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4.女神とロ万(前編)

「ちょっと変わった子だなぁ…大丈夫かなぁ」

ふうーっと深いため息をついて白衣を着た男性は首を傾げながら足早に歩いていく。

病院にしては珍しい円柱状の建物。
男性が歩いている通路はその建物から古い校舎のような建物に続いている。

霞ヶ丘酒井総合病院の薬剤部はその奥にあった。

総合病院の薬剤部はどこも地下だとか建物の奥だとか何故か陰気くさい場所に位置することが多い。
まるで、すみっこに追いやられているかのような図だ。

古い建物に入り奥までいくと、その扉はあった。
男性は扉を豪快に開け薬剤部の中に入っていく。

「相沢主任ー!相沢主任ー!いますかー?!」


男性の野太い声が薬剤部内にこだまする。

他の薬剤師スタッフはその声に顔をあげるも自身の業務がある為か、持ち場から離れず聞き耳を立てて作業している。

「なーーーにーーーー?今、輸液調製してるから手ぇ離せないんだけどぉーーーーー」

トーン高めのしっかりした女性の声が奥から響いた。一番奥の個室から顔だけ、ひょこんとセミロングの女性が顔を出した。

顔を出してる位置がだいぶ低めなのは、恐らく座りながらクリーンベンチ(※無菌で研究用試料や薬剤等を調整する為の装置)で薬剤を調製しているからだろう。
彼女が顔を出したのは一瞬だけ。すぐ引っ込んだ。

男性は奥の個室に近寄りながら問いかける。

「輸液調製あと、どれくらいで終わります?実習生が今日からうちに来るって話してましたよね?今、医事課で挨拶させてるんですけれど、主任にも挨拶に伺うので話す時間作って頂きたいんですよ」

男性は少し慌てている様子だが、彼女はそんな男性の様子に心配する仕草も見せず薬剤の調製に集中している。

注射筒から薬剤を輸液バッグに混注した後、器具を一旦置き彼女は口を開いた。

「あと5バッグ3分で片付けるから。それくらいの時間、笠松くんなら稼げるでしょ。実習生をうちの病院で面倒をみたいって言い出したのは君だし。実務実習指導薬剤師、頑張って取得したんだから、そんなにおどおどしない!」

