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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-12

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第11組 あの人の元カノ

第7レース 第12組 ちっぽけな青春

『アイツ、すげー不器用じゃん?』
 追加の筋トレをしながら志筑部長が穏やかに言った。
 昨年の5月。部長たちにとって最後の大会のひと月前に交わした会話だ。
 邑香は活動記録を書きながら、その言葉に頷いてみせる。
『明るいし、友達も多そうなのに、割と孤独ですよね』
『好きなことに一直線で、どうしても視点がこうなりがちなんだよなぁ』
 顔の前に両手を掲げて、視界を塞ぐようにしてみせる部長。邑香は頷いて、ペンのヘッドを顎に当てる。
『それでもいいかなって、中学の頃は思ってたんですけど』
『一緒の部に入ると見えるものも変わった?』
『……そう、ですね。みんな、シュンに冷たいなぁって』
 ぽつりと。それだけ言って、彼の走る姿に視線を向ける。
『強豪校でもなんでもない学校の部活なんて、いろんな価値観の奴らが集まるから仕方ないんだよ』
 筋トレの手は止めずに冷静に言う部長。
『速いからこそ言えることもあるけど、アイツの言葉を正面から受け止めてくれる奴が、うちの部に何人いるかって話で』
 ふぅと息を吐き出し、空を見上げてからこちらに視線を寄越す。
『椎名にはわからないかもしれないけど、男ってプライドだけはエベレスト並みに高いんだよな』
 これまでのやり取りで、プライドや無駄な意地みたいな頓着がないらしいと判断されたようで、部長が自然とそう言った。
『自分よりできる人の話なら聞いたほうが絶対いいですよね』
『……うん。でも、まぁ、それができない年頃ってことなんだよなぁ』
『なんか、よくわからないですね』
『椎名は、反抗期とかなさそうだよね』
『今生きてることに感謝くらいの気持ちで生きてますね』
『ハハッ。だよな』
 実際、両親や姉にも常々そう言われてきたので、その考え方がおかしいとも思わない。
 自分が高校の制服を着られる可能性は、幼少期、それほど低かったのだ。
『でも、部長は感化されたんですね?』
『……もうすぐ引退ですからねぇ。悪あがきくらいしてもいいかなぁって』
『悪あがき』
『アイツを独りにしてしまったのは、俺自身の責任でもある気がしているので』
『シュンが強豪校って呼ばれてるところに行っていたら、こんなことにはならなかったでしょうか?』
『どうだろう。メンタルケアしてくれる人が傍にいなかったら、とか色々考えられるからなぁ』
 邑香の素朴な質問に笑顔で答え、腕立ての姿勢になる。
 さすがに腕立てをしながら会話はできないので、邑香はそこで黙った。
 校庭では100メートルを走り終わって、腕を回している俊平が見えた。何か納得いかないのか、しきりに首を傾げている。
『あたしにできることって、ないんですかね?』

:::::::::::::::::::

 その1年後となる今年の5月。最後の大会を前にして、珍しく、3年のメンバーが居残り練習をしていた。
 邑香はジャグに水を汲み足してから、校庭に戻り、ふーと息を吐き出す。
 いつもこうだったら、どんなによかっただろう。つい、そんな言葉が過ぎる。

 春休み、急に陸上部に来なくなった俊平は、春休みが明けてすぐに、邑香に退部届を渡してきた。何があったのだろうと思うものの、彼が自分を避けているのもなんとなく肌で感じてしまうので、段々声を掛けられなくなってしまった。その上、ゴールデンウィークには和斗から『仲直りしたら?』の釘差し。どう動いたらいいのか、全然わからない。

