はやる心にはご用心を【ショートショート】【#158】
それでは今日は、恋と奇跡のお話をしましょう。恋はどんなものでも素晴らしいものですが、はやる気持ちに任せるだけではいけませんよ、というお話です。
むかしむかし……といっても、そんなに前の話じゃないですけれど、ある小学校に女の子がいました。女の子は友達がおらず、とにかく本が好きで、休み時間のたびに本を開いて、その中に出てくる様々な物語に酔いしれていました。友達なんていなくても平気。だってわたしにはこんなに素敵な物語が待っているんだから。そういっていつも楽しそうにしていました。
それに、女の子には好きな人がいたんです。だからどんなことを言われても平気でした。――どんな人かって? あわてないで。それはこれから話していきますよ。
クラスの掃除係に任命されていた女の子は、放課後に理科室の掃除を任されていました。ほんとうはもう一人掃除係がいたんですけれど、その子はいつしか来なくなってしまい、いつも一人だけでせっせと掃除をしていたのです。
――なんてかわいそうな子なんだ? いえいえ、それがそうでもないんですよ。なぜならね、その子の好きな人はいつも理科室にいたからなんです。理科の先生? いいえ違います。女の子が好きな人はなんと、そこにいつも物静かにたたずんでいる『骨格標本』だったんですよ。
最初は怖いばっかりでした。部屋に入るだけでも抵抗があるし、近寄ろうものなら取って食われるんじゃないかなんて思っていました。でも不思議なもので、どんなに怖かったものでも時間がたってくるとだんだん慣れてくるもの。それに害がないとわかってくれば、女の子の得意な空想があふれ出してくるわけです。
物静かだし、線がほそいし。背はわたしより少し高くてちょうどいい。整った骨格からすると結構かっこいい顔をしているんじゃないかしら。それにあの骨ばった指は見ているとゾクゾクしてくる。
いつしか掃除に来るたびに女の子はその標本に声をかけるようになりました。「今日は雨がふってイヤね」「今日は暑いね」「今日もあまり話さないのね」「今日の角度、イケメンでいいと思うよ」。
毎日顔を合わせて話もしていれば、だんだん親近感もわいてきます。いつしか彼女はこれは恋なのではないかと思うようになるのです。
人が来ないことを確認してから、彼に近づき、手を重ねる。そっと触ったその手はひんやりと冷たく。そして軽い。あなたはひょろっとしているもんね。わたしもみならわなきゃ、なんて笑顔を浮かべる。ときにはその細く長い腕を、みずからの肩に回してみたり。それ以上はもうすこし仲良くなったらね、なんて意味もなくじらしてみたり。そんな隠れた逢瀬の日々は半年は続いたでしょうか。
ところでみなさん知っていますか。日本には大切に扱っていた「モノ」には魂がやどり、『つくもがみ』という神様になるという言い伝えがあるんです。――そう、ここまで言えばわかりますね。その骨格標本の彼にもやどったんです、魂が。彼女の純粋な思いが実をむすんだといってもいいでしょう。
その日は朝から天気が悪く、夕方には雷をともなった強い雨になっていました。部屋に来た彼女は、まずは掃除をすませてしまおうと黒板消しを手にとります。黒板の左下からはじまって、ちょうど中ほどまで来たとき。彼女の肩になにかが触れたのです。
皆さんには想像のつく話でしょう。そう彼が、魂をもった彼が動きだし、ゆるゆると彼女に近づき、その可憐な肩に手を置いたのです。でもそれはわたしたちがこうして話を聞いているから平気でいられるんです。曇天で暗闇広がる一人きりの教室。彼女の肩になにかが触れたその瞬間、感じたのは言いようもない恐怖でした。そのうえ、驚いて振りかえったその場にいたのは、ごく近くまで接近したガイコツだったのですから。
もちろん彼を彼女は愛していたからこそ、その思いが積みかさなり彼は動くことができるようになったのです。でも暗がりで急に接近され、彼女にそのとき広がった気持ちは、そんな「恋」とか「いとおしい」とかそんなあたたかな気持ちではなく、純粋な恐怖だったのです。それも仕方のないことでしょう。
叫び声をあげ、その場から逃げだし、彼女はもう二度と理科室にくることはありませんでした。
いくらさっきまで愛していたとはいっても、暗闇で急に迫られたら怖いものです。いろんな妄想はしていたと言っても、それが現実に動き出すなど考えたこともなかったのでしょう。結局、彼は選択を間違えたのです。動けるようになったからといって、調子に乗って彼女に急接近してしまった。だからこんな悲しい結果になってしまったのです。
わかりましたか。だから皆さんを愛してくれる人が現れて、魂を持つことがあっても、最初に会うときには慎重に行かなければならない、ということです。いいですね。あなたたちの人生が関わってきますから、しっかり覚えておいてください。さぁわかったら手を挙げてください。
その声にこたえ、暗くしめった土の中からはズボズボと白くて細い何本もの骸骨の手が生え、元気よく左右にゆれていた。
「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)