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先生はあくまでも人間なのです

保護者の方との電話や面談で、もしくは生徒とのやりとりの中で、先生って芸能人に近いというか、なんなら芸能人より面倒くさい立ち位置にいるなと感じることがある。

そりゃあ保護者の方に、生徒の良いところ・改善が必要なところを的確に伝えたいとか、できるだけ生徒本人の特性に添った志望校選びに協力したいとか、そういう志はあるし、そうできるよう日頃の業務を行っている。

が、どう頑張ってもわたしの体は一つだ。
生徒の宿題の添削。テスト作成。教材作成。授業教材の予習。名簿や予定表作成などの生徒管理。月謝などの会計処理。各種資料作成。電話・メール応対。怒涛の雑務にあっさり打ちのめされている。

電話や対面での保護者の方とのやりとりや、生徒と向き合って授業を進行することが「本番」だと思っているのだが、舞台裏での作業が「本番」とは直接関わりの無いこともかなりある。

しかし、保護者の方や生徒には、これが想像つきにくいのだろう。
授業のコマ数を増やしてほしい、個別の補習をしてほしい、子どもの様子を聞きたいので近々面談をしてほしい、などなど。

これらのリクエストをわりと強引に、というかほぼクレームとして訴えてこられる時がままある。
保護者の方からだけでなく、よく分からない電話先の人からもである。

このような場合はだいたい相手方に、わたしたち先生が妙に『神聖視』されているのだろう、と思っている。

「(うちの)子どもに尽くすのが先生の役目」
「(うちの)子どものためなら先生の苦にはならないでしょう?」
「(うちの)子どものためにならないのでは?」
「(うちの)子どものために先生はもっとよりよくあるべき」

すぐにできることはもちろんすぐ改善するし、労を惜しむ気は無いのだが、こちらにも現実的な限界があることに思い至らないようである。

……結局わたしは疲れきっているのだ!!(どーん)
長々と愚痴と言い訳を連ねてしまった。

ひれ伏したくなるくらい素敵な生徒や、保護者の方とのこの違いはなんなんだろう。
すっきりしそうだし、近いうちにちょっと本気で考えてみようと思う。

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