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悪魔がきたりて腹がふくらむ【ショートショート】【#75】

「召喚主よ。さぁ願いを言うがよい」

 ナベから現れたのは、縦横3メートルはあろうかという黒い煙の塊だった。そこにかろうじて目鼻がついており、窓ガラスが割れんばかりの大声で私に詰問してきた。あまりの迫力に私は恐怖にとらわれ、しばし動くことすら出来なかった。
 だが、私はコイツの正体を知っている。他ならぬ私自身が呼び出したからだ。古来より伝わる闇の呪術の文献収集し、研究に研究をかさね、今宵ついに、その錬成に成功したのだ。

 ――人は、コイツのことを『悪魔』と呼ぶ。


「ついに……ついに成功したわ。呼び出せたのね。これで私の悲願が叶えられる。悪魔よ! あの男を……私をないがしろにしたあの男を殺しなさい!」

 震える足に喝を入れ、私は願いを叫んだ。しかし、わずかな後にかえってきた回答は、私にとって予想外のものだった。

「――その願いは、叶えられない」

「……な、なぜ! なぜなの! いや……じゃあ、もともとも発端を作ったあの女でいいわ。全部あの女が悪いのよ。あの女を亡き者にして!」

「――その願いも、叶えられない」

「なんでよ! 誰かを害するのはダメとかそういうことなの? いいわよ、だったら出しなさいよ! 誰もがうらやむようなイケメンな彼氏か、いくらでもお金が出てくるお財布! どっちでも構わないわ。誰よりも幸せになって見返してやるんだから」

 しかし、この願いもまた同様にそっけなく突っ返される。

「――その願いも、……残念ながらダメだ」

「なによ! じゃあ何、なんなら叶えてくれるのよ? てゆうか、あなた本当に悪魔なの!?」

 悪魔は、ペースを取り戻すかのようにひと呼吸をして、ゆっくりと答えた。

「私は悪魔だ。それは間違いない。だが、――私が叶えることができるのは、『食べ物』に関する願いだけだ」

「……食べ物?」

「そうだ。主は、私を呼び出すときに、ナベに何を入れた?」

「……キャビアに、つばめの巣に、フォアグラ少々。あとトリュフに和牛にタラバガニ……」

「その段階で気がつくべきだ。我は美食家なのだ」

 先ほどまで、あれほどおどろおどろしかった悪魔は、どこか自慢げな顔をしている。

「はぁ……? じゃあ、えっと……例えば、『三ツ星高級フレンチのフルコースが食べたい』とか、そういうのならいいってこと?」

「その通り、いいだろう。その願いを今すぐかなえて……」

「――ちょっと待って! ストップ! 今はいいから! ごはん食べたばっかりだし、こんな小汚い私の部屋でフルコース出されても、場違いなだけよ。それに……」

 呼び出したときに感じていた恐怖など、もはやどこかへ行ってしまった。冷静な頭で大事な確認をする。

「悪魔との契約といえば、『代償』がつきものでしょ。その願いの対価として、何か大事なものを差し出せってアレよ。ただ願いを叶えるだけじゃ神様になっちゃう」

「……良く気がついたな。確かに我は代償を欲する。だが、奪うわけではない。与えるのみだ」

「どういうこと? 願いを叶えると何かが与えられるの?」

「そうだ。我が与えるもの、それは――体重だ」

「た、体重ですって!?」

「願いをひとつ叶えることに、主の体重が1キロ増えるのだ」

「……ってことは、美味しいものはいくらでも食べられるけど、その度に必ず1キロ太るってこと?」

「そうだ」

「そんな……そんなの、悪魔の所業よ!」

「いや悪魔だし……」


 すく翌日から、私は怪しげな呪術本を全て捨て、ダイエットの研究に没頭することになる。美味しいものはいくらで食べたい。でも太りたくはない。こうして「令和最高のダイエット研究家」としての私のキャリアは、この日から始まったのだった。


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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)