優しい声なのに後ろからグッと押されるようなプレッシャーのある一言だった。

男性がヒイッと息を吸う音が聞こえたすぐ後に

「3分頑張って稼いできますっ」

と向かう足先を薬剤部入り口へ方向転換し、小走りに男性は出ていった。

「初めての薬学部6年制の実習生受け入れに、初めての実務実習指導薬剤師ねぇ…どうなることやら」

ボソッと一言そう呟き、相沢美咲は薬剤が入っている小瓶を人差し指でピンッと弾いた。


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薬学部が6年制になったのはここ最近の話だ。

病院と薬局の実務実習の期間が延び、研究を必須として組み込んだカリキュラムに変わって4年制から6年制へ。

薬学生は薬局、病院と各々2ヶ月半の期間実務実習をこなす。日々、実習レポートを提出して学びながら過ごしていく。

その実習をこなす薬学生の面倒見るのにも働いてる薬剤師側は資格が必要なのである。

実務実習指導薬剤師という資格で薬剤師の一定の経験年数を必要とし、さらに座学と実務を含めた研修を2日間みっちりこなして取得となるハードな資格だ。

その研修は受けるのにも倍率がある程度高く実習生を取りたい薬局や病院の薬剤師がこぞっと参加する為、枠に入れないこともボチボチある。

相沢美咲の部下、笠松彰はそれらの条件を全てクリアして資格を取得した。

こんなに忙しいのに実習生を取る余裕はない、と言い放った美咲にしつこく喰い下がったのは笠松だった。

「うちは優秀で素敵な薬剤師が沢山いるのに、薬学生に見てもらわないでどうするんですか。僕が責任を持って資格を取得して学生の面倒をみます」

倍率がそこそこ高い研修の枠も見事に押さえてきた笠松の粘りに美咲は折れた。

恐らく却下しても諦めが良くないからそこらの雑草のように何度も挑戦してくるだろう、この部下は。
ならば、やりたいことを思いっきりやらせてあげれば良いと。

気が弱そうにみえる笠松だが、コミュニケーション能力が高く病棟の看護師や入院患者からすこぶる評判が良かった。

人望がある。それは本当に救いだ。
病院スタッフの一部として。
一緒に仕事をしている薬剤部の人材として。

美咲は全て見込んで、今回の実習受け入れを見守ることにしたのだ。


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キッチリ3分後、美咲が輸液5バッグ分の混注を終えたその瞬間に笠松が薬剤部に帰ってきた。
隣に白衣を着たショートカットの小柄な女の子を連れて。

「相沢主任、今戻りました。医事課と看護部長には挨拶してきました。あ、藤本さん、こちら薬剤部主任の相沢美咲先生。挨拶して。」

はい、と女の子は一歩前に出て頭を下げる。

「初めまして。日丸大学薬学部5年生の藤本歩実です。本日から2ヶ月半と短い間ですが、よろしくお願いします」

美咲も会釈して挨拶する。

「主任の相沢です。2ヶ月半よろしくお願いします」

一連の挨拶やり取りが終わり、笠松が説明に入る。

「藤本さんの担当は僕が受け持つので、病棟の見学や調剤はほぼ同行するような形になります。主任には僕がどうしても手が離せない時フォローに入って頂いて良いですか」

すかさず、美咲が一言入れる。

「フォローは入るけれど事前に言ってね。土壇場だと私も別の仕事が入ってフォローに入れないことがあるかもしれないし。」

あ、勿論です、と少しワタワタしながら笠松が返答する。

美咲は時計を確認した。もうすぐ10時だ。
病棟会議の時間が迫っている。
※コメディカル(医師を除く医療従事者の総称)の参加も求められている為、薬剤部は主任の美咲が会議に毎回出ている。

「私、そろそろ会議行かなきゃ。笠松くん、今日は初日だけれど日程もう決まってるの?」

あ、はい!と笠松は白衣のポケットからA5の紙を取り出した。

「午前は病棟回って挨拶ついでに薬剤の管理について説明しようと思って。午後は調剤業務と座学。僕が病棟に服薬指導に行かなきゃいけない時間があるので少しだけ彼女には自習してもらおうと思ってます」

ほほぅ、と反応しながら美咲が机の上にあった書類を手にとり、薬剤部入り口へと踵を返した。

「しっかりスケジュール組んでるのね、まあ、また何かあったら私のピッチに連絡ちょうだい」

片手を上げて「バイバーイ」とでも言いそうなハンドサインを彼ら送り、美咲は薬剤部を後にした。


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会議が長引いた上に、検査部からの培養検査確認の要請もあって、美咲が休憩に入れたのは午後の16時だった。

ちょうど笠松が病棟へ服薬指導に行っている時間らしく、実習生の藤本歩実は休憩室で自習していた。
恐らく優秀なのだろう。笠松に渡された課題プリントの空欄は全て埋まっており、実習のメモを見返しながら何かを調べていた。

「あら、自習中なのね。お疲れ様です」

ふう、と一息ついた美咲は歩実に声をかける。

「お疲れ様です。あの…」

何か聞きたそうにしている歩実に、美咲は、どうしたの?と返す。

「午前中、笠松先生に病棟で管理している薬剤について教えて頂きました。ソセゴン注射液というお薬なのですが」

霞ヶ丘酒井病院では緊急臨時薬にソセゴン注射液を採用しており、各場所で看護師や医師が使用できるようにしてある。

ソセゴンは法律規制がかかる向精神薬(※中枢神経系に作用し、生物の精神活動に何らかの影響を与える薬物の総称)であり、鎮痛、解熱、時には麻酔の補助として使われる薬剤である。

