美咲はスポットマンに恋をする
第一章 失恋
大輔には、ずっと憧れている先輩がいた。中学時代の先輩、西園寺桜子(さいおんじ さくらこ)は全校生徒から大人気で、誰にでも優しく、お上品で、おしとやか。まさに大和撫子を絵に描いたような女性だった。
「桜子先輩って、本当にすごいよなぁ」と、友達がため息交じりに言うのを耳にするたび、大輔は胸が高鳴るのを感じていた。
桜子先輩は、いつも優しくてみんなから尊敬されていて、先生たちからの信頼も厚い。男子たちはみんな「桜子先輩は大和撫子だ」と言い、女子たちは彼女をお手本にしていた。その存在は、学校全体にとって特別なものだった。
大輔が中学2年生の時、文化祭の準備をする文化祭実行委員で一緒になった。桜子先輩は生徒会長として文化祭の準備を取り仕切っており、二人は自然と一緒に活動する機会が増えた。
「本当に頑張ってくれてありがとう、大輔君。君がいなかったら、こんなに順調に進まなかったわ」
微笑む桜子先輩の言葉に大輔は心から嬉しくなった。
「先輩こそ、いつも頑張ってるし、歩き方とか挨拶の仕方とか、素敵です!」と大輔はせっかくの機会にありきたりなことしか言えない自分を情けなく思った。それを聞いた桜子先輩は一瞬だけどこか寂しそうな表情を見せた。その理由が大輔にはわからなかったが、その瞬間が大輔の心に強く残った。
時が経ち、大輔が中学3年生になってしばらくすると、桜子先輩が名門の聖ユリウス学園に入学したことを知る。聖ユリウス学園は偏差値が高く、大輔には夢のまた夢のような学校だった。しかし、大輔は「合格という奇跡を起こせば、先輩ともお付き合いできるという奇跡も起こせるかもしれない」と信じ、猛勉強を始めた。
髪が伸び、昼夜問わず勉強し、視力が悪くなってメガネを掛けても構わず勉強を続けた。いつしか髪は願掛けとして合格するまで切らないと決め、周囲からは「カッパ」と呼ばれながらも、興味がない様子で勉強を続けた。その結果、念願叶って聖ユリウス学園に合格することができたのである。
入学式を終えた大輔は、校内を歩き回りながら桜子先輩を探していた。見慣れない制服に身を包み、新しい環境に緊張しつつも、桜子先輩との再会を心待ちにしていた。
「大輔君!」と後ろから声がかかり、振り向くと桜子先輩が笑顔で立っていた。「先輩!」と舞い上がる大輔。桜子先輩は驚いたように言った。「うちの学校に入学してたなんてびっくりしちゃった。高校でもよろしくね。」
「ははは。苦労したけど、何とか、、、」としどろもどろに答える大輔。
その夜、大輔は決意を固めた。「明日、桜子先輩に告白しよう。」
翌日の放課後、大輔は校門前で桜子先輩を見つけた。意を決して話しかけようとしたその時、真っ赤なスポーツカーが桜子先輩のすぐ近くに止まった。「ごめん、待たせた?」と、中から金髪でタバコを吸っている危ない男性が出てきた。
「お、何?これから桜子とデートなんだけど、お前は?」と男性は大輔に問いかけた。桜子先輩は「デートってやめてよ」と軽く否定しながらも、その男性についていこうとしていた。
「よく見たら、髪長いし、メガネだし、カッパみたいだなお前」と男性は大輔をからかい、桜子先輩は「ねーやめて」と軽く否定するだけだった。
「ごめん、大輔君、私行くね」と桜子先輩は言い残し、スポーツカーとともに去っていった。
一人残された大輔は呆然と立ち尽くし、絶望に打ちひしがれる大輔の心を表現するかのように雨が降り始めた。雨は勢いを増し、30分ほど経った頃には、大輔は時間の感覚もなくただ立ち尽くしていた。ただ、動く気力も無く、涙を洗い流してくれる雨は今の大輔にはちょうどよかった。
雨が次第に落ち着くと、シトシトと静かな雨音を響かせるのみとなった。
その時、ふと大輔の頭に傘が差し出された。「いつまでもそのままだと風邪ひくよ」と女の子の声が聞こえた。振り向くと、少女が立っていた。これが藤井美咲(ふじい みさき)との出会いだった。
第二章 出会い
美咲に声をかけられようやく現実に戻ってきた大輔は、ぽつりと口にした。「俺は振られたんですよね?」。その言葉に続けて「あ、すみません、見ず知らずの人に、迷惑ですよね」と早口で悲しみをごまかそうとした。
美咲はそんな大輔を見て、静かに言った。「どうかな、私、恋愛って疎いし。」彼女はスポーツカーの行った先を見て、呆れるような心配するような複雑な表情を見せた。
「傘、大丈夫です。」大輔が気まずそうに言うと、美咲は一瞬困った表情を見せた。
美咲は傘を無理やり大輔に押し付けて、「そろそろ行くよ。」と言いながら先に歩き出した。
「どこに行くんですか?」と大輔が驚いて尋ねると、美咲は振り返り、「部室だよ、部室」と答えた。
「部室?放っておいてくださいよ!」大輔は慌てて言ったが、美咲は聞く耳を持たずに言った。「あんたみたいなやつを放っておけるわけないでしょ。」
「でも、俺は……」大輔が続けようとするが、美咲は振り返りもせずに歩き続ける。
「とにかく、早く来て。風邪を引くと悪いでしょ。」
大輔は仕方なく、美咲の後を追った。彼女の強引さに呆れつつも、今の最悪な気分を紛らわすにはちょうど良かった。
部室に到着した二人。美咲は躊躇なく部室を開けようとする。
「うわ!いきなり開けないでくださいよ。」
大輔は顔を背けた。
「着替えてるとかそういうの無いから。」
美咲は呆れたように言った。
美咲に手を引かれた大輔が部室に入ると、チアリーディング部の部室には明るい声が響いた。
「あー美咲、何してたん?」
ショートカットの女性が声をかけた。髪の色やメイク、ネイルを見るといかにもオシャレな人で大輔とは正反対に見える。
「ん?美咲が新入生連れてきてるよ。こんな手が早いとは思わなかった。」
小柄な女性が冗談めかして話した。小柄だけどよく見ると非常にグラマーな体型で、上目遣いで大輔を見る姿は守ってあげたくなるような、年上に人気なんだろうなって印象だ。
