見出し画像

番外編 【創作】Ⅷ

 この物語はフィクションです。
 そろそろ夜が長くなってきました。
 灯火親しむ宵に、よかったら読んでみてください。

 ちょっと童話風ですが…どうでしょうか。

*宝石と悪魔*

 昔、ある国に美しい姫がおりました。
 その姫は美しいだけでなくたいそう不思議な力を持っていました。
 姫が話をするたびにその小さな形のよい口から宝石が飛び出すのです。
 海の色のサファイア、血のように赤いルビー、白い炎が燃え立つようなダイアモンド、虹色に光る真珠。
 さまざまな宝石が姫の口からこぼれ落ち、その足元にきらきらと輝く山となりました。

 毎日たくさんの人々が姫に会いに城へやって来ました。近隣国からも遥か遠方の国からも王子や貴族の子弟が訪れては、こぞって姫に結婚を申し込みました。
 みんな姫の美しさや不思議な力を言葉の限りに誉めそやし、賛美しました。
 でも姫は彼らの相手をしながら、いつも心の中で思っていました。

 この人たちは宝石が欲しいだけ。私のことなど誰も愛してはいない。
 自分の欲を満たすことだけを考え、そしてそれを必死に隠している。誰もがみんな強欲な嘘つきだ。

 たくさんの宝石や崇拝者たちや取り巻きに囲まれた姫は、美しい微笑みを浮かべてはいましたが、それは上辺だけのもの。姫の心はどんどん冷えていきました。

 ある夜、自室にいた姫の前にひとりの男が現れました。
 背が高く、その顔は驚くほどに青白くて無表情でした。
 姫は男に尋ねます。
「おまえはだれ?」
 男は答えました。
「あなたがた人間が悪魔と呼ぶものです」
「悪魔が私に何の用? ああ、そうだわ。おまえも宝石が欲しいのね」
 姫はここまでの悪魔との会話で足元にこぼれ落ちた宝石を指差しました。
 男は宝石にチラッと目をやると口元を歪めました。もしかしたら笑ったのかもしれません。

「私はそんなものには興味はありません。私が欲しいのはもっと美しいものです」
「それは何?」
「姫様の魂です」
 それを聞いて姫は笑いました。声を出して笑ったのは久しぶりのことでした。そして尋ねます。
「そんなものの、どこが美しいの?」
「姫様は見た目ももちろんお美しい。しかし、誰も信じず誰も愛さないその魂は、氷のように凍てついています。私にとってはその凍りついた魂こそがこの世で一番美しいものです」
 姫は男の無表情な青白い顔を見つめ、しばらく考えていました。そして言いました。
「いいわ。私が死んだら私の魂をおまえにあげましょう。その代わり、なにか願いを叶えてくれるのよね。そうでしょう?」
「はい。姫様のお望みは何でしょうか」
「私と結婚してちょうだい」
 男が何も言わないので、姫は言葉を続けた。
「人間はみんな嘘つきよ。私より宝石が好きなくせに絶対にそうとは言わない。おまえは正直だわ。私の凍てついた心を美しいと言う。宝石よりもその凍りついた魂が欲しいと言う。私に結婚を申し込む人はたくさんいるけど、そんなことを言った人間は誰もいないわ」
 男の顔は相変わらず無表情で何を考えているのかわかりません。姫は男の返事を待ちました。しばらくして男は言いました。
「わかりました。私は姫と結婚します。そして、姫の魂をいただきます」
 姫はうなずいて、男に右手を差し出しました。男は身を屈め、その手をとって甲にキスをしました。
「これで契約成立です」
 そう言うと男はまた口元を歪めました。

 姫が悪魔と結婚すると宣言すると、国中が大騒ぎになりました。
 しかし、悪魔が姫の宝石には興味がないこと、契約条件が姫の魂だけであること、が知れ渡るとしだいに騒ぎは収まっていきました。

 姫と悪魔の結婚式はお城の大広間で盛大に行われることになりました。
 式が始まってすぐ、ひとりの青年が人々の制止を振り切って広間に飛び込んできました。幼い頃から姫に仕えてきた侍従でした。
 青年は姫の前にひざまずいて言いました。
「姫様の魂は凍てついてなどいません。姫様は胸の奥底に温かいお心をお持ちです。昔からお仕えしてきた私にはよくわかっています」
 姫の頬に赤みがさしました。青年は両手を伸ばして姫の手をとりました。
「姫様がどなたとご結婚されても姫様がお幸せならそれでいいと思ってきました。でも、こんな結婚はだめです。姫様、どうか目を覚ましてください」
 2人はしばらく見つめ合っていました。
 やがて姫が口を開きました。
「ありがとう」
 
 そのとき、未だかつて見たことのないような大きく光り輝くダイアモンドが幾つも姫の口からこぼれて床を転がりました。すると青年は両手を姫の手から離し、そのダイアモンドを慌てて追いかけました。
 
 それを見た姫は屈めていた身体を起こし、その美しい顔にいつもと同じ微笑みを浮かべました。
 そして、床に腹ばいになってまだダイヤモンドを拾い集めている青年の背中に向かって言いました。
「さよなら」
 姫の足元にこぼれ落ちたのは、何かのしずくにも似た数粒の真珠でした。
 
 振り返った姫の目が悪魔のそれと合いました。悪魔の口元が微かに歪んだように見えました。
 もしかしたら笑ったのかもしれません。
        
            (了)

***
女性の小さな口からどうやって宝石が出てくるのか、感染症対策はどうなっているのか、などという無粋な質問にはお答えできませんので、悪しからず。(^_−)−☆
***

#創作 #童話
#悪魔 #宝石