これからの歯科保健推進への展望 Vol.04

Ep2-2.口腔機能という課題~ 乳幼児から高齢者まで~

前置きがずいぶんと長くなりましたが、「歯磨き神話」と「不正咬合の体感」というエピソードのお陰(? )で、私は知らず知らずのうちに「う蝕を予防する食習慣や生活習慣の重要性」や「口腔機能の健全な発達」という視点で子育て現場での支援活動を行うようになったと思います。また支援活動を通して、歯科の臨床現場からはなかなか見えてこない家庭での生活場面( 生活の現場)の変化を感じます。特に外食や中食、様々な食品の商品化の充実による供給は、「簡単便利、手軽に美味しい、いつでもどこでも」といった需要と相まって、子どもの健全な成長や発達に重要な食環境や様々な生活習慣を含む生活環境への影響だけでなく、家庭での調理の機会とともに育ちの中での調理の経験さえも奪ってしまう勢いです。その中で、おやつのダラダラ食べ、おやつと食事の区別が曖昧で不規則な食生活、離乳食の遅れによる卒乳の遅れ等はう蝕の発症に、離乳食の不適切な進め方・食べさせ方、不適切な調理形態や一口量等は口腔機能に影響していると考えられ、保育や子育て現場からは「よく噛まない」「丸呑みしている」「お口に溜めたまま」「お口をぽかんと開いている」「発音が不明瞭」といった問題が多く挙げられており、生活場面に即した多面的で継続的な支援体制が必要と
なっています。


栄養士さんとのコラボ事業
手づかみ食べの手作りおやつの試食

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支援活動ではこのような現状に対応し、乳幼児期の口腔機能の発達への理解、適切な離乳食の提供とその進め方が卒乳や捕食行動の獲得には切り離せないとの観点から、栄養士さん保育士さん等への講演や多職種との協働事業を行っています。特に栄養士さんからは「口腔機能の発達に見合った離乳食の進め方の理論を得ることで、単に月齢ではなく個々の子どもに合った具体的な離乳食の進め方の指導ができる」といったきめ細やかな指導の展開を、保育士さんからは「口腔機能の発達に舌や頬の運動が重要と知って、もっとお顔やお口を使った遊びを考えたいです」との保育実践への応用を、保健師さんからは「う蝕の原因や食生活との関係など正しい知識や口腔機能の発達の段階を学んで、自信を持って乳幼児期の保護者への指導ができそうです」と指導の充実に繋がるコメントをいただき、歯科衛生士との協働の重要性を実感するだけでなく、そのことをフィードバックしてもらえました。また、ある保健所の歯科保健担当の栄養士さんには「もし異動になっても歯科保健を推進していきたいです」と感じてもらえたことはとても嬉しく印象に残っています。
一方、私が実際に支援活動をはじめた平成11 年頃は摂食・嚥下障害者への口腔ケアの重要性、訪問歯科診療の推進とともに介護保険への歯科保健指導の導入などが大きくクローズアップされてきたころでもありました。私も、以前働いていた病院から声をかけていただき、看護師を中心とする病棟職員へ口腔ケアをテーマとした研修をする機会が多くなり、そこでは安全な口腔の清掃とともに、食べることへの支援に関する内容が求められました。病棟においては、経鼻による経管栄養で療養中のパーキンソンの患者さんが、「妻の作った肉じゃがが食べたい! 」との願いを実現したいと看護師さんたちからリクエストがあり、担当看護師や介護者に口腔清掃の方法、口腔機能の訓練、調理形態等を指導しました。その時に役立ったのが乳幼児の口腔機能の発達プロセス、発達段階に応じた食形態の知識でした。つまり様々な反射で哺乳している乳児が一つひとつの器官の感覚や運動機能をこれから獲得していくプロセスを考えた時、そのプロセスのどこかまでの機能を失ってしまった中途障害の状態において、これから必要な機能とその回復へのアプローチ( リハビリテーション) と乳幼児への口腔機能獲得の発達支援の理論は同じだと実感したのです。
介護、医療現場における摂食・嚥下障害への対応として誤嚥の危険から特に咽頭期の障害の評価が重視されますが、最後までお口から食べることに対する支援には準備期から口腔期における適切な評価がより重要であり、これは即ち歯科専門職の観察力が欠かせないところなのです。そしてその観察に基づく判断等から適切なケア方法およびリハビリテーションと適切な食形態への指導が可能になります。つまり、まさに乳幼児の口腔機能の発達の理解とそれ応じた離乳食の食形態だということです。
現在、介護予防の評価として用いられているオーラルディアドコキネシス( パタカラ) や空うがいなどは評価が機械的に簡単に出来ても、日々のサービスメニューとしてパタカラの発声や口腔の健康体操などを繰り返すというだけでは当事者が飽きてしまうこと、家庭でのトレーニングとして継続しにくいこと、その効果もどうなのか実感しにくいこと、といった声( 欠点? ) が挙げられるようになってきています。これらは評価に応じた訓練内容や食形態との整合性が曖昧なことから、サービスのバリエーションが乏しく、食べるという機能に直結したメニューが提案できない結果だと思われます。介護保険制度の導入から介護予防での口腔機能の向上サービスの実施により口腔領域のサービス内容が画一化されたことで、それをこなすことに時間が費やされ、現場の声や利用者の抱えるニーズが逆に表面化しなかった10 年だったというのは言い過ぎでしょうか?
現在、世間一般にも口腔の重要性への認識がますます高くなる中、他職種からも口腔機能の知識やケアの技術への研修依頼が増えてきている今こそ、国民や他の専門職が発するお口や食に関する声を聴き、生きていく上で大切な口腔機能の獲得、維持向上の為に必要な情報を待つ専門家として、多組織に発信していく時だと思います。

