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和の国にいでし大吸血鬼【ショートショート】【#190】

「ふははは……わしは泣く子もだまる大吸血鬼!この死者をあやつる力でこれまでも幾度となく西の大国をしたがえてきた。次なる目標はたった今、めぐりついたこの和の国よ。赤子の首をひねるかのように揚々と支配してみせようではないか!」
 さかのぼること数分間。見なれぬ木箱が海岸に流れついた。木箱は六角形をたてに伸ばしたような形状をしており、真ん中に十字の印が入っていた。
 またたく間に村のほとんどの漁師たちがその奇妙な箱をひと目見ようと海辺に集まる。そして漁師たちが集まったのを見計らったかのように勢いよくその箱が開いた。
 なかから出てきたのは痩身の若い男。金色のながい髪に碧眼。黒くてテラテラした布を身につけており、開口一番にさきほどの口上を放ったというわけだ。
「あんさん外人さんかい……?遭難でもしたんかいな?調子は悪くなさそうやが……どっから来たんや?」とりあえず言葉は通じるようだと思いたった漁師のひとりがこわごわと男に声をかけた。
「貴様!わしのことを詮索しようなど百年……いや、千年早いわ!この無礼者が!」
「はぁ……」
「わしがおったのは、この大海原をはるか西に数か月進んだ先にある大国ロンドンよ!今となってはわしの死者の軍勢によって支配さえれた国の残骸にすぎんがな。そして、この国もすぐにそうなるのだ!」
 その金髪の男は天をあおぐように両手を大きくひろげ、笑いながら続けた。
「さあ下々のものたちよ。見せてやろうぞ、わしの大魔術を。我の声にこたえよ!黄泉の国の兵士たちよ!いかに世界が広くとも死者のおらぬ国は存在せん。おあつらえ向きにその山の中腹は墓地のようではないか。幾千もの死者たちは一切の攻撃がきかぬ無敵の兵。さあ死者の軍団を前に恐怖し、ひれ伏すがよい!――いでよ!リビングデッドども!」
 男は仰々しい口上とともに墓地のほうに両腕をむけた。さっきまで晴れていた空に暗雲がたちこめる。雷鳴が鳴りひびき、集まっていた子供たちが悲鳴をあげる。男の両腕のむかう先でなにがおこるのか。村人たちは一瞬も見逃すまいと目を皿のようにしてその腕のさきを見つめた。

 ――が、何もおこらない。

 ぽかんとする聴衆を前に、男はなんどか手をふりかざしてみるも、天気が変わった以外なんの反応もみせない。その天気すら、ついさっきまで広がっていた暗雲が風にながされ、雲の切れ間から明るい光が差しこみ始めていた。
 いまだに自体がのみこめていない男に対し、漁師がつげた。
「あんた、どっからきたゆっとたかね?……ロンドン?わしゃ無学だもんで、よーわからんけど。ほら、この国ではな、火葬ゆうて、死んだら燃やすのが普通やから。死者がどうとかゆうとったけど、墓の下に眠っとるのは体はもとより骸骨だってほぼ形は留めとらん。万が一、そいつらが墓からはい出てきたところで、まぁ、まず戦えるような状態にはなっとらんのじゃないかの……」


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