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【EP4】リヴァプールFCとデータ革命の物語 〜ダミアン・コモリの失敗〜
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【EP4】リヴァプールFCとデータ革命の物語 〜ダミアン・コモリの失敗〜

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この記事は以下の続きです。

凋落した古豪


クラブは下降線の中にあった。2010年10月、ボストン・レッドソックスを運営するニュー・イングランド・スポーツ・ベンチャー(現在のフェンウェイ・スポーツ・グループ)はリヴァプールFCの買収に成功する。ヘンリーは自身の愛する野球でもデータ分析により成功をつかんだ。別のスポーツ、サッカーでもその理論は応用できるはずだ。ヘンリーにとって新たな挑戦である。

買収したリヴァプールFCの当時の状況から見ていこう。イングランドプロサッカーの頂点は常にふたつのクラブによって争われてきた。ひとつはマンチェスター・ユナイテッド。そしてもうひとつがリヴァプールFCだ。マンチェスター・ユナイテッドについては言うまでもないだろう。デイヴィッド・ベッカム、クリスティアーノ・ロナウド、ウェイン・ルーニーなど、スーパースターを次々と輩出してきたトップブランドだ。1992-93から2012-13シーズンまでの21シーズンで13度の優勝。4位以下に沈んだことは一度もない。まさに王者である。

対するリヴァプールの黄金期は1970-80年代。1972-73から1989-90シーズンまでの18シーズンで10度の優勝を果たした。この時代、リヴァプールFCはマンチェスター・ユナイテッドを完全に圧倒していた。

しかしそれも昔の話である。ヘンリーがリヴァプールFCを買収したのは2010年10月。この前のシーズン、リヴァプールはリーグ7位。2005年にはチャンピオンズリーグ優勝、2007年にもチャンピオンズリーグ決勝進出と、ヨーロッパレベルでは成功を収めていたが、国内リーグでの成績は振るわなかった。クラブが最後に優勝を果たしたのは1989-90シーズン。実に20年間リーグ優勝から離れていたのだ。

そしてこの買収したタイミングで、クラブは最悪と言っていい状態を迎えていた。財政は悪化し、借金は日本円にして500億円にまで膨張。当然満足な補強は行えず、主力選手は次々とトップクラブに引き抜かれていった。2009年、2010年にそれぞれチームの要であるシャビ・アロンソとハビエル・マスチェラーノがそれぞれレアル・マドリー、FCバルセロナに移籍している。

そして買収直前には新監督ロイ・ホジソンを迎えていた。しかしこれがより悪い方向に作用したか、2010-11シーズン前半には一時降格圏にまで転落。当時停滞していたクラブはどん底を迎えていた。買収はこのタイミングで行われている。

ディレクターとは、GMとは

だがヘンリーは弱いチームをデータ分析で成功に導く術を知っている男だ。似たアプローチは、サッカーの世界でも有効なはずだ。買収後、はじめにヘンリーが行ったのはディレクターの採用だった。これは監督とは別の役職だ。

またも野球を例に考えよう。プロ野球チームには選手や監督、コーチ、トレーナー、スコアラーなどで構成される現場がある。サッカークラブも同様だ。だがMLBには現場をどういう陣容で組むか、選手獲得や契約など、編成を担当するトップにゼネラルマネージャー(GM)という役職が存在する。以前の章で紹介したビリー・ビーンやセオ・エプスタインはこの役職だ。日本のプロ野球チームだと、監督が選手を獲得することも多いが、MLBではまずありえない。監督の仕事はGMから与えられた戦力で、いかに現場をマネジメントしシーズンを過ごすかに絞られている。

一方でサッカーの世界において監督は神に近しい存在だ。チーム強化について、監督がすべての権限を握るような場合も少なくない。アレックス・ファーガソンはどの選手を獲得するかまで決定する全権監督だった。アーセン・ヴェンゲルは現場のマネジメント、戦術の整備だけでなく、自身のスカウティング能力で選手を発掘する役割も担当していた。

ただこうした全権監督には大きな問題がある。野球、サッカー問わず、監督は現場に最も近い存在だ。そうなるとどうしても視野が近視的になる。「戦術面の問題を解消するため、絶対にこの選手を獲得しなければならない」、「得点がとれないからストライカーが必要だ」。監督はこういった声を上げる。