「そんなわけないでしょ。校庭で西園寺桜子に振られて雨でずぶ濡れだったから拾ってきただけよ。」美咲はあっさりと答えた。
あー、と二人はうんざりしたような様子を見せた。「この時期は西園寺桜子に振られる人が増えるのよね。」
桜子の名前を聞くと一瞬、二人は真顔になったがすぐに元通りになった。
「春だからって浮かれすぎ。」と二人は話す。
しばらくして自己紹介となった。
「私は佐藤杏奈(さとうあんな)。よろしくね。」ショートカットの女性が答えた。
「私は伊藤舞(いとうまい)。新入生くんの名前は?」
小柄な女性は話しながら、ずいっと距離を詰めてくる。
ち、近い。
「ほ、本田大輔(ほんだだいすけ)です。」
大輔は戸惑いながら答えた。
「私は藤井美咲(ふじいみさき)。使って」と美咲はタオルを投げながら話した。
「ところで君、髪めっちゃ長いね。」杏奈が話す。
「合格するまで切らないって決めてて。」大輔は恥ずかしそうに答えた。
「なになに、今時願掛け?大輔君、面白いね。杏奈、大輔君の髪切ってあげれば?」
舞はにやにやしながら話した。
「いやでも悪いよ。男の子の髪切ったことないしさ」杏奈は遠慮がちに言った。
「美容師志望なんだから何事も経験じゃん?」舞が話す。
「大輔君がいいならいいけどさ?」杏奈は遠慮がちに言った。
「この髪は桜子先輩に告白したら切ろうって決めてて、、、」
「よし、切ろう!」美咲が大声で言った。「もう振られたんだからウジウジしない!」
「まだ告白はしてません!まだ、、、」大輔は悲しそうに話した。
しばらくの沈黙を破って杏奈が言った。「うちらってチア部でさ、人を応援したり、落ち込んでる人を支えたり、元気になってもらうのが好きなんだ。」
「もしよかったら大輔君も元気になってほしいなって思う」
「美咲もチア部に来たら元気になれると思ったから連れてきたんでしょ?」舞が付け加えた。
美咲は照れたように視線をそらし「放っておけなかっただけ!捨て猫と一緒。」と話した。
しばらくして大輔のカットは終わった。髪をカットして貰う度に先輩への想いが切り取られ軽くなっていくようだった。「大輔君はメガネよりコンタクトの方が似合いそうかな。私の使い捨てコンタクト使って。」
どうにでもなれ、とされるがままの大輔だった。
「面白そう!」と舞が加わり、数分間騒々しい時間が続いた。
「おーいいじゃん!いいじゃん!」舞の言葉で美咲も大輔を見た。
「ど、どうですか?」と美咲を見つめて話す大輔を見て、美咲はドキドキした。「思ったよりいいよ。」美咲は素敵だと思ったけど面と向かっては言えなかった。
第三章 成長
「なぜこうなったんだろう?」大輔は昨日の出来事を思い出しながら、体育館に向かっていた。「次の日ユニフォームを着て集合なんていうから来てみたけど…」
体育館の前に着くと、澄んだ青空が広がり、心地よい風とは裏腹に、大輔の心は緊張と不安でいっぱいだった。
「大輔っち、こっちこっち!」杏奈の明るい声が響き、大輔は少し安心した。体育館に入ると、賑やかな雰囲気に包まれた。床にはマットが敷かれ、部員たちが柔軟運動をする姿や筋トレに励む姿が見える。
「今日は第3体育館の半分だけ借りられたからそこでやるよー」
来てみると15名近くの部員がいた。「お、大輔、遅いぞ。」美咲が練習前の集合をかけているところだった。
「ちょうどいい、今日は新入部員がいる。自己紹介してくれ」
「お、おれ入るって決めたわけじゃ、、、」
「1年生の本田大輔くんでーす。みんなよろしくねー。」舞が勝手に自己紹介してしまう。大輔は戸惑いながらも、部員たちの視線を感じて冷や汗をかいた。
「どうせ女子目当てでしょ」など陰口が聞こえてきた。大輔は思わず身を縮めた。
「まずはアップして、柔軟、筋トレいくよー」美咲の声が響き、部員たちは一斉に動き始めた。
大輔は早くも疲れ果てた。「チアリーディングって野球やサッカーの応援をするものだと思っていたのに、これじゃ普通に運動部じゃないか!」息を切らしながら心の中でつぶやいた。
「大輔!鍛え方が甘い!自主トレメニュー作ってやるから夜もやっておけ」
「ええ!?」
「次はスタントの練習だ。大輔は初めてだから見学して、ベースの方に入ってくれ」
「ベース?」
「下の土台になる人だよ。まぁ見てて」美咲と杏奈と舞がダブルベースサイスタンドを披露する。美咲が軽やかに指示を出し、杏奈と舞が息を合わせて動く姿は、まさに芸術的だった。
スタントの基本的な構成は、トップ(フライヤー)、ミドル、ベース、そしてスポッターの4つの役割からなる。ベースは土台となり、ミドルを支え、トップを空中に投げ上げる。トップは軽くて柔軟性があり、バランス感覚に優れている必要がある。スポッターは安全を確保し、失敗した場合に支える役割を果たす。
「おー、すごい」
「私と大輔でベースになる。舞はトップで頼む」
「了解〜」
「せーの!」
「う、うわ」大輔はバランスを崩し、舞のお尻を触ってしまう。
「うひゃー」舞が驚きの声を上げ、大輔は慌てて手を引っ込めるも、バランスを崩して倒れてしまった。
「いたた、びっくりした」
「すみません、オレのせいで」
「初めてだから仕方ないよ」美咲が優しく声をかけるが、周囲からは冷ややかな視線が集まる。
「本田君、舞さんの体触ろうとしたんじゃない?」疑いのムードが立ち込める。
美咲が割って入る。「違うよ、みんな。大輔は初めてなんだから、少しは失敗もあるでしょ。」
結局、部長の美咲のフォローにより事態は収まり、1日の練習を終えた。
「女の子目当てでやれるほどチアリーディングは甘くないから。いつまで持つか見ものだわ」など陰口が聞こえてくる。
気を取り直して帰ろうとすると、部室の脇を通り過ぎようとしたとき、美咲に呼ばれる。
「大輔!今帰り?ちょっと寄ってかない?」
「あ、はい!」