外来、救急室の鍵のかかる金庫を設置して薬剤を配置。その薬がきちんと保管されているか数を確認し、使用された場合は薬剤部から補充をする。

こういった病棟の金庫に置いてある薬を管理、補充するのも病院薬剤師の役割だ。

「こういうお薬って紛失したらテレビでニュースになったりするじゃないですか。管理凄く大変だと思うのですけれど、毎日やってるのですか?」

そうねー、と美咲は彼女の質問に答える。

「毎日やってるわよ。まあ、確認する薬剤師はローテーションさせてるけれどね。今月は笠松くんが担当なの。いざって時に薬がすぐ使えないってなったら困るし法律に触れるお薬だから管理もキチンとしなきゃいけない。法律破りになってニュースにでもなったら、業務停止になる可能性もあるし、患者さんに迷惑かけることにもなるからね」

コクコクと頷きながら歩実はメモをしている。

「休憩時間なのに、聞いちゃってすみません。ありがとうございます」

いいえ、と美咲は快く返す。

「そういえば、うちに実習くる前は薬局実習に行ってたのよね?今回のうちの実習で両方見ることにはなると思うのだけれど、5年生だし就職どこにしようとか考えてるのかしら?」

ただ、なんとなく気になったから質問をしただけ。
美咲はそういうつもりだった。

歩実の口から淡々とその返答は返ってきた。

「ドラッグストアか薬局かで考えております。病院は無いですね。仕事の割に給料が見合わないですよ。こちらの病院の薬剤師の給料、ホームページで見ましたけれど、あの給料でこれだけの仕事やってるとか信じられないです。今日だって笠松先生について回りましたけれど、忙しそうでしたしね。」

美咲は唖然とした。これが今の時代の子達なのか。
建前というものはないのだろうか、と心の中で静かに問答した。

「まあ、確かに激務ね。」と美咲の短い言葉の後に歩実は話を続けた。

「薬剤師って7割が女性だって言われてますよね。病院で福利厚生が良いところってあんまり聞いたことないですし。結婚とか出産とか考えたら不利です。なので、相沢先生は本当に凄いと思います。私、病院に就職するつもりがないので、この病院実習で精一杯吸収して持ち帰るつもりです。よろしくお願いします。」

歩実はペコッと頭を提げて、薬物治療マニュアルを広げながら調べ物の作業を再開した。

「こちらこそよろしく。調べ物、頑張ってね~」と一声かけて美咲はロッカーから財布を引っ張りだし休憩室を後にした。そのまま購買へ向かう。

褒めてるんだか、貶してるんだか。
凄く頭は良いけれど遠慮は全くない子だった。

悪い子じゃない。悪い子じゃないんだけれど。
私と20歳以上、年が離れてるからなのか。

それとも薬学部4年制から6年制に変わってから随分経つから今の時代の子達はこういう感じなのか。
私の時はこんなこと堂々と言ったらきっと叱られていただろうな。

こんなにモヤモヤするのはお腹がすいて糖分が足りてないからだ。と美咲は自分に言い聞かせる。

同時に不安がよぎった。

いや、まだ初日なのにこんなことを考えてしまうのは、これから頑張ろうとしている彼に申し訳ないのだが。

「笠松くん、あんな子相手に大丈夫なのかしら。」

とりあえず、一旦様子を見よう。
そんなことを考えながら、美咲は購買でお茶とおにぎりを購入する。

後に美咲のこの不安が大当たりすることになるとは。誰もが想像してなかったであろう。

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歩実の実務実習が始まって2週間が経過した。

この日は入院患者の受け入れも少なく美咲は定時で帰るところだった。ロッカーから荷物を取り出していると後ろから「主任!」と声がした。

笠松だった。

「ちょっと相談があって…今日早めに帰れるところ申し訳ないのですが、少しだけ時間頂いていいですか?」

申し訳無さそうに手を合わせてお願いされたら、美咲も断れない。

「娘にいつも1人ぼっちで留守番させていて、今日久しぶりに早く帰れるから本当に少しなら。相談って何?」

回りに誰もいないことを確認して、笠松は話し出す。

「実習生の藤本さんなのですが、無視されるというか、僕の話を全然聞いてくれなくなっちゃって。厳しくしたつもりはないですし、放置しないように気をつけているのですが、何か彼女の気にさわってしまったのですかね」

