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サワードウブレッドの深淵

ジョンソンヴィルベーグルとプレーンベーグルを作りつつ、サワードウブレッドの生地も仕込んだ。それが焼き上がったのは日が落ちた頃だった。現在のレシピで安定して焼けることが分かってからは低温発酵のパンを作らなくなった。パンを焼くことが一日仕事になったが、外出を控えているので問題無い。

以前のような頻度で食材の買い出しに行けなくなったので一度の買い出しの量が多くなる。それら食材のストックに冷蔵庫が圧迫されていてパン生地を収納するスペースがとりづらくなったから、低温発酵しなくても良いパンが焼けるようになって嬉しい。毎日食べるものが自分の生活に即する方法で焼けて心地良い。とは言え、低温発酵のパンはそれはそれでとっても美味しい。また余裕がある時を見つけて挑戦したい。

生地の変化について

まず粉と塩を混ぜ合わせたところに水を注ぎひとまとめにする。生地がボールのようにまるまったら一時間半から二時間ほど放っておく。

とにかくこのパン作りには焦りが禁物だ。焦るくらいなら放ったらかして忘れてしまった方がパンにとっては都合が良いだろうとすら思う。ドライイーストのパン作りに慣れていたからか、サワードウでパンを作り始めた頃はあらゆるタイミングが全く分からなかった。本やインターネットで調べて色々な方法を試しても目の前の生地が思い通りにいかないことがたくさんあった。そのような経験があって、今は肩の力を抜いて(適当さに磨きをかけて)パンを焼くことができるようになった気がする。

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しっかり給水した生地にサワードウのスターターを混ぜ込んでいく。ここが一番手間がかかる。ぎゅうぎゅうに丸まった塊とぬるぬるべとべとしたスターターは全く手を取り合う気が無いからだ。これ混ざるんか?と毎回思いながらあらゆる手を使ってスターターを練り込んでいく。徐々に混ざっていく実感を得ながら毎回ホッとするのがお決まりの流れだ。生地に弾性と粘性が生まれるので、そうなったら再び放置する。

その後は一時間おきくらいに生地をひっぱって畳むことを繰り返す。捏ねない代わりにこれをすることでキメを整えていくんだと思う。数回やると明らかに生地の雰囲気が変わっていくから面白い。垢抜けるって多分こんな感じだ。

たっぷりの生地を丸めて焼く大きなパンなので、生地ができあがっても分割はせず、きれいに折り畳む。そしてベンチタイムをとった後、成形する。そっとバヌトンの中に上下反転させて寝かせる。寝かせる時間はサワードウ次第だ。バヌトンの中が窮屈そうだと感じたらほっぺたをツンするように生地の弾力を確認する。しっかり膨らみつつも優しい反発力がある内に焼成するのがベストタイミングだと思う。

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焼く温度も時間の長さも人によって(パンによって)様々だ。オーブンに入れて数分間は高温度高湿度にするのが調子良い感じがするので私はそうしている。家庭用オーブンの最高温度まで予熱にかかる時間はまあまあ長いから、生地が膨らみきる前に予熱を始めなければいけない。予熱が完了したらクッキングペーパーの上にバヌトンをひっくり返してクープを入れる。クープ用のカミソリを何種類か買って試したけど、結局切れ味が良いペティナイフに落ち着いた。切れ味さえ良ければ自分の扱いやすいものを選べば良い。

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クープにバターを挟んだりオイルを垂らすと開きやすいらしい。昔試したこともあるが、風味がついて美味しいな〜という感想を持ったことしか記憶に無い。自分で検証するに至ってないのは、それをしてクープが思い通りに開いたとしてもなんとなく納得できないと思うからだ。でも見方を変えれば、バターやオリーブオイルが染み込んだパンはめっちゃ美味しいし最高なのは間違いない。私はクープを開けるためにそれらを使いたいとは思わないけど、味のためなら大アリだと思う。

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とにかく中まで火が通れば良い。ケーキやマフィンのように竹串を刺して確かめるわけにはいかないから不安になることもあったけど、パンの底にも焼き色がしっかりついていることとノックした時の音を確認して良い感じと思えれば大体はきちんと火が通ってる。でも一番頼りになる目安は、自分が美味しそうと思う色や匂いかどうかなのでそこに集中すれば良い。もしそれでも火が通ってなかったなら、自分のものさしを修正するかそれが自分にとっての最高だと受け止める。

サワードウブレッドの深淵

ベイカーなら誰にでもそれぞれの憧れのクープの開き方や目指すクラストの質感、クラムの入り方があると思う。私は自由自在にそれらを操ることができるわけではないから、もしかっこいいパンが焼けたとしてもそれは私の手柄じゃなくてパンの(サワードウの)手柄である。私にできることはクープのエッジやその奥にある深い暗闇を見つめてため息をつくことぐらいだ。深淵を見つめるとき深淵も私を見つめているのだろうか。そうであってほしい。

パンを焼くために使わせてもらいます