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悪夢を見ていたんだ【ショートショート】【#155】

「うわっぁぁ……!」
 悪夢にうなされて俺は勢いよく半身を起こした。しかしすぐに見慣れた自分の部屋であることに気がつき、落ち着きを取りもどした。横には向こうを向いたまま妻が寝ていた。
「どうしたのあなた……?」
 妻は布団の中で身じろきをし、俺に問いかけてきた。半分寝ぼけているようで眠そうな声をしている。
「ああ、起こしちゃったか、ごめんな」
 俺は再びベットに体を横たえながら答えた。体中に汗をびっしりかいていた。
「いや……悪い夢を見てたんだ。すごい怖い夢だったよ。昔話しただろう、エリーって名前で、同じ職場にイヤな女がいるって話さ。やたらとこちらに色目を使ってきて、気に入った男にはいい顔するのに、気に入らないヤツだと全く態度違うんだよね。周りからも嫌われてたよ。……いやなんとね、そんな女と俺、夢の中で結婚してんのよ」
 目をつむったまま手のひらで額を触ると熱く、熱を持っていた。風邪をひいてしまったのかもしれない。そのせいで悪夢を見たのだろうか。
「とにかくこだわりが強いし、細かいんだよ。一事が万事って感じで、脱いだもの裏返しのままにするなとか、カバンはちゃんと衣裳部屋に持っていけとかさ。些細な事ばっかりなんだけど、とにかく注文が多くてさ……。いやまあ顔とか……あのキュッとした体とかはキライじゃないんだけど。ほんと毎日がヘビににらまれたカエルみたいな気分で、夢の中でも毎日ケンカしてたよ。息苦しくてしょうがなかった。――あれ? アンナ……寝ちゃった?」
 妻はなんの反応もみせなかったため、俺はそう問いかけた。首を伸ばして妻の顔をのぞきこもうとする。すると、妻はゆっくりとこちらをふりかえった。
「――あ!」
 俺は思わず声をあげてしまった。そこにいたのは確かに俺の妻だ。だが……そこに横たわっていたのはアンナではなく、――エリーだった。
 瞬間、走馬灯のように俺の脳内にこれまでの記憶がよみがえる。アンナとはもう2年前に離婚したこと。そのあと、ほどなくして積極的なアプローチに負けてエリーと結婚したことを。
 結婚当初こそ仲睦まじくやっていたが、いつしかそのわがままで細かい性格にふりまわされ、毎日いがみあうような生活を送っていたのだ。最近ではまともに口もきいていない。それが、今の俺の夫婦生活なのだ。
「へぇ……そうなんだ。あなたまだエリーとつながっていたのね。あの雌犬め……。それに、あなた……わたしのこと、そんな風に思っていたのね。へぇ~。そうですかわがままなヘビ女ね~」
「いや待ってくれ……違うんだ、いや聞いてくれ! 単に寝ぼけただけなんだよ! 調子が悪くてさ……頭が混乱したんだよ、な!」
 彼女が伸ばした手がわたしの太ももにそえられる。もちろん色っぽいなにかではない。彼女はそこに穴でも掘ろうかという勢いで力いっぱい爪をたてた。
「ぎゃっ……! おい、許してくれよ。な、誤解だよ、誤っただろ……」
 そんな言葉になんの意味もない。彼女はスッと立ち上がり、右手を高くかかげた。そしてそれをなんの躊躇もなく降りおろす。俺の顔に横殴りの衝撃が走り、その長く、するどく整えられた爪が俺の顔に5本の溝を作る。ドクドクと赤い液体がしたたるのがわかる。悲鳴は、声にならなかった。
 俺の悪夢はまだまだ続くようだ。



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