しょんぼりした笠松を見るのは久しぶりだった。

いくら笠松のコミュニケーション能力が高いとは言えど相手側にシャットアウトされたら、手も足もでない。

「藤本さんが、そういった態度になったのはいつからか分かる?」

美咲の問いに「うーん」と一瞬考えてから笠松は絞り出すように答えた。

「ここ最近だと思いますよ。2・3日くらい前からだったかと。質問も増えてきたから良かったなって思っていた矢先です。彼女の中でもともと病院薬剤師にあまり良い印象がないので仕事見てたら嫌になっちゃいましたかね…」

歩実が病院薬剤師に対して負の印象を抱いていることを笠松も知っていたようだ。

美咲は以前、休憩室で歩実とのやり取りを思い出していた。

「いや、病院薬剤師にそういった印象を抱いていても学ぶ姿勢に関しては堅実だったわよ。この実習で全部吸収して持ち帰りたいって言ってたくらいだしね」

2人で意見を出しあったものの、所詮本人にしか分からないことだ。

「分かったわ。今度、私の方で時間を作って藤本さんと面談してみる。それが確実でしょ。心配ごとが災いして笠松くんの仕事に支障が出たら、こっちもたまったもんじゃないからね」

笠松は目を見開いた。

「主任……!良いんですか?本当に、本当にありがとうございます!」

笠松はペコペコと頭を下げた。

僕まだ残ってる仕事があるんで…お時間作って頂いてすみません!と彼は後ずさって仕事に戻っていった。

気を取り直してロッカーから荷物を取り出した美咲は帰路に着いた。ふう、とため息をついて呟く。

「仕事増えちゃったけど、ま、いっか」

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美咲が自宅のドアを開け帰宅するなり、いい香りが漂ってきた。
ドアが開いた音に気づいたのか中学生の娘がニコニコしながら玄関まで小走りしてきた。

「お母さん、お帰り!」

美咲は申し訳なさそうに謝る。
「ごめん、予定してた時間よりちょっと遅くなっちゃって」

ちょっとくらいいいよ、と彼女は気にしてもいない様子だった。美咲の手を引っ張ってキッチンまで誘導する。

「それより見てよ。今日タコライス作ってみたの。お母さん早く帰ってくると思って。美味しくなかったらごめんね」

テーブルの上には2人分のタコライスとサラダが用意されていた。作りたてなのか、タコライスから湯気が上がっている。

「ううん、ありがとう。凄く美味しそう」

どんなに仕事が激務でも美咲が頑張れるのは娘の存在があるからだ。
シングルマザーになると決めてからずっと1人で頑張ってきた。仕事が終わる時間が遅くて寂しい思いをさせていることも多い。でも幸せにしてあげたい。

現実と自分の希望との間で自問自答をしながら毎日を過ごす。それでも転職しようと思わないのは病院薬剤師という仕事が好きだし、この仕事が自分の性分に合ってるんだと肌で感じているからだ。

飲み物を入れるコップを用意してくれている娘を見ながら、美咲はふとテーブルの脚に何かが置いてあることに気付く。

「あ、それ、さっきお母さんが帰ってくる少し前に届いたんだよ。受け取っておいたけれど、中身なんだろう?」

彼女は首を傾げたが、美咲にはすぐ分かった。
細長い段ボールの側面にはゴシック文字で「谷芯」と印字してある。差出人の名前はない。

「これ多分ね、私のお友達からだと思う」

そう言うと美咲はハサミを用意して段ボールの切れ目に貼ってあるクリアテープに切れ込みを入れた。
親指を切れ込みの隙間に入れ込むとパカッと綺麗に段ボールが空いた。そのまま、手を突っ込む。

