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しつこく絡むその男【ショートショート】【#92】

「ねえ、君ひとりでしょ? 俺と一緒に飲まない?」

 会社からの帰り道。私は、たまたま前を通りがかったBARにふらっと入りこみ、ひとりで飲んでいた。しかし誰かとしゃべって発散したいという気分ではなかったからひとりで飲んでいるのであって、見ず知らずの男に声をかけられて、一緒に飲もうなどという気になるはずがない。

「あーはいはい、ひとりで飲みたい気分だったんだから邪魔するなっていうんでしょ?」

「……お兄さんさっしがいいですね。その通りです」

 そこで引き下がってくれればいいものの、男はめげずに絡んできた。

「いやーあるもんねーそういう時って……わかるよ超わかる。でもさー君なんだか悲しそうな顔してたから思わず声かけちゃったんだよ。会社でイヤなことあったんでしょ? ね? 俺そういうのわかっちゃうんだよね。ほらいわゆる超能力ってヤツかな~」

 どこまでも調子のいい男だ。確かに私が今日、ひとりで飲みに来たのは、仕事でミスをしたのが原因だ。その上、それを部下のせいにしてしまった。勢いで責任を押しつけてしまったものの、あとから自己嫌悪が襲ってきて、そのまま帰って寝ようなんていう気にはとてもならなかったのだ。
 とはいえ、平日にスーツの女性がひとり、ふさぎ込んで飲んでいたら、大体仕事の悩みというものだろうから、そんなものを言い当てたくらいで大きな顔をされるようなことではない。
 こういうときに、気軽に甘えさせてくれる彼氏でもいれば、真っ先にその胸にとびこんで頭のひとつでもなでてほしい。残念なことに今は彼氏もいないし、これまでの彼氏の前では気丈な性格が邪魔をして、素直に甘えたことなどほとんどなかったりするのもまた確かだ。

「あれでしょ? 今はたまたま彼氏いない時期なんでしょ? だから甘えたくても甘える人もいない感じで、お酒に甘えにきましたって感じ?」

 言っていることはその通りなのだけれど、人間、図星を指されたときにはむやみに反発したくなるものだ。だいたい、今、たまたま彼氏がいないだけで、私に言い寄ってくる男なんて星の数ほどいる。

「あの、すみません。迷惑なんでやめてもらってもいいですか」

「ごめんごめん。怒らせるつもりはないんだよ。でもほら、君くらい美人なら、彼氏がいないって知った途端に言い寄ってくる男も沢山いるんでしょ。せっかくそんなレアな『彼氏がいない期』にちょうど出会えたんなら、結構それって奇跡だと思わない?」

「いいえ思いません」

 もう限界だ。こいつが帰らないなら私がここを出よう。そう決めて席を立つ。

「え、帰っちゃうの? いいじゃん俺、いくらでもグチ聞くよ?」

「あなたに聞いてもらうグチなんてありませんから」

 ついてくる男に目をくれることなくレジに向かう。つつがなく会計を済ますために、歩きながらカバンの中の財布を探る。

「なんだよ……」

いい加減男もあきらめたのだろう。足を止め、持っていたグラスに口をつけ、捨て台詞を吐いた。

「そんな可愛くねぇ性格してるから、彼氏にも逃げられるんだよ。それに……お前、部下にだって嫌われてるからな。まあそりゃ勝手に責任押しつけられたら部下だってイヤになるわな」

 驚きのあまり、受け取った小銭を落としそうになった。あれ……? 私、部下のせいにしちゃったなんて言った? こいつに?

「ん? 別に言ってねぇよ。でもさっき言っただろ。俺は、超能力者だって」



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