部活後の自主トレで遅くなったため、部室に入ると美咲しかおらず、制汗剤の香りと女子の匂いで、ドキドキした。そんな大輔の反応を見て美咲は微笑みながら大輔を迎えた。
「初日はどうだった?」
「いや、思った以上にきつくて、チアリーディングの才能はもちろんなんですが、基礎体力もないなと感じました」
「ふふ、最初から上手くはいかないよ」美咲は優しく笑った。
「でも、美咲先輩や杏奈先輩や舞先輩には感謝してます。こうやってチアリーディングのことを考えていると、少しは悲しいことを考えずに済みますよ」
美咲は少し驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。「それはよかった。大輔、これからも頑張ってね。」
「明日も部活だから、よろしくね」
「はい!」大輔は遅くまで残って熱心な美咲を見て、自分も頑張ろうと思った。
数日後:自主トレと桜子との再会
それから数日が経った。大輔は部活と美咲が作った自主トレメニューをこなしていた。今日はチア部が休みだから自主トレメニューを少し増やそうと考えた。
大輔が他の部活に紛れて、学校の周りを走っていると校門前で桜子と出会う。
「あ、さ、桜子先輩!」大輔はバツが悪そうに顔をそむけながら話す。桜子も同様にバツが悪そうな苦笑いを浮かべた。
「大輔君、髪切ったんだね。」
「あ、そうですね。なんか前に進みたくて…」
「そっか、なんかごめん」
「いや、桜子先輩が謝る必要ないです」
「どうしてランニングしてるの?」
「あ、いや、実はチア部に入ったというか入らされたというか…」
「そう、なんだ…」桜子は暗い表情をして力なく笑った。
「美咲が誘ったの?」
「え?美咲先輩のこと知ってるんですか?」
「え、ええ、まぁ…」桜子は歯切れ悪く返事する。「私は生徒会の仕事があるから。頑張ってね!」
「高校でも生徒会やるんですね。人望があってやっぱり桜子先輩はすごいや」大輔は感心しながら言った。
「そうね。」桜子は寂しそうな表情をして足早に行ってしまった。
次の日の部活終わり
「つ、疲れた」
いつも通り、部活終わりに自主トレもこなした大輔はカバンを持って帰路につこうとしていた。
「※※※※※」自分の真下くらいから、すごく小さい声が聞こえた。
「え?」そう思ったときにはもうぶつかってしまっていた。
「痛っ」
「うわ、すみません!大丈夫でしたか?」大輔が言い終わる頃には走り去ってしまった。
「こ、小春さん?」小春は小柄だから、運動後の疲れで注意散漫になってぶつかってしまったのかもしれない。それにしても「最近頑張ってるね」と聞こえたのは気の所為だったのか?大輔は深く気にしないことにした。
部室の前を通ると、またしても部室には美咲がいた。何やら明日のメニューを考えているようだった。
大輔は美咲に質問してみた。「西園寺桜子?知ってるよ。だってこの前の3月までチア部にいたからね。」
杏奈が割って入る。「急に生徒会入るって辞めちゃって、桜子目当ての男子も全員辞めちゃったからね。それで女子部員が大輔っちに当たりが強いわけよ。」
「そ、そうだったんですね。」
美咲が続ける。「もともと今の3年生が1人もいなかったから、次は私たちの代が最上級生で、桜子が部長で私は副部長だったんだ。桜子がやめたから私が引き継いだんだ。」
「な、なるほど。」
「それはそうと大輔、なんか体締まってきた?」舞が大輔の脇腹をつまむ。
「うひゃ、舞先輩、やめてくださいよ。」
「いいぞ、その調子でこれからも頼むね。」美咲が笑顔で励ました。
大輔は少し照れながらも、成長を実感し嬉しくなった。
数日後の練習
「お、いいぞ。よくやった!」美咲の褒める声が聞こえる。大輔は初めてベースで、ダブルベースサイスタンドを着地まで成功させた。
「やった!」大輔は心の中で叫んだ。
「大輔くん上手だったよ」トップを務めた舞が精一杯背伸びして頭をナデナデして褒めてくれた。少しドキドキしたが、感動する大輔。
「よし、これからバスケットトスの確認だ。先輩が抜けてポジションが変わったから基本から確認するよ。」
バスケットトスは、チアリーディングの中でも最もダイナミックな技術の一つである。ベースがフライヤーを高く投げ上げ、フライヤーは空中で技を披露する。その後、ベースが正確にキャッチして着地させる。トスの高さやタイミング、キャッチの正確さが求められ、チームの信頼と協力が不可欠だ。
美咲の指示の下、タイミング良く着地成功。姿勢も綺麗だった。
「いけそうだな。」
美咲が続ける。「小春、トータッチまで確認してもいいか?」
トータッチは、フライヤーが空中で足を開いてつま先を手で触る技術である。トスされたフライヤーが瞬時に体を開き、両手でつま先をタッチする。その後、再び体を閉じてキャッチされる。この技術はフライヤーの柔軟性とタイミングが重要で、ベースの安定感も不可欠である。
新浜小春(にいはまこはる)は大輔と同じ1年だけど数日早く入っていて、小柄な体と、子供の頃新体操をしてたバランス感覚や柔軟性を活かして、フライヤーとしてなくてはならない選手になっている。
「よし、トータッチやるぞ。大輔もこっち!」美咲に呼ばれる。
杏奈の指示でスタートしたが、ベースの1人がタイミングを崩し、トスが低くなってしまった。小春の開脚タイミングも遅れてキャッチが難しい。
「危ない!」そう思った大輔よりも早く美咲が反応していたが、間に合わない。
大輔は咄嗟に身を投げ出し、地面にうつ伏せになって小春のクッションになった。「いてて、小春さん大丈夫?」
「あ、う、うん…」
「小春も大輔も大丈夫か?」美咲が駆け寄る。
「私は大輔くんのおかげでなんともありません。」
「俺も大丈夫です。小春さんに怪我なくてよかったよ。」大輔が言うと、小春は美咲に提案した。
「大輔くんは日頃の部活や練習を頑張っていると思います。もしスポットをこなせるようになれば、私もみんなも、もっと安心して演技できるようになると思います。」
