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パク・グァンボムと辿る愛の不時着考察(後編)

 前回の記事に続き、私がパク・グァンボムと辿る愛の不時着的考察(後編)。
 前編では、いつもクールな彼が、本編で思わず感情を溢れさせてしまった部分にクローズアップし、彼の隠された人間性に迫ろうと試みた。
 続く後編では、パク・グァンボムの人物像をさらに深め、彼の目線から『愛の不時着』という作品を改めて眺めてみたい。

◇縁の下の空気リーダー

 周りの人の表情や空気の変化を読み取ることが人一倍うまく、細やかな気遣いのできるグァンボム。
 特にリ・ジョンヒョクへのエンパシーの高さは半端じゃない。
 冒頭にジョンヒョクが地雷を踏んで身動きが取れなくなってしまった際にも、情けなさで言葉が出ない中隊長の状況を瞬時に察し、救出を試みようとする。また、セリがまるで本当の婚約者であるかのように振る舞っていることを知り、思わずにやけてしまうジョンヒョクの異変に、隊員の中でいち早く気づくのも彼である。

 中隊長に対して他の中隊員たちが誤解を招くような方向に話を展開し出したり、規則や任務に脱線しそうな流れになりかけると、絶妙なタイミングでいなしたり、訂正したりすることも多い。
 中盤で営倉に入れられてしまったリジョンヒョクを救うため第5中隊たちが流す噂(リジョンヒョクが総政治局長の息子であるという事実)の真偽が、隊員たちの中で話題になる際にも、(リジョンヒョクとともに銃で撃たれた病院入院時に、グァンボムだけいち早く真実を知っていたのにも関わらず、)それまで中隊長が身元を隠していた理由をいちはやく察し、他のメンバーには時期が来るまで黙っていたりと、どこまでも空気の読める男なのである。

 人との馴れ合いを好まないグァンボムだが、どんな時も中隊長のことを想って行動し、いざという時にはその意思を汲み取って、第5中隊たちみんなを同じ視野へ軌道修正していく彼は、実は第5中隊たちの結束を固める要であり、縁の下の立役者だ。

 そして、いつもそんな風に周囲の反応に敏感な彼だからこそ、グァンボムはまた、周囲が彼の容姿をカッコいいと見る眼差しや言葉もまたしっかりと感じている。彼自身も「自分はカッコいいのだ」ということをはっきり認識しているところ(そしてそれ故に、時に第5中隊たちやサウナの売店店員に言いくるめられてしまったりするところ)が、また彼の、素直で可愛らしいチャーミングポイントに見えてくるのである。

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◇グァンボムにとっての家族

 前編で、グァンボムは本編中家族のことを一切語らないことに触れた。
 では、グァンボムにとっての家族とはなんだろうか。

 ここでふと私の頭をよぎったのが、友人の話の中でいつか聞いた“ブラザー&シスター制度”という言葉である。この違和感が半端ないワードは、友人が務める会社内限定の呼称であるようで、一般的には、いわゆる新人社員とその教育担当者の期間限定の師弟関係のことである。新人の教育係という立場はどこの企業でも珍しくなく、しばしば見られる光景であると思われる。
 さて、ここで少しこの図式を、第五中隊たちが所属する朝鮮人民軍が大きなひとつの会社だと捉えて当てはめてみる。(多少無理はあるが)この大きな会社に所属する社員である第五中隊たちの上下関係もまた、噛み砕いてみれば、このブラザー&シスター制度的師弟関係としてその関係性を解くことができそうだ。

 私がここでそのサンプルとして挙げたいのが、リジョンヒョクとグァンボムの関係だ。
 この2人の結びつきは、始まりこそビジネスライクなものであっても、長年ともに厳しい試練や同じ任務を乗り越え、部隊で共同生活をするうちに、徐々に信頼関係を深め合い、より強固なものになっているはずである。
 こうして時間をかけて築かれた2人の絆は、職場の上下関係という枠を超え、ある意味、血縁を超えた「家族のような兄弟関係」として捉えることができないだろうか?
 ユンセリが北に不時着して以降、突如として第5中隊の4人は、(不慮の事故とはいえ)不法侵入者を匿うというリスキーな共通任務を背負う運命共同体<家族>となる。先ほどの問いの答えは、彼らが運命の任務を遂行するうちに、徐々に単なる職場の上下関係に留まらず、友情を超えた熱い絆で結びつき合っていく様子からも、明らかだ。


