みみずがたくさん死んでいた話(今朝は、オレンジジュース)
みみずがたくさん死んでいた。アスファルトの上で、とても目立っていた。とぐろを巻いているもの、一の字のように真っすぐなもの……。
「とても目立っていた」はずなんだけど、そう思っていたのは、ぼくだけかもしれない。周りには人がたくさんいたけど、誰も気にとめていないようだった。たぶん、俯かないからだろう。たとえ踏んでも、気付かないかもしれない。
ぼくは、見知らぬ墓地に無遠慮に入り込んでしまったような、そんな罪悪感に苛まれた。
――……というのが、昨日の出来事。
――……。
――ぼくは、どうすればよかったんだろうね。たとえば、辺り一面に水を撒けば、みみずは元に戻ったのかな。
――生き返ることは、ないわよ。
――……そうだね。
アルネは神妙な顔で、ぼくの話をじっと聞いてくれた。
ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。
――ごめんね、こんな話。でも、誰かに言いたかったんだ。というより、吐き出したかったというか。
――うん……うん。
――アルネ?
――オレンジジュース飲みたい。暑いから。
――ああ、うん。
パックの封を開けながら、朝からする話じゃなかったな、と思う。けれど。ぼく一人で抱え込むには、なんだか荷が重すぎたから。「たかが、みみず」と考える人もいるかもしれないけど。それでも。
――はい、どうぞ。
――……酸っぱい。
――100%です。
――氷、入れてないのね。
――入れた方がよかった? ごめんね。
――ううん。薄くなっちゃうから。これがいい。
オレンジの酸味が、口の中にさあっと広がる。舌の上に残った鬱々としたことばを、洗い流してくれるようだった。
――「そんなもの、気にしてどうするんだ」
――?
――……って、舌打ちするんだろうね。ぼくを生んだ人達は。
――私は、しないわよ。
――知ってるよ。
――どうしてかしらね。
――「どうして」?
――本当かどうかもわからないことに振り回されて、でも足下の死に気付かない人達が、たくさんいる。
――……自分が生きる方が、大切だから。
――君は、そんなこと思ってないくせに。
――まあ……ぼくよりみみずが生きてくれた方が、よっぽど世のためになると思うけど。
――好きじゃないけど、嫌いでもないわ。その考え。
――それはどうも。
――死んだみみずのことを想うのを、悪いことだと思わないでよ。
――……他の人にとっては、悪いことかもしれないから。
――君にとっては?
――悪いことじゃないよ。
――それでいいのよ。
アルネは、ふんと鼻を鳴らした。そうだね。ぼくはぼくの思いを大切にすればいい。それだけのことなんだ。
ぼくは、抱えていたものを軽くしてくれたお嬢さんに、おかわりを淹れてあげることにした。
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