大輔の部活や自主トレに取り組む、
やひたむきな姿勢を見ていた他の女子部員に、もう誰も陰口を言う人はいなかった。みんな小春の提案に賛成した。
「私もそう思っていた。」満足げに美咲も頷く。
「スポット?」大輔は首を傾げた。
美咲は大輔に説明を始めた。「スポットっていうのは、スタントやトス技の安全を確保するためのポジションだよ。フライヤーが落ちたり、バランスを崩したときに支える役割を果たすんだ。君が今さっき小春を守ったようにね。」
大輔は頷きながら話を聞いていた。「なるほど、そういうことだったんですね。」
「スポットは非常に重要な役割だ。信頼できるスポットがいることでトップやフライヤーは安心して、精一杯演技することができる。無論、素人の大輔がすぐできるようになるとは思ってない。しかし、必ず付いてきてくれると思っている。」
他の部員たちも同意し、大輔に温かい視線を送った。
第四章 佐藤杏奈
数日後の練習にて
「杏奈!ジャンプがずれているし、姿勢もグラついているぞ!」美咲から厳しい注意が入る。
「今日は上手くいかなかったな…」杏奈が帰り支度をしていると、大輔が声をかけた。
「杏奈先輩、お疲れ様です。」
「あ、大輔っち。お疲れ様。大輔っちはすごいよねー。どんどん活躍してすぐ追い抜かれそう。」杏奈は少し落ち込んだ様子を見せた。
「杏奈先輩、これからカフェでも行きませんか?」
「え?デートのお誘い?」杏奈はおどけたように聞き返す。
「いえ、まだそんな気分になれなくて。この前、髪を切ってくれたお礼がしたくて。もちろん俺の奢りです。」
「そっか。じゃあ奢られようかな。」
カフェにて
大輔と杏奈は近くのカフェに入り、コーヒーを注文した。落ち着いた雰囲気の中、大輔は話を切り出した。
「杏奈先輩、今日は本当にお疲れ様でした。」
「ありがとう、大輔っち。でも、今日の練習は全然ダメだったな…」杏奈はコーヒーを飲みながら、少し憂鬱そうに話した。
「そんなことないですよ。誰だって上手くいかない日があります。僕もまだまだ未熟で、みんなに助けてもらってばかりです。」
「私、割と器用にできちゃうんだよね。当時1年で先輩に混じってベースをやり始めたのも私が一番最初だったし。」
「でもいつの間にか美咲に先を越されてた。もちろん美咲は努力してるし仕方ないって思ってるけどさ」
「結局、器用貧乏なんだよね。何やっても中途半端で人に抜かされていく。自分の存在価値って何なんだろうって思っちゃう。そんなのないのかもしれないね」
大輔は杏奈の言葉に真剣に耳を傾けた。彼女の悩みを理解しようと努力し、次の言葉を選んだ。
「杏奈先輩、オレも桜子先輩に振られたとき、自分は必要ない人間なんだろうなと思いました。俺は当時カッパと呼ばれてたし、勉強ばっかりだったけど、入学してみたらみんな頭良くて、成績は下の方。ホントなんの取り柄もなくて。桜子先輩がいてくれればそれで良いって思ってましたが、それも叶わなくて。」
大輔は少し間を置いて続けた。「でも杏奈先輩が髪を切ってくれる度に、心が軽くなりました。オレの髪を切ってくれたのはもちろん、衣装の手直しやメイクが苦手な人の手伝いなんかも杏奈先輩が手伝ってるとか。みんな杏奈先輩を頼りにしてると思います。」
「何でそれ知ってるの?さては舞に何か言われた?」
「そ、それに、単純にベースもトップも、スポットもできる杏奈先輩すげーって思うし、俺は杏奈先輩に髪を切ってもらったこと一生忘れないと思います。他人の思い出に残るくらいの人なんですから、存在価値がないなんて言わないでください!!」
舞や他の部員にフォローするように頼まれたが、段々とボロが出る大輔。それを感づいた杏奈は笑い出した。
「もー、みんな。大輔も。ありがとう。元気出た。これからも頑張ろう。」
後日の練習にて。杏奈は少し背は高いが、スレンダーで軽く、バランス感覚も良いのでトップやフライヤーを務めることもたまにある。スポットに入る大輔と共にバスケットトスに成功した。
「杏奈先輩、さすがです!」
「大輔っちはサポートの時、少し私の胸触ったけどね。」
「え!す、すみません!」
「ふふ、昨日のことは感謝してるから今日は特別に内緒にしてあげる。改めてありがとうね、大輔っち。」
大輔は照れながらも、これからも一緒に頑張る決意を新たにした。
第五章 伊藤舞
ある日の部活終わり。大輔は部室に向かう途中、舞と美咲が話しているのを見かけた。
「あれ?まだ残ってたんですか?」大輔は驚いて声をかけた。
美咲が大輔を手招きする。「あ、大輔、いいところに。」
「大輔くん、何でもないよ」と舞は慌てて言ったが、大輔はその言葉に疑問を感じた。
「なんでもないってこと無いだろう?」美咲は真剣な表情だ。
「どうしたんです?」
美咲がため息をついて、「実はな、舞がストーカーに付けられてるらしいんだ。」と打ち明けた。
舞は恥ずかしそうに顔を赤らめた。「美咲、恥ずかしいからストレートに言わないでよ。」
「それは大変ですね。たちの悪いやつだ。」大輔は心配そうに言った。
「大輔、一緒に帰ってあげてくれないか?」美咲が頼む。
舞は冗談めかして言った。「大輔くんより、美咲のほうが強そうだけど?」
「わたしだって女子だから!何かあったらどうするのよ!」美咲はムキになって言い返した。
「傷ついた!」美咲は少し照れたように言った。
「ごめんごめん、美咲。」、「すみません美咲先輩。」何故か謝罪させられる大輔。
「そろそろ帰った帰った。あんまり遅いと一通りが少なくなってストーカーが動きやすくなるからもう帰ったほうがいい。」
「はーい、じゃ美咲、またね。」舞が言うと、大輔も「わかりました。また明日よろしくお願いします。」と続けた。
舞とともに部室を後にした大輔は、ふと美咲がほぼ毎日部室に下校時刻ギリギリまでいることが気になった。しかし、舞のストーカー問題があるので、目の前の問題に集中することにした。