◇リジョンヒョクと命運を共にする相棒

 先程、ジョンヒョクとグァンボムは血の繋がらない家族のような関係だと述べた。ここでは敢えて、もう少しその関係性を、今度はジョンヒョクの立場からも深掘りしてみたい。

 彼へのグァンボムへの圧倒的信頼は、冒頭の自らが踏んでしまった地雷撤去を頼む場面に始まり、作中の至る所ではっきりと描かれている。
 運転はいつもグァンボムに任せ、衝突事故に関する(ある意味私的な)調査に出かける際も、グァンボムにお供をさせる。またセリを空港まで送るという、命を賭けた重要な任務を与えたのも、(自分がトラック部隊を攻撃しなければならない場面を想定した際に、選択肢がなかったということもあるだろうが、)彼への並々ならぬ信頼の大きさを感じる。
 これはもし失敗すれば、セリはもちろんグァンボムも命を落としかねない案件であり、責任を追及され真実がバレてしまえば、反逆罪として強制収容所送りにならないとも限らない重大任務。しかし、そんな信頼にもしっかり応えるグァンボムのドライバー技術は本当に素晴らしく、ジョンヒョクが彼に命運を賭けたことにも、納得がいく。
 その後も、前哨地入りの作戦をグァンボムだけに事前に秘密裏に伝えたりと、ここでもジョンヒョクがグァンボムの自分への忠誠を固く信じ、信頼を寄せていることが窺える。

 そして、グァンボムにとってジョンヒョクもまた、自分が忠誠を誓う最も信頼する兄であり相棒である。だからこそ、彼もまた、ジョンヒョクからの厚い信頼や期待にも毎回必死で応えようと奮闘する。
 南からの送還後、軍事部長に暗殺されそうになった際も、グァンボムが一瞬の迷いも見せず自らが盾となり中隊長を庇おうとした姿に涙した人は、きっと1人や2人ではないはず…
 そんなリジョンヒョクとグァンボムの二人は、最高の相棒であり、血の繋がらない兄弟のような強い絆で結ばれているのだ。

 また、ジョンヒョクはグァンボムに命を助けてもらった借りがある。
 だからこそグァンボムも(おそらく)それをよくわかっていて、時に他の隊員が言ったなら目玉をくらってしまうような言葉でも、ストレートにリジョンヒョクに対してぶつけることがある。


 例えば、こんな言葉。(移動中の車内で、セリがジョンヒョクに便宜を図らせようとしている理由を語る場面でのジョンヒョクへのセリフ)

「今の中隊長は…下っ端だからと。“中隊長の役職が低すぎて帰国ができない”そう思っています」 

 そして少し皮肉さえも感じられるこんな言葉。(中隊長室で、南朝鮮式の危機回避法についてジュモクが語る場面でのジョンヒョクへのセリフ)

「あぁ…だから中隊長は昨夜部隊に戻らず一緒に…(過ごしたんですね)」

 それに対してジョンヒョクはまた何も言い返さない。いや、グァンボムだからこそ、何も言い返せないのである。
 セリからイケメンと言われたり、ハートを二つももらったのを目にした際には、思わず中隊たちの前でも我慢できずに拗ねる姿を見せるジョンヒョクだが、グァンボムに対してその苦々しい思いをぶつけることは決してない。(嫉妬する相手がピョチスだとするとまた話は変わってきそうなので、やはりグァンボムだからというところが大きそうだ…)

 実はグァンボムこそが、ジョンヒョクに対し、(もしかすると家族やユンセリを除き唯一、)立場を気にせずに発言できる人物…なのかもしれない。

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◇グァンボムたちが切り拓く時代

 実は新しいもの好きで、強いチャレンジ精神を持つグァンボム。
 いつもジュモクが自慢気に披露する韓国トークに対しても、おそらく毎回一番熱心なリスナーであるのは他でもない、グァンボムだ。例えそれが後輩の発言であっても、いつも素直に耳を傾ける彼の相手に対するまっすぐな姿勢や、新しい考えや要素も積極的に取り入れようとする柔軟性にまた、彼の人柄の本当の芯の強さが垣間見えるような気がする。

