見出し画像

檸檬 ー甘いささやきー

抜けるような白い肌は美の象徴とされている。だか私は健康的で美しい小麦色の肌に魅力を感じる。
陽の光を浴びて程よく染まった肌は、ぬらりとして思わず触れたくなる美しさだ。
彼女は夜の闇に紛れ、気付けば私のそばにいる。いつもそこにいるかのように、優しく私に触れる。
「こんばんは、先生」
私のことを知りもしないくせに、彼女は私を先生と呼ぶ。そして私も彼女のことを知らない。
「今日はご機嫌ね。何かいいことでもあったの?」
流れるような仕草で私の太ももに手を這わせ、彼女は上目遣いに覗き込んでくる。まるでそれを求められていることを知っているかのように。
彼女の妖艶な笑みに、肌がぞわりと波立つ。
わかっている、彼女が何を求めているか。優しい顔をして、私をどこかへ連れて行こうとする。それをわかっていながら、逆らえないのは男の性だろうか。
「私もいいことがあっての、聞いてくれる?こうして先生に会えたこと」
ふふっといたずらっ子のような仕草で笑う。わざとらしいようにも見えるが、それすらかわいらしいと思わせるような愛くるしい笑顔。
言葉は自然と口から漏れ出ていく。
「…そうなんだ。へー、先生ってほんとに顔が広いのね。私も、そんな人たちと会ってみたい」
甘えるように腕を絡ませ、自然に頭を肩に乗せる。
「ねぇ、先生」
耳元に唇を寄せ、私にだけ聞こえるように囁く。彼女の吐息を感じる。熱い、熱を帯びた哀願するような吐息。
「私も、先生とイきたい。ねぇ、いいでしょ」
彼女の潤んだ瞳の中に私が映る。怯えているような、期待しているような、緊張と恐怖と快感がない交ぜになったような顔。
体はいうことを聞かない。まるで別の生き物のように自然とうなずき返す。
「乾杯しましょ」
彼女は嬉しそうに笑みをこぼし、さっと私から腕を放してバーテンダーに目配せをする。
バーテンは無言でシェイカーを振り始めた。
彼女は鼻歌でも歌い出すのではないかという程上機嫌に見えた。先ほどの妖艶な姿とは違う、幼子のような温かな笑み。
しばらくすると、カクテルが差し出される。
「先生、乾杯」
気付けばまたあの潤んだ瞳で私を見据え、カクテルグラスに口づける。
褐色の美しい肌に深淵を思わせる美しい瞳、形の整った美しい唇。何をとっても完璧としかいいようがない。
これが地獄でも、私は喜んでそれを受け入れるだろう。
カクテルを口に含む。
爽やかな檸檬の酸味が口に広がり、飲み干した瞬間に喉を焼く。
あぁ、これでおしまいか。

XYZ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?