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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-11

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第10組 繋がらなかったバトン

第7レース 第11組 あの人の元カノ

「ねぇねぇ、校庭で何かやってるみたいだよ」
 風の通る場所でお弁当を食べていると、トイレから戻ってきた千宙が楽しそうに言って、ちょいちょいと2人を呼んだ。
 メグミはちょうど食べていたものを飲み込んだところだったので、お弁当に蓋をして、綺麗な姿勢で立ち上がる。
 奈緒子もモグモグしながら、お弁当に蓋をし、杖を立ててゆっくりと立ち上がった。
 校庭側の扉のロックを外して開け、千宙が2人を待っている。
 その様子に気が付いた薫もこちらに駆け寄ってきて、奈緒子の頭の上から覗き込んだ。
「あれは、陸上部だねぇ。椎名さんと岸尾くんがいるから」
「お知り合いですか?」
「同級生」
 どの人のことを言っているかはわからないが、話を合わせて尋ねると、ニコニコ笑顔で彼女は答え、ポンポンとなぜか奈緒子の頭を撫でてくる。
「椎名さんは2年のマドンナなんだよ」
「マドンナ」
「”氷の姫君”とかも言われてたなぁ」
「すごい中二っぽい」
 表現が面白かったのか、メグミが笑いながら感想を述べた。
「笑わないっていうか、いつも静かだからさー」
 薫の話を総合して、どの人のことか察しがつき、奈緒子は椎名のことを見つめた。
 先々週の演奏会で見た、俊平のカノジョだった。
「彼女と話したことある人のほうが稀というか……なんとなく遠巻きにしちゃう。オーラがすごいから」
「遠目だとわかんないなぁ」
「帽子被ってる、ショートカットの、夏なのに長袖着てる美少女」
「あ、あの人か」
 メグミと千宙もようやくどの人のことかわかったらしく、感心したように見つめている。
「椎名さんが笑ってるの見たのなんて、それこそ、谷川先輩と一緒にいる時くらいかなぁ」
「え?」
「ん?」
 薫の発言に、ようやく繋がったらしいメグミと千宙が、薫ではなくこちらに視線を寄越した。
 奈緒子はその視線に気付かないふりをして、陸上部の集団を見つめる。
 演奏会の時は、とても楽しそうに笑っていたのに、そこに立っているのは、表情のない無機質な人形のような人だった。
「私はそれ見て可愛いなって思ったけど、そう思わない人も世の中にはいるものでねぇ」
「嫌われてたりするんですか?」
「……人間、よくわからないもののことはそう判断するからねぇ」
「薫、中学生たちに変なこと吹きこんでない?」
 お弁当を食べ終えて昼寝していた桜月が、かなり乗り遅れてこちらにやってきた。
「椎名さんの話」
「ああ。あの子も、もう少し上手く立ち回ればいいのになって思うけどね」
「桜月、他人のこと言えなくない?」
「あの子よりはましだと思ってるけど」
「まぁ、桜月はシャイなだけだしね」
 桜月の返しに、薫がお茶目に笑って、ツンツンと桜月の表情筋を刺激するように突っつく。
「そういえば、ここだけの話、谷川先輩が手伝いに来た時はびっくりしたよね」
「……まぁ」
 桜月が高校の世間話を中学生に吹き込むことに難色を示すようにリアクションを返す。
「奈緒子と俊平さんが知り合いだったことにですか?」
 積極的なメグミがここぞとばかりに突っ込んで訊いた。
 話したそうにしていた薫はすぐにそちらに笑顔を返す。
「それもだけど、春からずっと暗かったから」
「俊平さんが?」
「うん。……膝を怪我したって話だけは、風の噂で聞いてたけど。1学期始まってから、2人が一緒にいるの見かけなくなって。で、谷川先輩はいつも難しい顔してたよ」
「薫、意外と先輩のこと見てた系?」
「えー、目に付くじゃん。だって、先輩、運動部のヒーローだよ? 瀬能先輩と谷川先輩といえば、運動部の輝く星だったじゃん」
「ミーハーの血か」
「言い回しがいちいち中二っぽいですね」
 珍しく、桜月とメグミが同調するようにコソコソ話をする。
 奈緒子は第三者からの情報に、静かに耳だけ傾ける。
 退院の時のことは彼の口から説明を受けて納得した。そして、退院後も奈緒子の元に訪れてくれなかった理由はきっとそこにあるのだろう。
「マドンナの笑顔は学校生活の貴重な癒しだったのになぁ」
「桜月さんという美人が傍にいるのに、なかなか強欲ですね、薫さん」
「ちょっと、四条さん。恥ずかしいこと言わないで」
「桜月は、別腹だから」
「ちょっと、デザートみたいな言い方しないでくれる?」
 完全にツッコミ役と化す桜月に、千宙がおかしそうにくすくすと笑った。
 そっと奈緒子の隣に来て、千宙が優しく話しかけてくる。
「もう少し近くで見てみない?」
「え、でも、私たち部外者だし」
「月代さん戻ってくるまでは自由にしてていいって言われてるし、大丈夫だよ」
 親指を立ててオッケーサインを出すと、奈緒子の返事を待つことなく、千宙は靴を取りに駆けて行ってしまった。
「運動部のイベントとか、確かに私たちには縁遠いし、見学させてもらおっかな。薫さんたちいるし大丈夫でしょ」
 メグミも2人の会話が聞こえていたのか、そう言って、靴を取りに歩いてゆく。
 奈緒子だけ立ち尽くしていたが、薫が笑顔で言った。
「せっかくだし、行ってみよ」

