лето、とっくに過ぎたもの。
「ねぇ、返してよ。」
手首を掴まれる。
僕の言葉は一体、誰から借りてきたものなのか、どこからやって来たものなのかと疑ってしまう。
僕の言葉は僕だけのものであると胸を張って言えたはずの昨日が潰えてしまった。突然の知らせに戸惑って、朝食のトーストが喉を通らなくなった。
その片隅で、妙に味気なかったパンに辟易して、明日は卵とかチーズとか載せて、豪奢にいこう、なんて日常を考えた。
僕は上手に生きてるように見える、と、一側面からしかモノを眺められない鳥が羨むように頭上を旋回していく。意味が分からなかった。どうして俯瞰でしか僕を理解していないのに分かった様な口をきくんだ。僕はギリギリを取り繕っているだけなので、良く見ると血みどろで汚くて痛々しいんです。予定や計画はいつもチグハグだし、左と右も一呼吸の間がないと分からないし、友人だって結局は僕という肉塊と平行線上に居るオバケでしかないと思考の延長線上で考えてしまうし、笑えないし。
最近は、少しづつ感覚を取り戻してきていた。生活が歯車を獲得して、動き始めていた。しかし、一向に眠ることの苦痛は無くならない。眠ってしまえばそれで終いなのに、目をつむるのも、呼吸を浅くするのも、以前より難しくなった。仄暗い光すら明るくて怖い。というか、その光の向こうに誰かが居るので、それが怖いのかもしれない。
もう何もかも勘違いで終わればいいのに。僕が生きているのも、何かの勘違いであれば、軽症ほどの杞憂で終われるのに。生命線をもっと信仰していてほしい。
どうしてこの道行だけは、確固たる現実でしかないんだろう。
レータが未知の向こう側で笑う。彼女が誰だったか覚えてない。
ここは、五感に物足りなさを増長させる、暑さも寒さも感じられない不気味な世界だった。
手首を掴まれて引き留められることが初めての体験だったので、僕は嬉々として答えた。どうしてほしいの、何が必要なの、ねぇ、無いものだって返すよ、……………………………………………… 。。。
そうして今、生温いホルマリン液にたっぷりと浸かっている。悪くはなかった。