「生理は恥ずかしいものじゃない」って言葉がキモい

最近Twitterで「生理は恥ずかしいものじゃない」という漫画や企業の広告でも見かけるようになりましたが、そもそも「生理は恥ずかしいものじゃない」という言葉、誰に向けられたものですか?

対女性?対男性?上司や同僚?

ほぼ想定できるシチュエーションとして

「体調へ無理解な男性(上司や恋人、配偶者)へ向けられているのでは。

生理で辛いのに分かってくれない、生理で気分が悪くフラフラする…そういうときに「どうせ生理でしょ」って舐めてかかる男性に対して向けられてるのでは。

そもそも前提として生理に関して黙視する社会に向けられている言葉という認識もあります。ただその一方で、この言葉自体が「女性への意識改革」を求めているようになりません。どうして「下の情報開示」をせねばならんのですか。

そもそも男性や女性に限らず「体調が悪い人」に対して舐めてかかったり配慮のない発言をするのは人間として恥ずべきことだし、女性の生理に対して無理解な発言をすることは性教育の浅さの極みなわけです。我々女性が「生理は恥ずかしいものじゃない」って考えたとして前者の生理による体調不良を舐めた男性や「怒ってるの???生理?w」とか「どこの生理用品使ってるの?w」っていう失礼な男性は減るんですか。

それをわざわざ「生理は恥ずかしいことじゃない」として女性全体へ意識改革を求めること、開示を求めること、それ自体が間違っていると感じます。

女性「生理は恥ずかしいものじゃない」→開示→男性「生理ってこういうものなんだ」となっている現在のプロセスが不健全すぎ、男性「生理はこういうものなんだ」→女性個人の開示→男性「恥ずかしいものじゃないよ」っていうのが本来のプロセスなのだが、男性側の理解や性教育が足りなくて真逆になっている今現在の状況で、最早それは女性が男性に行う「セルフ性教育」なわけです。男性への理解を求めるなら恥ずかしいものじゃない!って言って女性が一生懸命説明したり社会的にプロモーションコストを背負うんじゃなくて、せめて男性に水でタッポタポのオムツを履いて過ごしてもらった方が良さそうです。一方的に女性ばかり求められているようなこの状況が無理。

そもそも「恥ずかしいものじゃない」という主張は昭和の「初潮が来たら赤飯を炊く」という風習をどう思っているのか。私は恥ずかしい風習だと思う。女性の性の公共化をして欲しくない、女性の性は女性の個人のもののため。

個人が言うならまだしも、企業がプロモーションするのはキモ過ぎる。こんな性プロモーションが必要な時点で終わってる。
https://twitter.com/huffpostjapan/status/1181055067337744386?s=21

個人がやるならともかく企業が言うのはいかなるものかという感じだ。
生理による体調不良の開示、婦人科に通うこと、健康診断での婦人科オプションの実施など、全て「自分の身体を大事にする」ということだ。でもそれは恥ずかしいことじゃないがイコール情報の開示を含めた管理権限は女性側にあるということだ。黙視をせず、無理解さを減らし、女性が管理しやすい社会にするということだ。
それは女性側に向けられた「恥ずかしいことじゃない」という意識改革以上に、男性や生理を軽く捉えている女性に対して性教育の機会を与えるということだ。

生理を社会的に「恥ずかしくないもの」と言するのは、人前で服を脱がされて「みんな興味ないから恥ずかしくないよ」と言わされるようなものだ。

どうして「恥ずかしくて言えない」のか。それは黙視する社会以上に、からかいや無理解に対する恐怖である。

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// 1992.08.26 // 東京都 // Webディレクター 現在はフリーランスとして活動中 // 職歴 合同会社DMM GAMES 株式会社バカー 株式会社ドワンゴ
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