唱和
素直に生きていたい。でも無理。
そうだろうね、君は。
吐き出されるようにして駅のホームへ降り立つ。人波に揉まれて耗弱しつつある心身が、圧から解放されて溜息をついた。
イヤホンから流れる音が止まっていたことに気付く。先刻まで、何を聴いていたかも忘れてしまった。
確か、はじめて聴いた曲だった。顔の見えない誰かの歌声に、胸を刺すようなメロディに感動し、自分には向けられていない歌詞に共感を覚えたはず。だのに、忘れてしまった。
何となく、死んでしまいたいとか生きていたいとか、そういう唄だったように思える。
イヤホンと音楽は、僕を現実から切り離す為に必要だった。
いまは、次に何を選べば一時の安寧を得ることが可能か、それすら考えられない。
だれかの歌で救われるという感覚が難しい。最早、誰かによって救われるという受動的な悦楽さえ、長らく味わっていない。
恐らく、こんな僕を救えるのは僕だけだ。
ふいに、片方の耳からイヤホンが外れた。
半分の世界で、今まで外界の音を遮断していた物が無くなり、線路を通過して行く鉄塊の、直接に頭を揺する轟音が僕の半身を現実に引き戻す。
耳を塞ぎ、その場に蹲りたくなる衝動。
意識なく呆然とホームの階段を上がろうとしていた足が止まった。後ろの薄幸そうな顔の大人が不服な顔をして僕を追い越す。
駄目だ、流れに逆らってはいけないのに。
僕の身体は、ホームへゆっくりと引き返す。
何故か、次にあの轟音が聴こえるのを待っていた。溶け切った脳味噌に現実味を連れてくる不協和音を求めた。
僕に必要だったのは、美しく憂鬱な音楽ではないのか。
無機質に僕らを誘導するアナウンスが鳴る。
冷たい風が頬を撫で、背中を粟立たせる。
遠くから、現実の音がする。
一歩、一歩、前へ踏み出す。
それから、
線路を電車が走り、ホームに滑り込む。
人々が吐き出され、その波に僕は揉まれ、流れと一緒になった。