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「ふらり。」 #1 まんぷく

イマジナリーフレンドが100人いる主人公、
学文(まなふみ)のふらり、ふらり小説。


萬福本舗

「ラーメンでも喰おうかね?」

学文(まなふみ)は連れに言った。

彼は南阿佐ヶ谷の駅から青梅街道を荻窪方面に5分程歩いたところにある、ちょい飲み使いができちゃんと美味しいラーメンを食べさせてくれる近所のラーメン屋が好きだった。

彼が「今日はラーメンでも食おう」と思うと大体日曜日の事が多い。その店は日曜日は定休日で残念に思う事が度々あった。

これは実際に体調や生活のサイクルで日曜日に食べたくなる事が多いからなのか、
食べたい時に休みだとそういう印象が強く残るからなのか彼には判断がつかなかった。

幸い今日は土曜日だ。

彼は土曜日のその店が好きだった。

その店の平日の営業は昼と夜の営業の途中で中休みが入る。まあ飲食店としては至極まっとうである。

土曜日の何が良いというと、その中休みが無く通し営業なのだ。まだ日の落ちぬ時間、客の少ない時間から入れるというのはなんとなく彼の気分を開放的にさせる。

ちなみに平日昼間は近所に区役所があるのでそういった関係の人達も多く来ているみたいである。

店の扉をあけると女将さんの「あら、いらっしゃい」といういつもの元気な声。

そして席につくと大抵、彼はバイスサワーを頼んだ。

すぐにバイス(外)と焼酎(中)が運ばれてくる。

調理場の方の黒板に目をやると小さな黒板に日替わりのおつまみメニューがでている。その週や季節、仕入れによって変わるが女将さんの作るおつまみメニューはどれも美味しい。

彼はあまり会話が上手ではなかったが、女将さんの明るい接客で何度か訪れているうちにちょこちょこ話すようになった。

ここの店長は生まれは福岡で女将さんは北海道らしく、やはりこの土地の者は美味しいものに対する貪欲さを感じる。

おつまみメニューにもそれが現れていてたまに北海道のローカルフードである「かおちゃ団子バター焼」なんてのも出てきたりするので嬉しくなる。学文は北海道の
ローカルフードも好物であった。

ちなみに学文もここの店長と同じく福岡生まれであった。

色々と店長と郷土についての話をしてみたいという気もあるが、店長はどちらかと言えば言葉少ない印象で、あまり学文とも会話をした事が無かった。

気難しいとか愛想が悪いとかそういう事ではないので、学文と同じく慣れない相手との会話は苦手なのだろうと感じていた。

中が入ったグラスに外のバイスを注いでひとまず喉を潤してから、日替わりのおつまみメニューから「味玉豆腐サラダ」と「新とうもろこしベーコンバター焼き」と「豚肉生姜天」を頼んだ。

この日は頼まなかったが、日替わりおつまみとは別に、定番おつまみとしてスキレットで焼かれたワンタン焼きは餃子より軽く食べられるのでそれもお勧めである。

「定番おつまみの 焼きワンタン」

割とすぐに「味玉豆腐サラダ」は出てきた。その日のサラダは夏らしい一品で、水菜の上に絹ごし豆腐が乗せてあり中華っぽいドレッシンに葱やミョウガの薬味にカットされて味玉が添えられてあった。

一口食べると味玉のしょっぱさやミョウガが良いアクセントとなり食が進む。

バイスと一緒にやりながら学文はメニューに目を通す。今日のメインのラーメン選びも大切なのだ。

今日のメインは、とんこつラーメンにするか、ねぎ坦々麺や汁なし担々麺も美味しい。豚骨スープをベースにしたカレーライスもある。

しかしこの流行り病のせいで、メニューから「ちゃんぽん」や「にぼしぶた(ラーメン)」が消えたのは実に惜しい事である。九州のラーメン屋に「ちゃんぽん」があると昔ながらのラーメン屋の様な安心感を感じるのであった。昔のラーメン屋兼定食屋にはよくちゃんぽんが置いてあったものである。

ラーメンと言えば学文が思う事があった。

昭和の福岡で育った学文としては「ラーメン」はおやつ感覚であった。

そもそも学文が生まれた70年代には今ほど全国的に多様なラーメンは無くその土地々々に根付いたラーメン屋があるだけであった。今でこそ福岡でも美味しい醤油ラーメンや味噌ラーメンを食べられるが、昔は福岡でラーメンと言えば「豚骨ラーメン」しか無かったのである。

80年代に入りラーメンブームもあり豚骨ラーメンの認知度が全国的に広がったと記憶している。

そもそも福岡では学文の感覚としてはうどんの方が食事として食べる人の方が多い印象があった。

実際ラーメン屋よりうどん屋の方が店が多かったと記憶している。うどんは色々なトッピングやサイドメニューが豊富なのも関係しているのだろう。まあ元々古くからうどん文化があった事が大きいとは思うが。

福岡のラーメンは博多ラーメン、長浜ラーメン、久留米ラーメン等々有名ではあるが現在ではほぼ差異は無い。現在の福岡のラーメンの特徴は豚骨スープと細い麺。豚骨ラーメン自体は久留米で生まれたと言われている。しかしその当時は今ほど細麺では無かった。

だんだんと細麺になって行った一番の理由は長浜の市場で、朝早く忙しく働く人々の為に提供スピードを上げる為だったのではなかろうか。福岡の短期な気質とも合っていたのだろう。福岡のラーメンは福岡近郊の地域の良いとこどりをして段々と今の形へと変化していった。替え玉文化が出来たのも麺を伸びさせない、待たせない等の工夫からだ。

