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《エッセイ》 ゆたかさとは、些細な日常のしぐさに優しさを込めれる心の余裕

 愛とはなにかしら?

 若い頃、愛について考えるときは、決まって情熱的なことを想像していた。でも結婚してから、「愛って些細なことの積み重ねなんだ」と思うようになった。

 朝、起きたときの「おはよう」の声のトーン。「行ってきます」の表情と、「いってらっしゃい」の返事の仕方。

 「おかえりなさい。今日はどうだった?」と「夕食何がいい?」などの相手をねぎらう気遣い。表情が曇っていたら、「どうしたの?」と訊ねること。

 「ごめん」「ありがとう」を何度もちゃんと繰り返す日々。それが、愛――心の豊かさだなんて。愛って身近。そして素敵。

 日常の些細なところに込められた丁寧な優しさを私は一番大事にしようと思った。せっかく結婚したこの人と幸せが続くために……。

 でも、忙しさで心に余裕がないとき、自分の内側に優しさを見いだせなかった。お互いに忙しくなると、あっという間に夫婦間は殺伐とした。

 心の余裕のなさは、愛を簡単になかったことのようにしてしまう。覆い隠してしまう。

 「あー、忙しさとは罪だ!」と、つくづく思った。

 余裕をもって生きれる自分にならないと……。大きな幸せは、人生に数回あるかないか。けれど小さな幸せは、自分で作ろうと思えば、作れるかもしれない、と。ならば、小さな幸せを繰り返そう。そう考えた。

 初めて、自ら人生の舵を大きくきることを決意し、夫に相談し、その方向へ意識や行動を向け始めると、神様が後押しするように、あっという間に夢が叶った。それが、20代後半だった。

 今、思い出すと、笑ってしまう。

 あの時の私は勇気があった。果敢だった。人生で一番みんなが忙しく、未来を見据えて働く、働き盛りの時期に、もっと自由のきく仕事に転職して、のんびりと過ごそうなんて計画したのだから。保証なんてないのに……。

 無知だったのか、賢かったのか……。

 それでも、「ありがとう」と「ごめんなさい」をちゃんと繰り返せる日常を作ろう、大事にしよう、と思ったあの時の私は、正しかったと思う。

 今、仕事から帰ってきて、田舎の一軒家――現在の我が家を見ると、過去の自分に「ありがとう」と言いたくなる。庭で、夫が水まきをしているのが見えると、特に。

 彼の周りに、ゆったりとちゃんと時間が流れている。時間に追われるのでもなく、追うのでもなく、時間と共に流れる、もしくは時間と仲良くしているような空間を、彼にも作ることができたんだと確認し、私は満足する。

 夫が、「パンジーを植えたんだ~」「マリーゴールドも咲いたよ~」などと言って喜んでいる姿を見ると、心底「これで、よかった」と思う。

 幸せの花が、ぽんぽんぽん、と私の心に咲く。

 湖に近い田舎の一軒家に引っ越して、10年になる。

 車で家の前の細い道を下り、国道に出れば、すぐに湖が見える。夕方から仕事に出掛ける私は、車窓から、毎日のように夕日が湖水を照らすのを眺めることができる。その輝きは、日によって、銀色だったり黄色だったりする。とても綺麗。この街で気に入っている景色の1つだ。

 この街は外食する場所が少ない。それだけが、引っ越してきて一番残念だったこと。食べ歩きが好きな夫は、時々ぼやく。

 「あ~、都会なら食べるところがたくさんあったのに」

 それでも、彼も私もこの場所を気に入っている。私たちの家の周りは、畑や林。静かだ。夜空も綺麗だし、ここは、私たち二人の、誰にも邪魔されない秘密基地みたいだ。

 生活は平和そのもの。

 心の穏やかさを中心にすることに決めているので、物質的にはミニマムな生活をしている。それが私達夫婦にはちょうどよい。

 私の日常は、夕方からのちょっとしたお仕事と、家事と、お買い物。それから夫で成り立っている。

 仕事が終わるのは、大体夜9時過ぎ。

 私は、コンビニ、本屋、閉店間近のスーパーや、ドラッグストアーに寄り、用を済ませる。夜の街の方が、昼間よりも空気が穏やかに思えるので、私は、このスケジュールも気に入っている。

 この街の美味しいケーキ屋さんを2軒だけ知っている。それから、小さなイタリアンを1軒。美味しいお蕎麦屋さんも1軒。私たちは、そのどれも気に入っている。

 夫と休みが合えば、一緒に食事をイタリアンかお蕎麦屋さんでするし、ちょっと特別な日にはケーキ屋さんに立ち寄って、小さなホールケーキを買う。

 一番気に入っているのは、海辺近くの海浜公園。なんとここは、湖だけではなく、海も近いのだ。贅沢! 私も夫も海が好きだ。特に夫は海を眺めるのがすごく好き。

 私たちは、海浜公園に出かけて、海を眺め、それから、海岸から上がってすぐの公園の丘で、ピクニックをする。自然の中で、二人だけの静かなピクニック。それは幸せな時間だ。

 その海浜公園に一人で出掛けることもある。広い芝生のエリアを歩く。足の裏に柔らかい土と草の反発を感じて。それから遊歩道を歩いて、夕日を見る。

 空。海。広い芝生。

 余計なものがなんにもない感じが、とても好きだ。

  

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