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ゲーム理論

ちょっと長くクドいです。

ゲーム理論というのは、
現実的なものごとの解決法です。
大学の講師の受け持ち分野を見ると、経済学と数学の狭間で扱われる学問だと思って間違いではないようです。

例えばこのことにもゲーム理論の光を当てられます。
憲法9条が、東アジアの平和を守ってきたという神話は、特別な価値観なのですが、特定政党の活動に参加する人たちだけでなく、広く国民にも刷り込まれたイメージでした。

しかしゲーム理論で照らしてみれば、実態は憲法の前提である、私たち日本人の所属するアメリカ合衆国(当時の憲法の前提に依るなら)の核戦略網と、資本投下による経済繁栄が、ヘイワの正体だったと、冷静に〈判断〉できるのです。

理づくめで語り、理想を忘れろという訳ではありません。
ゲーム理論では特に「利得」を扱う必要がありますが、この考え方も一つのリテラシーであり、目先の損得などではないということが本質です。

大切な心の価値観を蔑めたり
いわゆる悪意に隷従することを避ける。
むしろ理想を最大限に生かす道具になるのだと、私は捉えています。

その意味では、「損得」ではなくて
「尊徳」の心得ではないでしょうか。

正義や信仰心(善悪)を他人にひっぱり出されて、それと気づかずに人生や人格的リソースを投資するやり方は、損失という結果や、成功したように見えて実は、数値目標達成の末の徒労しか残らないものだと思います。
他人から「あいつが、あいつらが敵だ」と指し示されて、ありもしなかった憎しみを掻き立てられて、尖兵になる。

理想のために、損失を厭わないだけなら、まだ本望でしょう。

しかし、いわゆるクルセイダー(聖戦士)にされてしまったことに気づかないのは、リテラシーの貧困によるもの。
昨今の「アベのセイダー」というものの姿です。

はたまたビジネス・タレントを盲信して「いつか自分も」と、お金をたれ流しつづけることも、古くから方々で行われています。

これらは過日取り沙汰されたショーンKさんのように綻びる〈不器用な人〉の裏で、表沙汰にならずに搾取しつづける連中が無数活躍中です。
そんなものにハマるのも「聖戦」のひとつに過ぎません。

私もかつて、“生存をかけた” 人生目標のつもりが実は、他人の「単なるビジネス・システムの部品のようなもの」だったと思い知った経験があり、今は客観視しています。

「裏をとる」ことの大切さ、そしてその考え方が大切だと感じます。
嘘を暴くとか、裏側の事情を調べるという意味合いよりも、ゲーム理論でとらえる、ものごとの原因の検証方法だと考えてよいのではないでしょうか。

とかく政治的な正義感とは、この本質を覆い隠したものです。
他人に掻き立てられた感情を伴うことから、それが精神的には、宗教ビジネスシステムそのものだと分析できます。

たとえば戦国時代の宣教師の使命がそれです。
心の救済など目的ではありませんでした。

現代の左翼活動のオーナーが、特定外国の当局だと知れば、それもまた宣教師とおなじ外交工作であり、口で言う正義などとは全く関係ないことが浮き彫りになることでしょう。

ゲーム理論については、ダイヤモンド社などのビジネス書籍の専門出版社や、経済分野に入門書などが多々ありますので、興味ある方は図書館で読み比べてみることをお勧めします。

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