しかしその選手を本当にクラブが獲得しなければならないかは慎重に見極める必要がある。選手の獲得は単年で済むことはない。現在その選手が必要であってもその選手の2年後は必要なのか、またその選手がどれだけ高額でも獲得するべきなのか。お金や契約について監督はずぶの素人だ。

また5年後、10年後となると、大抵の監督は契約期間外となる。監督は短期的な戦力アップを求める。しかし中長期的な成功を目指すのであれば、近視的な監督の視野のみで判断を行うのは危険だ。MLBではより広い視野でGMがチーム編成、選手獲得などに対し主体的に動く。

さらに監督が望んだ選手を獲得したときに成功する確率も決して高くはない。マンチェスター・シティのペップ・グアルディオラは間違いなく戦術面において、世界最高の監督だろう。ペップはサッカーのすべてを知り尽くしているようにも見える。しかし彼が獲得を望んだ選手の多くが成功しているかというとそんなことはない。ジャック・グリーリッシュは、フェラン・トーレスは、ダニーロは、クラウディオ・ブラボは、コストに見合う活躍を見せただろうか?監督がすべてをわかるわけではないのだ。世界最高の監督であっても。

間違ったデータを活用したダミアン・コモリ

ヘンリーはこういった問題意識を持ち、ディレクターという役職をつくったのだろう。その役職についたのがダミアン・コモリだ。コモリはトッテナムでほぼ同じ役職と思われるシニアディレクターを務めた、ディレクター経験のある人物だった。

コモリは就任直後の冬の移籍市場で大きな動きを見せる。能力に陰りを見せていたチームのエース、フェルナンド・トーレスを高額で売却し、かわりにルイス・スアレス、アンディ・キャロルという若手フォワードを獲得したのだ。

スアレスはクラブにとってレジェンド級の選手になった。しかし今回の原稿で触れるべきはキャロルだ。キャロルの補強はクラブにとって大失敗に終わったといっていいだろう。キャロルは190cmの大型フォワードだ。空中戦はフィジカルレベルが高いプレミアリーグにおいても最強レベルとされ、まだ若いため伸びしろも期待されていた。

そしてこのキャロルを獲得した次の夏の移籍市場で、コモリは「一見まともに見える補強方針」を立てた。リーグ有数のクロッサーであるというデータがあったスチュワート・ダウニングを獲得したのだ。空中戦最強のキャロルにプレミア屈指のクロッサーであるダウニングを組み合わせることで得点を量産できると考えたのだ。

しかしこのあまりにも単純な補強は大失敗に終わる。ダウニングは2011-12シーズン、個人のアシストが0に終わった。クロスは1本も成功しなかったのだ。クロスはクロスでもサッカーにはいろんなクロスがある。しかしリヴァプールが上げたクロスはあまりにも確率の低いものばかりだった。なんでもこのシーズンのリヴァプールは、流れの中のクロスから1点決めるのに、421本のクロスを必要としたという。馬鹿げた数字だ。素晴らしいポテンシャルを見せていたスアレスも、この戦術の中では活かすことはできなかった。要するにサッカーでどのような分析を行うべきか、十分にわかりきっていなかったのだ。

このとき多くのメディアからリヴァプールのデータ活用を揶揄する声が飛び交った。「複雑なサッカーをデータで理解できるわけがない」「リヴァプールにはデータではなく、優れた戦術をもつ監督が必要だ」。たしかにコモリのデータを活用した補強は失敗に終わった。しかしそれはデータ分析の敗北ではない。「間違ったデータ分析の敗北」である。リヴァプールが適切なデータ分析にたどり着くのはもう少しのことだ。

ヘンリーがリヴァプールを買収してから、クラブは6位、8位。はじめは失敗の連続だった。コモリも責任をとってか、2012年4月に解任されている。

そしてこの失敗はまだ続く。翌2012-13シーズン、リヴァプールはプレミアリーグ若手有数の戦術家として知られるブレンダン・ロジャーズを監督に招聘する。この選択もまた新たな混迷のはじまりだった。

(EP5へ続く)


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