 初めて南で訪れたコンビニでもグァンボムは、沢山並ぶ商品の中で、今まで聞いたこともない名前の得体の知れない食べ物、カルボナーラをチョイスする。
 また、服屋に行けば、他の隊員たちが「ボロ雑巾のようだ」とディスってしまうような(彼らの感覚からするとかなり斬新なデザインである)ダメージデニムを一早くチョイスし、この直後に彼らをあっと言わせてしまうほど、カッコよく履きこなしてしまう。
 明らかに洋食文化であるカルボナーラも、明らかな資本主義ルックであるダメージデニムも、北ではおそらく批判され、取り締まりの対象になる危険をはらんだアイテムである。
 しかしグァンボムは怯まない。
 南に来てからは、敢えて自ら率先してそれらをチョイスし、先ずは自分で取り入れてみようとする。その彼のチャレンジ精神の逞しさ、ある意味怖いもの知らずの無敵さや自由な空気感からは、既成の枠に捉われずに新たな分野を切り拓いていく、新世代を担う一人の若者としての彼を強く意識させられる。

 そんな逞しい彼の姿は、彼に対する親近感や彼の挑戦を肯定したい気持ちを私たちに抱かせてくれるだけでなく、これから私たちを待ち受けている未来にもほんの少し、平和の夢を見させてくれるような気がするのである。


◇グァンボムの願う美しい世界

 愛の不時着考察と銘打って置きながら、ここまでこの物語のもう一人の主人公であるユン・セリがほぼ登場していないということに気付き、あまりに偏った自身の考察に焦りを覚えたため、ここで少しセリとグァンボムとの交流についても触れておきたいと思う。

 視聴者の皆さんが印象的だったのはやはり、ユン・セリが終始グァンボムを「一番ハンサム」と称し、クールな彼の心を少しでも開かせようと、軽いアピールを仕掛けるシーンではないだろうか。授章式ではグァンボムに“人類の宝賞”を贈ったり、彼だけに指ハートをふたつ贈ってみたりと、ユン・セリがかなり彼を気に入っていることがわかる。(結果的にセリのその行為が、負け知らずで生きてきたジョンヒョクに、恐らく未だかつて誰かに感じたことのなかった嫉妬心を目覚めさせ、愛を自覚させるきっかけになっていくのだけれど…)
 一方、はじめはピョ・チスと同じようにセリに対して警戒心を隠さない彼だったが、セリの全く怯まない態度や明るく素直で親しみやすい人柄に、徐々に心を開いていく。セリのハグの提案やハート攻撃にも、「辞退します」「見ていなかった」と第5中隊たちの前でクールに受け流して(?)見せる彼だったが、実はしっかり彼のハートにも温かく響いていた。
 そのことがわかるのが、後に彼が感慨深げにふと呟く次の一言。

「でも、人を見る目だけは確かな女性でした…」

 後にセリの空港移動中に起きた銃撃戦など、命が脅かされるような修羅場を共にくぐって来たふたりだからこそ、彼女との絆もまた、彼にとってより特別なものになっていったのだと思う。
 ジョンヒョクに強い忠誠を誓ったグァンボムだからこそ、ジョンヒョクが命を賭けて守り抜くと誓ったユンセリもまた、彼にとって大切な存在であり、命を賭けて守るべき存在…大切な友になっていく。

 敬愛する兄の幸せ、大切な友の幸せが実現する美しい世界は、彼自身もまた願ってやまない、幸せな世界であるのだ。


◇そしてまた、グァンボムも兄になる

 ストーリーが進むにつれ、第5中隊たちの関係性も少しずつ変化していく。
 彼らの関係性に大きな刺激を与えるのが、入隊してまだ間もないクム・ウンドンの存在だ。
 訓練や戦闘シーンでも他のメンバーと比べまだどこか危なっかしく、あどけなさの残るウンドンは、第5中隊みんなの末っ子だ。彼の第5中隊の兄たちは、そんなウンドンを弟のように可愛がり、優しく、時に厳しさを持ってさりげなくフォローしていく。
 そんなウンドンに対して、いつも模範的な存在であろうとし、率先して彼の側にいてあげるのがグァンボムだ。(南でユンセリの部屋に滞在中も、二人が同じベッドで寝ているところにその関係性が窺える。)日々のあちこちで兄として、いつもさりげなく彼を気遣い、戦闘シーンでも優しく彼をフォローする。
 リ・ジョンヒョクとユン・セリの軽く規制がかかりそうなラブシーン場面に遭遇した際も、グァンボムが咄嗟にウンドンの視界を自分の手で遮るなど、まるで保護者のような教育(?)的配慮も厭わないケアっぷりである。
 必要とされればいつでも肩を貸し、悲しい時にはウンドンを思い切り自分の胸で泣かせてあげるグァンボムは、ウンドンにとっても一番に甘えられるお兄ちゃんのような存在だ。

