。もし、それで、話を拗らせたなら謝る」
 真面目な顔でこちらを見つめてくる和斗。邑香は唇を尖らせる。
「きっと、誰よりも、アイツが本音を話せたのは、ゆーかちゃんだからさ」
 前髪に触れた後、眼鏡の位置を直してそう付け加える和斗。
「その相手がいなくなったら、アイツ、きついに決まってる」
 喧嘩をしたと言っていたくせに、和斗は真っ直ぐ俊平の心配をしている。
 邑香が敵視するのは、彼のこういう姿勢があるからなのに、きっと和斗はその自覚がない。
「……カズくんってさ」
「ん?」
「シュンのこと、大好きだよね」
「はぁ?!」
 邑香の言葉に納得できない声を上げ、彼は頭を抱えた。
「椎名姉妹さぁ……」
 ブツブツと何か言っているが、ぼやきでしかないのか、何を言っているのかまではほとんど聴き取れなかった。
 怖いのでつつかないように歩いていると、商店街の入口が見えてきた。
「じゃ、このへんで」
 後ろで両手を組んだまま、和斗にそう言い、小首をかしげて笑いかける。
「このまま、手を離すってことはさ」
 和斗の言葉で、駆け出そうとした足を止めた。
「……誰かに取られてもいいってことになっちゃうんだよ、ゆーかちゃん」
「……カズくん、それは違うよ」
「え?」
「はじめから、シュンとあたしは、そうなれてなかったんだよ。それだけのことなんだよ」
「……おれは、ゆーかちゃん派だから。認めたくないんだよ。キミ以外」
 眉根を寄せて、和斗が絞り出すように言う。
「……それは、カズくんの我儘だよ」
 邑香は目を細め、それだけ返し、和斗に手を振って別れた。
 どんなに頑なにそんなことを言ったって、人の心は縛れない。
 達観した気持ちで邑香はため息を吐く。
 でも、実際、彼の隣に自分以外の人が陣取ることになった時、自分はそれを肯定できるだろうか。
「……カズくんはいいな」
 ――隣にいられて。

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第6レース 第3組 揺れる水面


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