翌日
次の日、学校の廊下で大輔は騒ぎを耳にした。急いで向かうと、同級生たちに絡まれている舞の姿があった。
「ちょっとアンタ、うちの彼氏にちょっかい出したってホント?」女の子が舞を問い詰めている。
「してないです。複数でカラオケって誘われて、部屋に入ってみたら男子も女子もいなくて、後からあなたの彼氏?男の人が入ってきて…」舞は震えながら説明する。
「はぁ?被害者ぶるつもり?」女の子は怒りを抑えきれない様子だった。
「や、やめましょう!」大輔が仲裁に入った。
「何よ、あんた?関係ないでしょ!」女の子は大輔に食ってかかる。
「だいたいアンタ、男子への距離感おかしいのよ。妙に馴れ馴れしいというか。いい加減男たぶらかすのやめたら?」女の子は更に追及する。
大輔は一瞬戸惑ったが、すぐに反論する。「確かに、舞先輩は危なっかしい所あるんですが、、、」
「はぁ?なにこいつ」女子生徒は困惑している。
「あ!もしかして舞先輩に何か思わせぶりなところがあったのかも!」大輔は突然気づいたように声を上げた。
「舞先輩、部室で少し振り返ってみましょう!」大輔は舞の手を引っ張って部室へと走っていった。
「なんなのよ、あいつ…」残された女生徒は立ち尽くしていた。
部室に着いた大輔と舞は、息を整えながら向かい合った。
「大輔くん、どうしたの?」舞は心配そうに尋ねた。
「もしかしたら、舞先輩が誰かを勘違いさせてしまったのかもしれません」大輔は慎重に言葉を選びながら話した。
「勘違いか。さっきの見たでしょ?私はあの子の彼氏を奪ったみたいに言われたけど…」舞は悲しげに視線を落とした。
「私はカラオケに行って、男の人に押し倒されただけ。大声を出して店員が駆けつけてくれたから何もなかったけど、どうしてみんな勘違いするの?私が思わせぶりだから?この体が誘惑してるの?」
舞は自分の胸をぐいっと押し付けた。手のひらでもお釣りが来るくらいの大きさで、大輔は恥ずかしさで目をそらした。
「い、いえ、舞先輩が悪いわけではないです。でも、勘違いした相手には毅然とした態度で断ることも必要です。舞先輩は優しすぎます。」
「理解されないのって、拒否されるのって辛いじゃない?」舞は少し寂しげに言った。
「確かに、でもそれが必要な時もあります。」大輔は真剣な表情で答えた。
「勘違いといえば、クリスマスのバスケットボール大会の応援のときに、すごい熱心に名前とか愛してますとか叫んでくれた人がいたんだけど。」
「へえ、それはすごいですね。」
「その時の私の衣装、胸がすごくきつくて、愛してますって言われたときちょうど胸のボタンが弾け飛んで…」
「え!?そんなことがあったんですか?」
「うん、すぐに杏奈が付け直してくれたんだけどね。受け入れてくれてありがとうって言われたんだよね。下着つけてたし胸見られてもまぁいいかって感じで受け流してたけど。」
「杏奈先輩、マジ器用ですね。その人怪しいですね。」
次の日も一緒に帰る大輔と舞。
「ひっ!」突然、舞が大輔に抱きついてきた。
「ど、どうしたんですか?」照れる大輔。
「き、来た。ストーカー。」舞は怖がって震えていた。
「俺の後ろについてきてください。ある程度近づいたら『迷惑です、警察に相談しますよ』って大声で叫んでください。」
「迷惑です!警察に相談しますよ!」舞が叫ぶと、影から男が現れた。
「舞ちゃん、なんでそんな事言うんだよ。あのとき受け入れてくれたじゃないか。おっぱいまで見せてくれて。」
公共の場で、恥ずかしいことを言われ涙目になる舞。
「やめろ!」大輔が叫ぶと、男はニヤリと笑って「なんだおまえ彼氏面か?舞は、俺のもんだ。」と言いながら大輔を殴りつけた。
「いてて。やめろ!」大輔が反撃しようとしたその瞬間、男が宙を舞った。
驚く大輔の目の前には美咲が立っていた。
「大丈夫か?」
「美咲、ありがとう。」
「念の為後ろから付けてたんだ。」
美咲は自慢げだ。
「美咲は柔道の段持ちだもんね。」舞が笑顔で言う。
状況が飲み込めない大輔は、「それって、俺殴られ損ですか?」と呆然とした。
美咲は笑いながら、「まあ、そうかもしれないな。でも、大輔の勇気には感謝してるよ。」と言った。
舞は泣きながら大輔に感謝の言葉をかけた。「大輔く〜ん。ホントにありがとう。怖かったけど、大輔くんがいてくれて心強かった。」舞が思いっきり抱きついた。
大輔は照れながらも、「いや、当然のことをしただけです。それに、美咲先輩がいてくれて助かりました。」と答えた。
舞は涙をぬぐいながら、「これからはもう少し気をつけるよ。しっかり言わないとだよね」と反省した様子だった。
「なぁなぁいいだろ?」
しばらくしてまた舞はナンパな男子学生に誘われていた。
そこをたまたま大輔が通りかかると、様子を見て助けようと思っていた。
舞は待ってましたと、大輔の腕を掴み、この人が彼氏なんだから誘わないで!と大声で言い放った。
(そ、そういうことじゃないです。舞先輩。)
その後、誤解を解くのに一ヶ月かかった。
第六章:藤井美咲
「どったの?大輔っち、美咲ばっかり見て?」杏奈が問いかけた。
「いや、男前だなと思って。男の俺から見てもかっこいいというか、柔道も得意だし」大輔はドキッとしながら答えた。
「でも美咲ちゃんがああいう口調になったのは部長になった頃だったよ」舞が思い出したかのように話す。
「そうだったんですか?」驚く大輔。
「しっかりチームを引っ張っていこうっていう意思の表れ、なのかもね」杏奈は話した。
「そういえば、桜子先輩がやめるまでは美咲と桜子仲良かったのに、今は全然話さないから何かあったんだと思うけど。美咲全然教えてくれないし」舞が続けた。
「そこ!私語しない!腕立てして50回追加!大輔はさらに体幹トレ3分!」
「ええ!?」