:::::::::::::::::::

木陰に陣取って、4人は陸上部の謎のイベントの様子を見学していた。
 桜月は「寝てたほうが有意義」と言ってついてこなかった。
 見ている分には、どうやら学年別の対抗レースのような、そういう感じのイベントに見える。応援の声にも熱が入っているように感じた。
「岸尾くん」
 ちょうど傍を通った、小兵ながら二の腕と太腿がやけにしっかりしているお兄さんに薫が声を掛けた。
 可愛らしい顔立ちと、その筋肉の出来上がり具合がミスマッチだった。
「あれ? 才藤さん、どうしたの?」
「文化祭準備で、バンド練習に来てるんだけど、ちょっと今休憩中で。勝手に見学してるんだけど、これは何のイベント?」
「3年送別レースだよー。うちでは、追い出しレースって呼んでるけど」
「へぇ。この時期にやるんだね」
「3年からしたら、ちょっと体なまってるところで、下級生と勝負とかたまったもんじゃないと思うけどね」
「6月で引退した後、2カ月動いてなきゃ確かに。……谷川先輩って呼ばれてないの?」
「んー。断られちゃって」
「そう、なんだ……」
 ”今日来てるのにな”と言わんばかりの含みを持たせた声の温度。
「おい、岸尾。最後のレースなんだから、高橋に花持たせてやれよな」
 彼の上級生らしい、ほっそりとして小柄な男子が、ちょうど通りがかって、話し込んでいることにも気が付かずに、そう言った。
 岸尾がそちらを向いて、ニコニコと笑顔だけ返す。
「うざいなぁって顔に出てるよ、岸尾くん」
 上級生が立ち去った後、ボソッと薫が言うと、岸尾はこちらを見て、頭を掻いてみせた。
「あ、わかっちゃった?」
「この子、顔に似合わず、結構失礼なやつなんだよ」
 薫が補足するようにこちらを見て言った。
「ちょっと。よく知らない子たちに、真偽不明の情報話すのやめてくれる?」
「だって……絶対、先輩を先輩と敬ってないでしょ、キミは」
「……まぁ、俊平先パイ以外はゴミだと思ってるけど」
 その時の声だけは妙に冷えていて、奈緒子はビクリとする。
「ケースケ君、油売ってないで。持って来てってお願いしたものは?」
 記録係をしていた椎名がなかなか戻ってこない岸尾に痺れを切らしたのか、背の高い女子と交代してもらってから、こちら側に駆けてきた。
「あ、ごめん。すぐ行きます!」
「マドンナ登場」
 薫が嬉しそうに小声で言ったのが聴こえた。
 叱られた岸尾がシャキンと背筋を伸ばして、綺麗なフォームで走ってゆく。
 その背中を見送ってから、椎名に視線をやると、うっすらにじんだ汗をタオルで拭って、こちらを一瞥してからすぐに戻っていってしまった。
 整った顔立ち。くっきりとした二重に長い睫毛。黒目がちで大きな瞳がひと際目を引いた。
「確かに可愛い~」
「でしょー」
 メグミが茶目っ気たっぷりな声で言い、薫が同志を見つけた嬉しさを表現するように、メグミの肩をポンポンと叩いた。

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第7レース 第12組 ちっぽけな青春


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