そういう歴史があるので「(福岡の)ラーメン」は朝食感覚やおやつ感覚が残っているのだと思う。

だから福岡の昔ながらのラーメンは非常に具材はシンプルであり、豚骨スープだからといってそこまで当時は濃厚では無かった。元々は小腹を満たす為の物であったから。勿論値段もおやつ感覚の値段である。

だからそういった昔ながらのラーメン屋では今でも安い値段でだしている店はチラホラある。

それがいつしか時代と共に多くの人が食べるようになり若い人に受けるようになった結果全国に広がり色んな食べ方をされるようになった。また豚骨ラーメンに限らずラーメンは手が込んだり、どんどんとジャンク化していくようになり、その中でも「豚骨ラーメン=濃厚」というイメージが少なからず付いてしまった感はある。

個人的には今の手が込んだラーメン屋のラーメンも美味しいと思うし、昔ながらのラーメン屋のラーメンも手頃で手早く飽きが来ない、長く付き合えるラーメンで良いと思うので選択肢が広がったという事で良い時代だと思う。

ラーメンは特に味の変化や流行が激しい食べ物である。

だからラーメンにハマるとついアレコレ自分基準、その時の流行や好みだけで文句を言ってしまう場合もあるが、歴史や時代背景、誰に向けて提供しているかを知っていると独りよがりの文句は少なくなるだろう。まあラーメンに限った事では無いが。

また「東京の豚骨ラーメンは高い!」と言われる事も少なくなかったが、そういう単純な値段の比較で出てくるデータが、多くの場合その比較対象が「昔ながらの豚骨ラーメン」と「今の豚骨ラーメン」である事も少なくないので、それはフェアでは無いと思う。

おやつ感覚のラーメンと食事としてのラーメンを単純に比較できないし、今の主流のお食事系豚骨ラーメンだと久留米で出しているラーメンでさえ700円はするので値段の差はそこまで無い。当たり前であるが手間がかかれば値段は上がるのが同然だし、時代や物価情勢によっても値段は変わる。値段だけしか判断基準が無いのは己の世界を狭くする。

また味もラーメンにハマる者が陥る罠は、大体が味はどんどん濃く、尖ったラーメンに行きがちな事。そういう味を覚えてしまうと、普段遣いのラーメンが物足りなく感じてしまう事はよくある事なので、そういう場合はどこかで一度味覚や考え方をリセットしてあげる事も大事だろう。大体の場合は店の味が変わったというより、舌が濃い味に慣れすぎてしまっている事も多いのだ。

そういう濃いラーメンの味を求めるのも分かるし、食べた時の分かりやすさや一時の満足度は高いのも分かる。

しかしそういう人が支えられるラーメン屋というのはかなり場所を選ぶし、マニアでも無い限りそういうラーメンを常に求める人は少ない。だからそういうラーメンを提供するつもりが端から無い店にそういう味を求めないようにしなければならないとも思う。

学文はそんな事をぐだぐだ、ぐだぐだと酒を飲みつつ思っていた。

そうこうしているうちに「新とうもろこしベーコンバター焼き」と「豚肉生姜天」がテーブルに並んだ。

「新とうもろこしベーコンバター焼き」はスキレットで提供されて熱々のうちに醤油をかけて食べた。

実に夏の味である。気分は「 でっかいどぉ 北海道 」 である。

豚肉生姜天も揚げたてで美味い。まあ大抵揚げ物は揚げたてだと大体美味い。でもやはりここのおつまみは美味しい者が好きな人が作った旨さを感じられるのでやはり、揚げたてだからとかじゃない拘りの美味しさがある。

学文の連れはツマミを食べつつ中(焼酎)のおかわりをする。学文はそのタイミングで〆の「つけ坦々に味玉トッピング」を頼んだ。

それに半ライスと黒高菜を頼んだ。この組み合わせも絶品である。まあこういう事をしていると痩せる訳が無い。実に愉快である。

「ラーメンのトッピングにもライスのお供にも合う黒高菜」

普通の担々麺も自家製の肉味噌が乗っていて大変美味しい。

「つけ坦々」はそれをつけ麺にした物だが多分ではあるが少し魚介ダシの風味が効いているように思う。


「つけ担々麺 味玉トッピング」

暑いさなかではつけ麺の方が食べやすいし、スープ割も出してくれるので担々麺が濃く感じる時期には「つけ坦々」の方が食べやすいだろう。

ちなみにこの店の「とんこつラーメン」は正統派の福岡の豚骨ラーメンという感じで食べ飽きる事の無い近所にあると特に重宝するラーメンである。

「とんこつらーめんに海苔、葱、味玉トッピング」

こういう店は遠方からわざわざ目指して来るタイプの店では無いのでそういう尖った味を求めて来る事はしない方がいいだろう。近所に住む者にとっては行列もしないし、飽きない味なので実にありがたいラーメン屋なのだ。

学文にとってそういう店が近所に多いと実に生活の質が上がって助かっているのである。

学文達はお会計を済ませ膨れた腹をどっこいしょと持ち上げる。二言三言退店前に女将さんと会話を交わす事もある。

この店ももう20年以上営業している。

学文はこの店が開店した当初、丁度南阿佐ヶ谷の靴量販店でアルバイトをしていて何度か訪れた事があった。

それからバイトも住む場所も他所変わってまたこの店を訪れるのに大分間が開く事になるのだが、今でもその当時の事を懐かしく思う事がある。

飲食店も始めるのは易し、長く続けるのは難しなのでこれからも、末永く続いて欲しいと思う学文であった。

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