取り出した瓶のラベルの色は黒に近かった。
「ロ万   ろまん  ~ROMAN~」
アルファベットは筆記体で記載され、文字は全て金色の装飾を施している。

(前にも送ってくれた。いつも何か悩んでるタイミングでお酒を送ってくれる、やっぱりあの人だ…)

段ボールの奥を探るとカサッと音がして指先に紙が当たる感触がした。美咲はその紙を摘まみ、引っ張りだした。

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【相沢 美咲  様】

以前、お送りした純米吟醸「ロ万」はいかがでしたか。
飲んで頂きたいタイミングがきたので、貴方様の大好きな「ロ万」をお送り致しました。ご存知の通り、南会津町の花泉酒造のお酒でございます。今回は福島県のお米「福乃香」で醸した特別な純米大吟醸です。

会津で生まれた米と水を使って南会津の蔵人で造る。
伝統的な手法を用いた地酒です。この、こだわりは変わっておりません。「ロマン」を持って醸しております。

なお、この商品は貴方様のご友人からお代を頂き配送しております。

心置きなく会津のお酒をお楽しみください。

酒屋・谷芯

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そうだ。私の原点は。

以前、谷芯からお酒を送ってもらった時のことを思い出す。あの時送られてきたのは、ピンク下地でオーロラがかかったラベルの純米吟醸のロ万だった。

【ロマンをもって仕事をする】

この言葉に当時、美咲はどれだけ救われただろうか。
泥臭くても辛くても情熱をもってやることをやっていればその先にはそれなりの結果が待っている。状況は今でも同じだろう。

娘にワイングラスを取ってもらい、お酒を注ぐ。

以前飲んだロ万とは味が異なり、後味がスッキリしていた。
このお酒を造ってる彼らはこだわりを変えていない。
変えたら、それは「ロ万」ではなくなってしまう。

「まーた日本酒に助けられちゃったな…」

美咲がボソッと呟く横で、娘が「それ美味しいの?」と聞いてくる。

 「凄く美味しいお酒だよ。貴方が二十歳になったら一緒に飲もうね。約束。」
 
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娘が眠りについた後、美咲はSNSを開いた。
自分のアカウントをフォローしてくれているリストをスクロールしていく。

指が止まったその先には「雪中百姫の酒配便」というアカウント。
そのプロフィールには一言だけ「福島のお酒、貴方の心に届けます」と記載があった。
メールマークをクリックしてDMを打つ。

「お酒、送って頂いてありがとうございました。いつかお礼をさせてください。」

送信マークを押して、スマートフォンを充電器に繋げる。返事は返ってくるか分からない。
美咲は布団に潜って眠りについた。

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美咲が、笠松から相談を受けて1週間が経過した。

仕事もある程度落ち着いて時間に余裕が出てきたので美咲は、歩実と面談しなくてはと考えていたところだった。

朝の業務がまだ始まって間もない時間帯に病棟から薬剤部宛てに一本、電話が入った。コール音が鳴ってすぐ笠松が電話に出る。

「はい、薬剤部の笠松です。………え?………。分かりました!すぐ持って伺います!」

書類を整理していた美咲がふと顔を上げる。
電話を切った笠松の顔は青ざめていた。

「笠松くん、今の病棟からの電話って…」

ただ事じゃないと察した美咲が笠松に声をかける。

「救急室のソセゴン注射液が使っていないはずなのに金庫から無くなっているって…今すぐ使いたいから薬剤部から持ってきて欲しいって看護師さんからの電話で…。僕、救急室行ってきます!」

「え…?!ちょっ、どういうこと…」

美咲が止める間もなく、笠松は金庫からソセゴン注射液を取り出し薬剤部を飛び出して行った。


ー 女神とロ万(前編) 完 ー
後編へ続く


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