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「やらなきゃいけない」のか「やりたい」のか

あれをやらないといけない
これをしないといけない

そうやって

「ねばならない」
という言い方を

ついつい
してしまうけど

でも
実際には
自分がしたくてそれをやっている

というのが
ほとんどなんだな。

ねばならない
というのは

自分の本意ではないが
致し方なくやる

という意味で
使うことが多いけど

でも
冷静にその状況をみると

結局
自分で選択し
自分の意志でそれをやっている
というのがほとんどなわけだ。

だって
本当に嫌なら
やらなきゃいいんだから。

そんなに嫌なら
やらないはずだから。

実際
それが嫌だから

やっていない人
誰かにやって貰っている人
もいるんだから。

じゃあ
どうして
こんな言い方をするのか?

結局
「自分は大変なんだ」
「自分は可愛そうなんだ」

ということを
言いたくなるんだと思う。

自分は
こんなに大変な中
精一杯やって生きているんだ

どうか
それをわかってほしい。

そんな想いが
「やらなきゃいけない」
という言葉には
隠されている気がする。

でもね
今やっている行為を
致し方なくやっていると考えるのか

それとも
自分の意志と選択によってやっている
と考えるのか

ここには
大きな違いがあると思うんだ。

前者は
自分以外の
人や
モノや
環境や
仕組みのせいにして
自分ではどうすることもできない
という宣言に近いけど

後者は
自らの意志と選択により
コントロール可能な領域であるという
宣言なわけだ。

だからね
ああ、そうか

ねばならない
ではなく

結局
自分がやりたくて
自分の意志と選択で
今のこれを
やっているんだな。

そう
自分が認めれた瞬間から
これからどういう人生をおくっていくのか
その「未来の再構築」ができるように
なると思うんだ。





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