部活が終わり、校門に向かう途中で、大輔は桜子を見つけた。彼女も大輔を見つけたようで、目が合うと困ったような表情をして近づいてきた。
「久しぶりね、大輔君」
「桜子先輩、こんにちは」
「チア部どう?」
「毎日ヘトヘトですよ。スポットは難しいし、美咲さんは厳しいし」
「でも充実してるみたいね。いい顔してるもん」
「え?」大輔はドキッとした。
「そういえば、美咲先輩が言ってました。桜子先輩はチア部をやめたって」
「そうなの。生徒会の仕事しなきゃだから。それに私は美咲の家族に取り返しのつかないことしたから」
そう言うと、桜子は悲しそうな表情で走り去ってしまった。
大輔は桜子の言葉に驚き、何があったのかを知りたいという気持ちが強くなった。
数日後の部活後
相変わらず美咲は下校時間ギリギリまで部室で過ごしている。
「お邪魔します」
「大輔?ここ男女兼用だけど、女子の着替えとかはここでするんだからな」
「もう下校時間ギリギリだし大丈夫かなと」
「まぁそうだけど」
「美咲先輩、この前桜子先輩から聞きました。桜子先輩が美咲先輩の家族を壊したって」
「桜子から、聞いたの?」声のトーン2つほど低くなっているのが分かる。
明らかに触れてほしくない話題なのだろう。
「はい、とはいえ詳しくは聞いてないですが」
美咲はしばらく黙った後、深いため息をついた。そして絞り出すように話し始めた。
「うち、父子家庭なんだ。前は水道管工事の仕事してたんだけど、桜子とパパ活してたんだ。それで離婚して。それ以来仕事は辞めて、昼夜問わず家でお酒ばかり飲んでいる」
とてつもなく重い事実に大輔は愕然とした。
気まずくて家に帰れずに、下校時間ギリギリまで学校にいた美咲のことを思うと胸が痛くなる大輔。
「何かの間違いかもじゃないかって思うんだけど、確かめる勇気がないの。チア部で一緒に1年間やってきた桜子を信じてあげることができないの。私どうしたらいい?」
大輔は、今まで見てきたチア部を引っ張っていく美咲も素敵だと思ったが、頼りなくても何もできなくても、弱い部分を見せられる本当の美咲が心から愛おしいと思った。
「今まで家庭と学校、部活を両立してたんですか。でもそんな無茶な生活は長くは続かないですよ」
「オレはスポットです。美咲先輩を支えさせてください」
「大輔…」美咲が大輔に抱きつく。大輔は静かに包むように抱き返した。
「ありがとう、大輔。これからもよろしくね」
「はい、もちろんです、美咲先輩」
第七章:西園寺桜子
数日後、美咲の言葉の真意を確認するため、大輔は桜子を探していた。相変わらず生徒会の仕事で下校時刻ギリギリまで残っている彼女は、ひと段落ついたのか、一人でベンチに座って、ぼんやりと遠くを見つめていた。大輔は少し緊張しながらも、桜子に近づいた。
「桜子先輩。」
「大輔君。」
「今日もお疲れ様。」
「桜子先輩も。」
お互い核心を突く言葉を探していたが、なかなか切り出せない。観念したように、桜子が口を開いた。
「美咲から、聞いたんでしょ?」
「…はい」
桜子は深いため息をつき、しばらく沈黙が続いた後、静かに話し始めた。
「私ね、ずっとみんなに『大和撫子』として見られてきたの。完璧で優雅で、おしとやか。家族、生徒、先生どこから見ても完璧なお嬢様。それが西園寺桜子。楽しくても、悲しくても、苦しくても、忙しくても、精いっぱいでも、やりたいことがっても、死にたくても。でも、本当の私はそんな人間じゃないの。」
「桜子先輩……」
「その中でもチア部は唯一の楽しみだった。ひとつ上の学年がいないから、私が部長、美咲が副部長になることが決まったわ。嬉しかったし、美咲となら絶対に楽しく強くできるって思った。でも、未来の生徒会長と言われて、2年から生徒会に入ることを強要されて以来、チア部にもなかなか参加できなくなっていったの。美咲がリーダーシップを発揮してくれるから、なんとかやってこれたけど……」
桜子は苦笑いを浮かべた。「次第に部活に行ける日も減っていって、美咲を中心に一つにまとまっていて、参加できる日でも何となく抵抗ができて行かない日が増えた。その頃、ちょっと危ない男の人に引っかかってしまったの。」
「危ない男……?」大輔の頭に赤いスポーツカーの男がよぎる。
「その人は未来のことなんて考えず、その日その日を生きているような人だった。私にはそれが羨ましく見えたの。将来のことを考えずに自由に生きられるって。」
桜子は深いため息をついた。「次第に自分を傷つけたいという欲求が出てきて、リストカットしたり、パパ活に手を出したりしてしまったの。」
「パパ活……」
「初めてのパパ活の日、ネットで知り合った相手と待ち合わせをしていた時、美咲のお父さんと偶然出会ってしまったの。彼は以前、美咲の紹介でうちに水道工事に来たことがあって、美咲のことをよろしくと、私のことを覚えていた。」
「待ち合わせ現場に美咲が現れて、何も起こらずその日は一緒に帰ったの。今思えば美咲のお父さんが美咲に連絡したのね。」
「それでも、桜子先輩はパパ活を続けたんですか?」
「そうなの。次に予約した相手は美咲のお父さんだったの。」
「そんな」
「でも美咲のお父さんは喫茶店に入って紅茶とケーキを買ってくれた。何かあったのか?相談に乗らせてくれってしつこくて。」
「私は誰かに相談して事を大きくしたくなかったし、それが美咲にバレてしまって……」
桜子は苦しそうな表情で続けた。「その日から、美咲の家庭は壊れてしまった。お父さんは仕事を辞めて、お酒ばかり飲むようになって、お母さんも出て行ってしまった。」
「そんな……」
「私のせいで、美咲の家庭が壊れてしまった。だから、チア部を辞めて生徒会に専念することにしたの。生徒会が忙しかったのは事実だけど本当の理由は美咲に合わせる顔がなかったから。」
「だから、大輔君。美咲を支えてあげて。」
「チアって楽しいですよね。桜子先輩はポジションはどこでしたか?」唐突に聞く大輔。
「え?急にどうしたの?」