Ep2-3.口腔機能の勉強会の試み

そこで微力ながらも貢献すべく、平成26年の8 月から「食育・口腔機能勉強会」を4 回コースで企画しました。“ 乳幼児の口腔機能の獲得”から“ 高齢者の口腔機能の低下・機能障害とその回復へのアプローチ” へと繋ぐという新たな試みに対して、歯科関係では臨床や行政から、栄養関係では大学、行政、地域活動、保育現場から等違う立場の方々に多くご参加いただき、手前味噌ですが大盛況のもと11 月に終えることが出来ました。ありがとうございました。
勉強会のメインは、やはり口腔機能についての理解を深めることです。歯科専門職も他職種も一般の方々も、口腔機能と言っても実際に何がどのように機能して食べるという行為が成り立っているのかの実感がないのが現状です。無意識に出来てしまっているからこそ、機能を失って初めて噛めることや口から食べられることの有り難さ、噛めない、食べられないことの辛さとともに、「では、どうすればいいのか? 」との困惑の声がますます強まっています。勉強会参加者の参加動機も「どうして食べ物を口に溜めてしまって飲み込めないのか? 」「一体どうすれば食べる機能を回復できるのか? 」などが挙げられました。口腔機能についての理解を深めるためには、まず「食べる機能」を意識する体験が必要だと考えています。
そこで、今回の勉強会の中でも一連の気づきを促すことを目標に、先駆的に摂食の指導をされている方々の実習をアレンジした「食べる実習」を実施しました。これは“ 口唇を少しでも閉じることができないと、スプーンのヨーグルトさえ口腔内に取り込めず、飲み込めないこと”、“ 舌が動かないと
咀嚼どころかとたんに口腔内がパニックになること”、“ 刻んだ食物は前歯で無意識に触知してしまうこと” 等、自分自身が体感し、意識的に口唇や舌の動きを観察することが対象者の口腔機能の評価ポイントを理解することにつながり、その実質的な評価をもとにして実際に食べられる食の調理形態や必要なトレーニングやリハビリテーションの提案が容易になると考えるからです。また、医療( 介護) 関係者だけでなく乳幼児の養育者に関しても“ 自分の子どもの口唇や舌の動きや歯の萌出状態を観察すること” で離乳食をどのように進めていけばいいのかが判断できるようになり、同じ月齢の子どもと比べて焦ったり不安を抱えたりせず、子どものペースに合わせることができるようになると考えられるからです。


お母さんたちへの食べる実習の風景

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今回の勉強会では、「子どもや高齢者の食や口腔機能の問題を共有することから始めることで、専門分野の違いや現場の違いに関係なく課題が同じであったり、また違った視点や広い視野からの見方などを相互に学び合う機会が非常によかった」や「このような場をもっと作って欲しい」との要望を多くいただきました。また、4 回連続でご参加いただいた方からは、「乳幼児の口腔機能の発達が高齢者の摂食・嚥下障害にどのように結びつくのか? ということがよく理解でき、また現場で活かしていきたい」等、実践に向けた意欲や自信にも結びついた成果を得ることができ、企画したプログラムの必要性を更に強めることができました。

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