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人生を再選択せよ

今日は少し私自身のことを書きたいと思います。

とは言え、これは記憶であり記録ではありません、その当時起きた出来事に対して、私が意味付けを施したものです。

そしてこの話は、私が今の私であることを再選択するまでの話になります。

長くはなりますが、読んでいただければ幸いです。

私が産まれたのは、六畳一間の古い借家、家族は母と父と祖母、父は単身赴任で祖母は一人暮らしをしていたので、いわゆる母子家庭、という環境でした。

貧乏だったかと聞かれれば、普通だったと言うのが、私の印象です。

話そうと思えば色々な出来事がありますが、今回はタイトルの通り、私が今の私を選ぶことのきっかけとなった話を、しようと思います。

だとすれば、今回一番語るべきなのは両親の教育についてでしょう。

まず母の教育ですが、私の記憶では勉強よりも礼儀正しくあることを重要視していたように思います。

確かに礼儀正しくあることは、社会で生きていく上で勉強よりも役立つことかもしれません。

ですがこの教育は後に、私の中で一つの疑問を生むこととなりました。

そのきっかけを作ったのは父の存在でした。
父は母とは違い、楽観的かつ自由奔放な性格でした。

勉強や礼儀よりも、いかに自分らしく生きるかを大切にしていました。

単身赴任だったこともあり、たまにしか会うことは出来ませんでしたが、私に対して何かを強要することはありませんでした。

口数こそ少なかったように思いますが、たまに私に諭すように話しかけるその内容に、自由と勇気をもらったように感じます。

その中でも一番心に残っているのは、「ルールは破る為にあるんだぞ」という一言でした。

それまで礼儀正しくあること、母の言うことを聞くことが善だと教えられていた私にとっては、衝撃的な一言でした。

そして、その後こうも言っていました「ルールは破る為にあるけど、その責任は自分で取らなければいけない」·····と。

私は現在、アドラー心理学にもとづいた思想の元、行動していますが、アドラーを知る以前から、その思想に触れていたのかもしれません。

とは言え、私がアドラーに出会ったのはごく最近のことであり、それまでには沢山の葛藤がありました。

両者の教育に挟まれ、荒れた時期もありました、ですが学生時代の私は、母がいないと生きていけなかったのも、また事実です。

バイトを禁止されていたこともあり、生活の全ては母に依存していました。

直接反抗すれば私が生きていけない、ではどうするか?

答えは簡単です。学校に行かない、間接的に母の言い付けを破ることで心のバランスを保ったのです。

これは私に限った話ではなく、今現在、似たような境遇で悩んでいる方も多いかもしれません。

ですがそれも時間が経ち、学生時代を終え、社会に出ることで状況は少し変化します。

良い変化か、はたまた悪い変化か、それは自分の選択次第ですが、私の場合は後者でした。

就職し、新しい環境に身を置いた私は、まずは礼儀正しくあることを最優先しました。

最初こそは評価され、それが私の武器となったのも事実です。

ですがそれも長続きはしませんでした·····。
私が礼儀正しくあることで過大評価されるということは、その後の評価に大きな影響を与えます。

浅い関係ならそれでも問題ないかもしれません、ですが仕事の関係となると話は変わります。

第一印象が良い分、その後更に評価されるには多大な努力が要求されます。

ですが私にはその努力をするだけの勇気がありませんでした。

結果として礼儀正しくあることは、自分の首を絞めることになったのです。

その後は出来ないことに対して言い訳ばかりを並べ、課題から逃げる毎日でした。

そして事態は父の死をきっかけに更に悪化することとなります。

成人を迎える前の年でした·····。あれだけ自由と自信に溢れていた父が、自ら命を絶ったのです。

私も母もショックを受け、受け入れることが出来ませんでした。

そして母は父の葬儀に行かないという選択をし、私はそれに激怒しました。

何故なら私にとってそれは、裏切り以外の何物でもなかったからです。

あれだけ礼儀正しくあることを善としてきた母が·····。

私にとってそれは、今までの全てを壊す行為にほかなりませんでした。

父の遺体を目の当たりにした私は、この時決意したのです。

そう·····。目の前の常識を疑う決意を。

その後母と決別した私は、狂ったように周りに逆らいました。

目の前の常識を壊すべく·····それが私の「善」でした。

これは道徳的な意味の善ではなく私にとっての善、という意味です。

その後どうなったかは言うまでもありません。

当時美容師を目指していた私は、最終的に職場に顔を出すことも出来ないくらいに自分を責め、免許取得をきっかけに会社を去りました。

行き詰まった私は自分を変えるべく奔走し、その時出会ったのが心理学という学問でした。

そして学びを深めるうち、自分は変えることが出来るものだと知り、それに伴って他者も変わることを知りました。

再就職には一度失敗し、挫折も経験しましたが、それでも何とか新しい職を得ることが出来たのです。

そしてこの時、私はアドラー心理学に出会いました。

これまで学んだものとは全く違い、理解を深め、実践していくうちに世界が変わったかのような衝撃を受けました。

ですが勘違いしてはいけません、変わったのは世界ではなく私自身、さらに言えば、変わる決意をしたのはこの私、なのです。

人生を再選択することには、確かに勇気がいることでしょう。

ですが最後まで読んでいただいた方に、私は言いたい。

「大切な誰かを失ってからでは遅い、それが憎むべき家族だったとしても、です。」

他の誰でもない、あなたがやらなければならない。

私の話が誰かの勇気に繋がることを心から願っています。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

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