「トップですか?華がある桜子先輩の技はきっと見ごたえありますね」
「ふふ。ありがとう、大輔君。」
戻らない時間を懐かしむように桜子は微笑んだ。
「俺はチア部のスポットです。ベースの美咲先輩がバランスを崩したら微調整します。」
「トップの桜子先輩が演技できるようにしっかり支えます。」
「俺が二人を輝かせてみせます。」
その夜、大輔は真相を探るべく、美咲に怒られてでも美咲の父に話を聞く決心をしていた。
第八章:真相
さてと。大輔は昼で早退をして美咲の家を探そうと学校を出ようとしていた。すると、「おっと待ちな!学校をさぼってどこ行くの~?」杏奈と舞に見つかってしまった。
「い、いや、体調悪くて…」何とかごまかそうとする大輔。
しかし、杏奈と舞は真顔で問いただす。「美咲のことでしょ?」
大輔はその真剣な表情を見てごまかそうとしたことを後悔した。「私たちだって美咲を支えたいんだよ。」
「そうでしたよね。俺を支えてくれたように。杏奈先輩、舞先輩、ごめんなさい。」
大輔は二人に今までの経緯を説明した。桜子との会話、そして美咲の家庭のこと、美咲が抱えている苦しみ。それをすべて話すと、杏奈と舞は静かに頷いた。
「なるほどね…。そんなことがあったのか。」杏奈が言った。
「驚かないんですね」意外な反応に大輔は戸惑った。
「抱えてる問題なんて人それぞれ。大なり小なりね」
「そうそう~。問題なのはそれをどう解決するかだよね」
二人はやりがいありそう、と燃えている。
「さすがチア部の先輩たち。頼りになります。」
「それで、大輔っちは美咲の家に行こうとしてたの?」舞が尋ねた。
「はい。美咲の父親に直接話を聞いてみようと思って…」
大輔は困惑していた。「話を聞こうじゃないか…」
美咲の父親は意外にも昼間はお酒を飲まないらしく、美咲と同じ圧を感じさせる人物だった。大輔は客間に通され、美咲の父親と向き合った。
「それで、何が聞きたいんだ?」
大輔は緊張しながらも、覚悟を決めて話し始めた。「美咲先輩の家庭のことについて伺いたいんです。桜子先輩から、美咲先輩の家族に取り返しのつかないことをしてしまったと聞きました。」
美咲の父は一瞬驚いた表情を見せたがすぐに平静を取り戻した。
「私たちの家庭の問題だ。君には関係ないだろう」
「あります。俺は美咲先輩が部長をしているチア部の部員です」
「美咲はチア部の部長なのか?」
美咲の父は知らなかった、とでも言いたそうな表情で話す。
「チア部のみんなは、人を応援したり、落ち込んでる人を支えたり、元気になってもらうのが好きなんです」これは杏奈先輩の受け売りだ。
「美咲先輩にも!お父さんにも!元気になってもらえるように!応援したいんです!」
「そのためにも真実が知りたいと思っています」
「ふぅ、わかった」
美咲の父は観念したように天を仰ぎ真相を語りだした。
「初めて西園寺さんに会ったのは、水道工事の時だった。美咲の紹介で西園寺さんの家に水道工事行った時だった。トイレを借りようと、洗面所を出たとき西園寺さんがうつろな表情で剃刀を持って2階に上がって行くのを見た。その時の表情に見覚えがあり、ついドアの隙間から西園寺さんの部屋をのぞくと、普段のトーンで美咲と電話しながら手首を切っている西園寺さんを見た。」
「実はうちの家内も気分の浮き沈みが激しく、鬱状態になることがあって、同じようにリストカットをしていたことがあったんだ。その光景がどうしても気になって、西園寺さんに声をかけたんだ。」
「私のような大人が西園寺さんに接触する方法は限られていた。幸いネットで広く募集していた彼女を見つけるのは簡単だったし、早く止めさせなければと危機感もあった。」
「実際は話をする前に美咲に見つかり、君の知っている通りだ。元家内は状態が悪化し、離婚しなければ死ぬと言いだした。部屋のものを散らかしたり、昼間外に出かけて警察に保護されたり、仕事どころではなくなり仕事もやめた。彼女の両親や親族に相談して、家内も一度実家に戻ってもらい、治療と休養をしてもらっている。離婚届も記入だけして提出はしていない。だからパパ活のせいで離婚したわけではないし、状態が戻ればまた一緒に住みたいと思っている。」
「家内のことで私も疲労してしまってね。なかなか次の仕事に向かえなかったんだが。娘がチア部で頑張っているとは。私もまた頑張るときがきたのかもしれないな」
大輔は美咲の父親の話を聞きながら、彼が感じている後悔と罪悪感を感じた。
大輔君「今日はありがとう。君たちチア部の皆さんが美咲を支えてくれていることに感謝するよ。私ももう一度美咲と向き合ってみる」と約束した。
「全部わかったよ。美咲先輩、桜子先輩。」
次の日の放課後、大輔は美咲と桜子を部室に呼び出した。
第九章 美咲と桜子の本音
「大輔、話ってなんだ?桜子がいないと話せないことなのか?部活があるから早くしてほしい」
「私も生徒会が…」
二人とも明らかにバツが悪そうだ
「美咲先輩、ごめんなさい。実は美咲先輩のお父さんに話を聞きに行ったんです。」
「大輔!勝手なことを…」
「相談すると断られるかと思って。」
大輔は美咲と桜子に、美咲の両親は離婚していないこと、母は実家で治療中であること、父も仕事を前向きに検討することにしたことを話した。
「よかった…」二人は今にも泣きだしそうだ。
「桜子先輩、美咲先輩のお父さんが会いに来た時、美咲さんをわざと呼び出しましたね。」
「娘の美咲にばれたら私のことを秘密にしてくれると思ったわ」桜子は大輔の問いに顔色を変えずに答えた。
「違いますよね。桜子先輩は助けてほしかったんだ。押し付けられた西園寺桜子のイメージから。自分を傷つけることでしか解放できない現状から。」
「わ、私は…」
本音を突かれ戸惑う桜子。それを聞いて焦った表情の美咲。
「そして美咲先輩は見ないことにしたんだ。桜子先輩のSOSを。実際父を誘惑した怒りもあったかもしれないけど。桜子先輩をパパ活をして家族をバラバラにした張本人にした。本当は違うと信じたかったのに。」
