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『おおかみ書房』という出版レーベルを知っているか【#教養のエチュード】

『おおかみ書房』という特殊漫画出版レーベルがある。

劇画狼さんという方がやっており、マニアックな作家さんの単行本未収録作品を世に送り出してくれるミニマムな出版レーベルだ。

まずは一度、これまでのラインナップをご覧いただこう。

白取千夏雄『全身編集者』
オガツカヅオ『魔法はつづく』
崇山祟『恐怖の口が目女』
谷口トモオ『完全版 サイコ工場 Ω線 A線』
中川ホメオパシー『もっと!抱かれたい道』
掟ポルシェ最低コラム集『出し逃げ』
三条友美『アリスの家』
三条友美『寄生少女』

出版されているものはこれですべてだ。

もし一つでも知っている人がいたら、あなたはかなりの漫画マニアと言っていいだろう。掟さんが一番知名度がありそうだけれど、一番が掟さんという段階でおして知るべしだ。

私は漫画好きが高じて、いつのころからかジャンプなどの王道よりも、どちらかといえば日陰な作品を嗜好するようになった。

そんな私にとって、「明らかに一般受けはしないけれど、読めば必ず面白い」というのは、徳川埋蔵金のようなもので、そんなものを次々と送り出しているおおかみ書房は、さながら徳川埋蔵金の鉱脈のようなものだ。

すでに絶版になってしまっているものも多く、私の手元にあるのも4作品だけだが、今日はそれを紹介しようと思う。

もちろん多くの方にとって、これまで一切縁もゆかりもなかった漫画だと思う。しかし万が一にも手を出していただけたら、あなたもまだ見ぬ快楽体験がそこにあると私は信じている。


■恐怖の口が目女

百聞は一見にしかず。
というわけで、まずはこの表紙だけでも見て欲しい

第1章(と第7章)が丸々noteで読めるのは素晴らしいことだ。

というよりも、このnoteでの連載が初出である。今作は自ら締め切りなどを勝手に決め、結末など何も無い状態で書き始められた。そしてこれを聞いたとき私は深く納得する。

この漫画を語る上で一番大事なのは『ライブ感』なのだ。

読み始めは単なる中途半端にふざけただけギャグ漫画だと思うだろう。特にこの第1章だけ読んだ方は、それ以外の感想は抱きようもない。

しかし物語は次第に歴史オカルト漫画の様相を呈するし、まったく縁が無いかと思われたお涙頂戴展開も訪れる。クライマックスには地球と人類を巻き込んだ壮大なアクション大作ストーリーが展開され、最後まで読んだときには、大いなる満足感とカタルシスを感じざる得ない。

悪く言えば今作は「行き当たりばったり」だ

しかしそのジェットコースターのような急展開は、この漫画の魅力の一つであることは間違いなく、その展開がその都度考えられた結果そうなったというのにはとても納得がいくのだ。

おいおい待ってくれ、今どき女子向け漫画でもやらないようなキラキラお目目で、ふざけていたあの序盤の空気はどこへ行った……? そう思っているうちに、いつの間にかそれは伏線の一つであったことに気が付き、まるで「元々そこには筋が通っていましたよ」とでもいうように、物語の本筋にきちんと共感できるようになっている。

あなたは映画『カサブランカ』を見たことがあるだろうか。

二人の男性の間でゆれる女性の恋心を描いた作品だが、撮影をしている時には結末が決まっていなかったという逸話がある。役者は最後はこうなるのだから……という忖度が一切できないため、都度そのシーンの相手に100%をぶつけるしかない。

そうやって生まれた緊張感が、かの名作『カサブランカ』の魅力であり、同時に今作『恐怖の口が目女』の最大の魅力なのだ。


■完全版 サイコ工場 A線 Ω線(谷口トモオ)

二つ目はこちら。
『完全版 サイコ工場 A線』及び『 完全版 サイコ工場Ω線』。狂気が拡張する90年代ホラー作品だ。

「完全版」とあるように、過去に「サイコ工場」の単行本は出ていた。

しかしほどなく絶版。今でこそ電子書籍で読むことができるようになったが、紙の方は現在も入手困難でありアマゾンで見る限り『62,143,886円』という恐ろしい値段になっている。

そこに救世主のように現れたのが、われらが「おおかみ書房」であり、単行本未収録作品もあわせて復活させたのが、今作『完全版 サイコ工場』だ。「A線」及び「Ω線」の2冊セットでの刊行という形になっている。

雰囲気はアマゾンリンクから見てもらうのがわかりやすいだろう。各種漫画サイトでも1話は無料で読むことができる。

太い線で描かれた絵柄には、独特な魅力があり、有無を言わさぬ力強さを保持している。

その線で描かれるのは、何気ない日常をわずかに半歩外れただけで、次の瞬間、血にまみれた殺戮の現場に変わり果てる様だ。そこには強力な殺意も、明確な動機もなく、ただそういうめぐりあわせであっただけ。
『理由がない』という恐ろしさ。そしてそれを余すところなく伝える力強さ。それがこの漫画の一番の魅力だ。

ホラーでありグロさもあるため、苦手な人にはお勧めできない。

しかしある意味『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のようなものだろう。細かいことはこだわる必要などない。
ただ『勢い』、それを突き詰めた先に開ける世界がある。そこには得も言われぬ達成感がある。読み手がついてこれなければただの独りよがりだが、ブルドーザーのような横暴さで振り落とされることを許さない。

そんな正拳突きのような、図抜けたホラー漫画なのだ。


■魔法はつづく(オガツ カヅオ)

1作目ホラー2作目ホラーと続いたら、3作目も「ホラー」と相場は決まっている。

3作目に紹介するのはオガツ カヅオがお送りする、ホラー短編集『魔法はつづく』だ。

ただしホラーとはいっても、こちらの作風は「学校の怪談」くらいの軽妙なもの。キャラクターの絵柄も適度にデフォルメされており、一見純粋な「怖さ」からは縁遠く感じるだろう。グロいシーンなどはほとんどない。

しかしそこに、この作品の真価がある。

最初は一見怖くない話である、と見せかける。しかし読み進めると急展開を迎え、実は描かれていたあれもこれもが伏線だったと知り、そのギャップに恐怖するのだ。

映画の『キャリー(古い方)』でも、唐突にホラー映画らしからぬ軽妙なシーンが挟まれる。終始緊張を強いるだけでは、人は怖がってくれない。緩む部分があるからこそ、恐怖に対峙したときにそこにより恐ろしさを感じるのだ。そう語られている。

今作は短編集なので、様々な作品が収録されているが、その発想は多岐にわたり、ひとえにホラーと言っても幽霊から謎の病気からゾンビまで出てくる。そして、そのどれもに驚かされ「ゾクッ」とさせられる。

そのような怖い一辺倒ではないテンションを、短編集を通して維持しているのは、もはや職人技であり、そんな常人離れした技術の粋を堪能できる一作なのだ。


■まとめ

おおかみ書房刊行作品から3つ紹介してみた。
皆様の琴線に触れるものはあっただろうか。

3作ともジャンルは「ホラー」ではあるが、1作目の『恐怖の口が目女』などは、もはやホラーという枠組みでは語れない壮大な作品である。だまされたと思って一度手に取ってみてほしい。

どれも私の琴線に触れた作品であり、そんな作品に日の目を見せてくれるおおかみ書房及び劇画狼には本当に頭があがらない。

これからも楽しい作品を刊行してくれると信じているし、大いに期待している。



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