『ゆうかちゃん、鍵とかはこっちでやっとくから、上がっていいよ』
 圭輔が水を飲みに駆けてきたと思ったら、飲み終わった後に、朗らかな笑顔でそう言った。
 いつも俊平が終わるまで一緒にいたから、時間的にはまだまだ早いくらいで気にしていなかった。
『なんか、シュンがいなくなってからのほうが、部としてまとまった気がするね』
 邑香が寂しげな声音で言うと、圭輔は困ったように眉根を寄せた。
『……まぁ、何やっても、先パイが目立ってたからね』
『え?』
『入賞する人が目立つのは当たり前のことだし、先パイは相応の努力をしてた人だからボクはなんとも思わないけど』
 そこまで言ったけれど、言語化するのに困ったのか、圭輔は言葉を飲み込んでうーんと唸る。
『”谷川俊平のいる藤波高校陸上部”じゃないって、たぶん、先パイたちからしたら、これが最初で最後だから』
『……そういうもの?』
『上手く言えないけど、自分の青春の主役は自分でしょ?』
『それはそうだね』
『……ずっと、脇役やモブだった青春って、嫌じゃない?』
『考えたこともないかな』
『うん。ゆうかちゃんは、それでいいと思うよ』
 圭輔の言葉に納得できず、想像してみても理解できなかったので、すんとした顔で返すと、圭輔が嬉しそうに笑った。
『わからないほうが幸せなことだから』
 真っ直ぐで愛くるしい笑顔に、こちらが照れる。彼を見ていると、時々、俊平の中学時代を思い出す。
『なーんだ。今度は、岸尾狙いなの? マネージャー』
 話していただけなのに、練習から上がってきた小松先輩がからかうようにそう言って、そのまま、ジャグからコップに水を汲んだ。
 ゴクゴクゴクと豪快に水を飲み干し、コップを雑に置くと、部室に歩いて行ってしまった。
 俊平が来なくなってから、小松先輩や一部の先輩が、そういうことを言うようになった。
 あまり気にしないようにはしていたが、あまり気分のいいものではない。男子陸上部のマネージャーになるつもりだと伝えた時に、俊平が難色を示したことがあった。もしかしたら、彼はこれを懸念していたのかもしれない。
『なんだよ、あれ……』
『いいよ。気にしてないから』
『え、もしかして、これまでも言われてる?!』
 邑香の口振りに、圭輔が怒りを露わにした。
 元々、俊平に憧れて入部してきた圭輔は、俊平が来なくなってから、糸を失ったタコのようにふわふわしている。
 直接的な摩擦は起きていないけれど、1、2年と3年の間には、目に見えない溝が出来上がっていた。それは、俊平と3年の先輩たちの間にいつの間にか出来上がってしまっていた溝と、同じようなものだった。
『岸尾、最後、一緒に走ってくれないか?』
 高橋先輩が校庭の隅から大きな声で圭輔を呼んだ。その声に反応してそちらを見、やれやれと息を吐き出す圭輔。
『高橋先パイと走っても、つっまんないんだよなぁ……』

:::::::::::::::::::

 お昼過ぎから始まった送別レースは暑さのピークを迎える前に幕を閉じた。
 校庭の端の木陰でレースの模様を見守っていた女子たちも、体育館での演奏練習に戻ったのか、体育館から演奏の音が漏れ聞こえてくる。
 記録した結果を読み上げ、圭輔から3年への言葉、続けて、3年の里中(元)部長からの言葉。最後に顧問の山本先生から、3年へ労いとこれから先への励ましの言葉が告げられた。
 邑香は目を閉じて彼らの言葉をただじっと聞いていた。
 本当ならば、この場にいるはずの人がいない。
 誰よりも一生懸命この校庭を駆け抜けて、何度も繰り返し、どんなに遅い時間になっても走ることをやめなかった、邑香の大切な人はいない。
 現実を理解しているはずなのに、やはり心はそれを受け入れられていない。
 どうしてこんなことになったのだろう。
 彼にはこの輪の中心で笑っていてほしかった。彼はそれだけ頑張っていたし、それだけの優しさを持った人だった。部員達には、分かってもらえなかったかもしれないけれど。
 ほどなくして解散となり、邑香は1年部員たちと一緒に用具の後片付けを始めた。
 そうしていると、微かな足音とともに、邑香の前に濃い影が姿を見せた。ゆっくりと顔を上げると、そこに立っていたのは高橋先輩だった。
 3年の先輩たちは今部室で着替えている。その輪から抜けて、わざわざこちらに来たらしい。
「……今日、谷川は……?」
 ずっと気にしていたのか、高橋先輩がそれだけ尋ねてくる。
 邑香はそっと立ち上がって、高橋先輩を見上げる。
 俊平が部を辞めると言って来なくなった後、入れ替わるように彼は毎日練習に出るようになった。それこそ、最後のインターハイ地区大会まで。
 圭輔にタイムは抜かれたものの、2番手として100メートルに出場した。彼なりに自己ベストを更新しての引退。地区大会の日の彼は笑顔だった。
「彼はもう部には来ません」
 背筋を伸ばして、はっきりと邑香は返した。
 高橋先輩が邑香のオーラに気圧されるように視線を逸らす。
 俊平が来なくなってから、邑香と高橋先輩が話すことは事務的な会話以外なかった。当たり前だ。高橋先輩と邑香を繋いでいたのは俊平だったのだから。
「……椎名さんは」
「はい?」
「3月に何があったか、アイツから聞いてるの?」
 顔色を窺いながら、高橋先輩がそう言った。
 邑香は意味が分からず、眉根を寄せて彼を見上げる。
「どういう意味ですか?」
 真っ直ぐな問い。高橋先輩はたじろいで、すぐに誤魔化し笑いをした。
「聞いてないならいいんだ」
 そう言って立ち去ろうとする高橋先輩の腕を、邑香は力強く掴んだ。ビクリと体を震わせ、高橋先輩が足を止める。
「何か、知ってるんですか?」
 優しい高橋先輩は、邑香の腕を振り払えないらしかった。様子を窺うように周囲を見回し、他の部員がグラウンド整備で遠くにいることを確認してから、こちらを向いた。
「……俺」
 高橋先輩は苦しそうに口を引き結ぶ。
「俺、アイツに謝らないと」
 言ったのはたったそれだけ。
「どういう、意味ですか?」
 同じ問いを投げかける邑香に、高橋先輩は申し訳なさそうに目を細めた。
「アイツが来なくなったのは、俺のせいなんだ」
 許しを請うような声が、邑香の耳に響いた。

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