「そうだよ。桜子はパパ活なんてしてないって分かってた。何となく両親の仲が悪いのは知ってた。でもそれを聞く勇気がなくて。仲が悪いのは桜子のせい、離婚したのも桜子のせい、そう思い込もうとしたのは私。」美咲は泣き出してしまった。
「美咲先輩、大丈夫ですよ。美咲先輩がずっと頑張ってきたこと、みんな知ってますから。」
「大輔…ありがとう…」
桜子も涙を流しながら美咲に抱きついた。「美咲、ごめんね。ずっと言いたかったけど、言えなかった。もう絶対あんなことしないわ。自分を大切にする」
「桜子、私も…ごめんなさい…」
二人は泣きながらお互いの手を握りしめた。
「せーの」
突然、部室の奥から声がきこえた。「仲直りおめでとー!」
杏奈や舞、小春ら女子部員全員がユニフォームで登場し、二人を応援した。
「サプライズ成功だね!」舞がニヤリと笑った。
「みんな…」美咲は涙をぬぐいながら、驚きと感動の表情を浮かべた。
「今日は特別な日だからね。みんなでお祝いしよう!」杏奈が元気に言った。
部員たちは歓声を上げ、部室は一気に賑やかになった。誰もが笑顔で、美咲と桜子を中心に輪を作り、次々と声をかけて祝福した。
「美咲先輩、これからも一緒に頑張ろうね!」小春が笑顔で言った。
「桜子先輩も、またチア部に戻ってきてください!」別の部員が続けた。
桜子は複雑な表情をして微笑んだ。
「みんな…ありがとう。本当にありがとう。」美咲は感極まって、涙を流しながら感謝の言葉を口にした。
その日は部活どころではなかった。部員たちは笑い合い、踊り、歌い、美咲と桜子の再会を祝った。部室は幸せな空気に包まれ、誰もがその瞬間を心から楽しんでいた。
「大輔っち、ジュースとお菓子!」
「了解です!」
「30秒ね~」
「無理っす!!」
大輔は美咲と桜子の笑顔を見て、自分のしたことが間違っていなかったことを確信した。彼はこれからも美咲を支え、仲間とともにチア部を盛り上げていく決意を新たにした。
その日、大輔は初めて美咲の笑顔を心から愛おしいと感じた。そして、美咲もまた、大輔の存在がどれほど大きな支えになっているかを実感した。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、下校時刻が迫っていた。
「ねぇ、大輔君。入学式の日、校門で何を言おうとしたの?」
大輔は忘れていた熱を思い出し、心臓が飛び出るような思いだった。
最終章:美咲は大輔に恋をする
桜子は真剣に自分を見つめる大輔のことが気になっていた。その反面、大和撫子のイメージを押し付けてくる大輔のことを疎ましくも思っていた。
「桜子先輩、俺は桜子先輩に謝らなければいけません」
「え?」
「勝手に自分の理想の先輩像を押し付けていました。息苦しかったですよね」
「ふふ。そうね。鬱陶しいと思ったことがあるのは事実ね」
「桜子先輩、部には戻ってこないんですか?みんな戻ってほしいって言ってましたよ」
「大事な時期にやめて迷惑をかけたし、生徒会もあるし」
「それは誰に押し付けられた西園寺桜子のイメージですか?」
「!?」
「桜子先輩は好きなことを好きなだけしていいんです。チアがしたい日があれば、生徒会の仕事は他のメンバーに任せてチア部に来ればいいし、その逆も」
「そうね。誰かの望む私じゃなくて、私が望む私」
「また入部届書こうかしら。今度は部員として始められたら」
「みんな喜ぶと思います」
少しの静寂の後、桜子は切り出した。
「ねぇ、大輔君。入学式の日、校門で何を言おうとしたの?」
「え」
大輔は忘れていた熱を思い出し、心臓が飛び出るような思いだった。でもすぐに落ち着き、あの時程の熱を感じていないことに気づいた。
「桜子先輩、ごめんなさい。あの時言いたかったことは忘れてしまいました」
「ふふ。嘘が下手だね。他に言いたい人でもできたかな」
桜子は少し残念そうに息を吐いたが、すぐに気を取り直し、「また明日ね。美咲におめでとうって言っておいて」と言って帰路に就いた。
「お見通しか、敵わないな」まったく、俺の周りは応援したい人が多すぎる。大輔は決意した。
「お邪魔します」
部室に戻ると、相変わらず美咲が明日の部活の準備をしていた。
「大輔か。今日はありがとう。桜子と仲直りできてすごく嬉しい一日になった。」
「これからは早く帰らないんですか?部室にいる理由なくなりましたよね?」
父との関係が解消された美咲は、家に帰っても気まずい思いはしなくていいはずなのに。
書き物を続け、大輔に背を向けたまま美咲は答えた。「大輔と二人になれるのを待っていたんだ」
「え?どういうことですか?」
「てか、そこまで言わせる気か?」
大輔はすべてを悟って話し始めた。「美咲先輩に会って救われました。チア部に入ってから美咲先輩を目で追ってしまうし、声も忘れられません。」
「スタントの時の身体の感触も」
「コラ」美咲は調子に乗るなと言いたそうにたしなめた。
「大好きです!これからも美咲先…美咲を支えたいんです。美咲のスポットでありたいんです。」
「そんなこと言われたら最初に髪を切った大輔を見た時から…いや、何でもない!」
「返事は?」
「…まぁ」
美咲は恥ずかしさから大輔のほうを向けなかった。
「髪を切った時どうかしたんですか?」
大輔は後ろから抱きしめて耳元でささやいた。「バ、バカ。そんなことしたら…ほしくなっちゃうだろ」
「美咲って押しに弱いよね」大輔の方に向き直った美咲に少しづつ体重をかけていく。
「こ、こらぁ、調子に乗るなんじゃない」
二人の唇が近づく。部室の窓から差し込む夕日が、彼らの姿を柔らかく包み込んでいた。
「美咲はスポットマンに恋をする」 完
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