 兄ムヒョクとその弟ジョンヒョクから続く兄と弟の関係は、血縁関係はなくても、まるで兄弟のような強い絆で結ばれた信頼関係となって、兄ジョンヒョクと弟グァンボムへ、そして兄グァンボムと弟ウンドンへ…とまるでバトンのように次々と、次世代へ受け継がれていく。

 こうして眺めて見ると、グァンボムもまた愛の不時着を通して、弟から兄へと大きな成長の一歩を踏み出した1人なのだと、改めて気づかされる。   
 愛の不時着という作品が、単なるラブストーリーの枠を超え、様々な物語を含んでいることは言うまでもないのだが、グァンボムの視点を通して改めて作品を見つめたその先に、軍事境界線や上下関係を超えた友情の物語ともうひとつ、兄と弟の物語が見えた。

◇もうひとつのThe Song for My brother

 最後になるが、個人的に少し気がかりだったのが、ジョンヒョク除隊後のグァンボムだ。彼の心の拠り所であり、いつも側にいたジョンヒョクとの(物理的な)距離が遠くなってしまい、なかなか頻繁に会うことが叶わなくなってしまった。
 そんな彼を想うと私はまた、グァンボムが人知れず寂しがっていないだろうか、心細い想いをしてはいないだろうか…とついお節介な心配(※愛の不時着民によく見られる症状)までしてしまう…。

 でもきっと、彼はもう大丈夫だ。今の彼には守るべき弟たちがいる。(時々ちょっと信頼しきないところもあるけれど、)自分のことを本当の家族のように愛してくれる、気心の知れたもう1人の兄もいる。
 例えどれだけ離れていても、しばらく会えない日が続いたとしても、ジョンヒョクはきっと、これから先もずっとグァンボムにとっての祖国であり、兄であり続けるだろう。そして恐らく兄も時々、愛する弟たちに、今後何度も会いにいくだろう。
 彼の弟グァンボムのジョンヒョクに対する熱い忠誠心もまた、年月を経ても変わらないような気がする。これまでも、そしてもちろんこれからも。

“The Song for My brother”

 ジョンヒョクの愛した兄ムヒョクは、生前いつも、遠く離れた弟の幸せを願っていた。そしてその弟が、かつて湖で兄のために弾いたピアノのメロディは、今もきっと、どこかで誰かの胸に響き続けている。

 兄になったジョンヒョクの幸せも同じようにまたきっと、彼の弟グァンボムが願う幸せであるのだ。

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◇エピローグ

 ひょんなことから、当初note初投稿のために書きかけていた記事と、全く違う地点から(しかも思ってもいなかった視点から)飛び出した記事になってしまい、自分でも驚いている。
 愛の不時着では、どの登場人物もとても魅力的に描かれているからこそ、作品視聴を重ねれば重ねるほど、ますます一人一人への愛を深めていってしまう…という現象は、一度不時着沼に漂着した人ならば、きっと共感していただけると思うのだけれど、私もまた、その例外ではない。

 今回このスピンオフ的考察を進める中で、改めて私にも、パク・グァンボムという人物に対する親しみと愛情が深まったことを、認めたい。
 私はパク・グァンボムに忠誠を誓った彼の部下でもなければ、彼を演じるイ・シニョンくんのファンを公言している訳でもなかったけれど、ただこれからもずっと、グァンボムの良き理解者であり、応援者の一人でありたいなと思う。

 ユン・セリを演じたソン・イェジンさんがこの作品を、「全てのジャンルの総合ギフトセット」と評したように、この『愛の不時着』という作品はまさに、見るタイミングや角度、その日の気分によって、多様な色や光、表情を魅せてくれる湖面をたたえ、様々な物語を包括する、湖のような作品だと思う。

 どうかこれからもこの作品が沢山の方に愛されること、皆様の愛の不時着視聴体験が、今後さらに深く、豊かに広がっていくことを願ってやまない。この記事がほんの少しでも、誰かにとって作品を新しい角度から楽しむ一助になれば、こんなにも嬉しいことはないな、と思う。

 (最後になりましたが、このような記事を書いてみようというきっかけをくれた愛の不時着という作品と、私が日々共感してやまない愛の不時着沼同志の皆さまに改めて、精一杯の愛と感謝の気持ちを込めて届けたいと思います。長文にも関わらずお付き合いくださったこと、感謝します。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!)



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