人生ってなんだろう(17)

ルドルフ やきとん屋に通う

40代後半から、一人呑みを楽しむようになりました。以前は同僚や知人との会話のツールとしてのお酒で、この飲みニケーション(もう死語ですかね)を仕事の一環とも思っておりました。30代のころ、近所の居酒屋で、地元の方や店の店主との交流の場として、週に何度か訪れていた店もありましたが、お店を閉店され、また私が転居したこともあり、今の状況は判らないところです。これは一人呑みとは言えませんね。会社とは違うコミュニティに参加しているといったところでしょうか。

その後、6歳ほど年上の先輩の方に、それは人生もったいない話だ、仕事で呑むことはもっともなことだが、一人で呑むことは自分を見つめ直す、いいきっかけになるし、自分の鍛錬にもつながるから、ぜひ一人呑みを経験した方がよいと言われたことがあります。この方が自分を見つめ直せているのかは別ですが。

ならば経験してみなければいかんなあと、早速一人呑みの鍛錬に入りました。当初はぎこちないものでありました。次の飲み会の下調べや名店、評判の良い店のチェックであると、自分に使命感を与え、店の中ではテレビを見たり、本を紐解いたり、と何かすることは無いかと思案するほどでありました。手持無沙汰のせいもありましょうが、店のよろしくない点ばかりが目につき、ついには、この店はこんなことだからダメなのだと店のダメ出しまで考えを巡らせておりました。

やがて何年か過ぎた時、店の味や空気を受け入れている自分に気が付きました。おいしい方が良いに決まっておりますが、その店の味を知ることも大切なことだと思うようになりました。店の主人の空気感や、店の雰囲気、スタッフの応対の良し悪しも、全てその店の味なのであろうなと思います。常連ぶっての振る舞いをするでもなく、自然に店のスタッフの方とも気持ちが伝わるようになりました。

東京にあるターミナル駅のひとつに私が通っている店が2軒、自宅駅の数駅手前に1軒ございました。どこも同じやきとんの居酒屋なのですが、3軒とも個性豊かで、私のお気に入りの店であります。
そのうちターミナル駅にある1軒は、この感染症騒動で休業されておりましたので、この2年ほど伺ったことはありません。結局今も時折通っている店は、いわゆる1000ベロの店2軒となりました。1000ベロの店の良いところは、短時間で切り上げても、何も不自然さを感じないところです。このご時世、通う回数も減り、月1回あるいは、2ヶ月に1回といったペースですが、私の大切な息抜きの場所となっております。

先日、ターミナル駅から歩いて5分ほどにあるその1軒を訪れました。開店早々の為、私が一番乗りの客でありました。
いつものカウンター席につき、いつも注文するつまみと酒を伝えます。変わらぬ味を確認しながら、酒を進めていると徐々に客足も増え、いつしか7割ほどのお客さんが席についておりました。なかには女性のみのグループもあり、1000ベロに女性の集まりとは、これも世の移り変わりなのかしらなどと、考えながら時を過ごした次第です。

ただチューハイ2杯で脚に来るって、私がお酒に弱くなったのか、なにやらスペシャルなお酒なのかは判りませんが。

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