スパイス最強

100.カレーに使うスパイスの香りは最強なのか? 問題

カレーを嫌いな日本人はいない、とよく聞く。カレーは日本の国民食である、とも言われている。
そう、カレーはみんなに愛されているのだ。

たしかにそういうように見えるけれども、実は一部で嫌われていることはあまり知られていない。たとえば、繊細な風味を大事にするフランス料理店では、店によっては、ランチでもまかないでもカレーは絶対にNGというところがある。コーヒーの香りにこだわる喫茶店もカレーは作らない。蕎麦屋でもカレー南蛮を敬遠する店は少なくない。要するにカレーは香りが強すぎるのだ。メニュー化したりまかないで作ったりしてしまったら、その香りに邪魔されてしまう。

「香りがいいよね」と好かれているはずの要素が、嫌われる原因になっているというのは皮肉なことだ。ともかく、そのくらい、カレーの香りは強い。カレーの香りを構成しているのは、スパイスである。もろもろのことを考慮すれば、カレーに使うスパイスブレンドは、史上最強の香りを持っていると言える。これまで、そう思っていた。ところが刺客が現れたのだ。麻婆豆腐である。

麻婆豆腐はカレーなのか? 問題については、「麻婆豆腐はカレーではなく、麻婆豆腐である」という、いわば、当たり前の結論に至った。そこで次に「麻婆豆腐とカレーを合わせた料理を作ってみたらどうなるだろうか」という疑問が生まれたのである。というか、そんな料理は、もう10年以上前から何度となく作っていた。僕は四川料理が昔から好きだったから。山椒を利かせたカレー、カレーのスパイスを使った麻婆豆腐。ただ、改めて、今回、もう一度、その手のカレーを作ってみようと思ったのだ。

作りたいものは、「カレー風味の麻婆豆腐」というよりも「麻婆豆腐風味のカレー」にすることにした。あくまでもカレーのつもりで作るのである。先週末、表参道で、「M響BAR」というポッドキャストラジオ番組の公開生放送イベントが実施された。そこで、実験カレーを披露することに。麻婆豆腐とカレーは、その調理テクニック的なエッセンスも手順も酷似していることは前回、書いた。だから基本的にはゴールデンルールに従って作るのだが、以下の点をアレンジしてみることにした。

・豆腐は使わない
・豆板醤の代わりに炒め玉ねぎと脱水トマトを使う。
・チキンスープの代わりに水を使う。
・唐辛子と山椒、豆鼓ソースは四川産のものを使う。
・挽肉は牛挽肉の代わりに牛豚合挽肉を使う。
・水溶き片栗粉は使わない。
・にんにくの葉の代わりににんにくの芽を使う。
・カレー用のパウダースパイスをブレンドして使う。
・ホールスパイスは使わない。
・油は香りの弱い太白ごま油を使う。

要するに麻婆豆腐から麻婆豆腐らしさを削り、カレーらしさを加えたカレーである。ちなみに、「唐辛子&山椒」を麻婆チームのスパイスだとすると、カレーチームのスパイスは、「ターメリック&パプリカ&クミン&コリアンダー&グリーンカルダモン」を使った。しかも、麻婆チームのスパイスの総量の約2.5倍ほどのカレーチームスパイスを投入している。カレーの香りをより際立たせるため、だ。

結果は、どうなったか……。出来上がった麻婆カレーは、驚いたことに麻婆豆腐の味だったのである。あ、いや、豆腐を使っていないから「麻婆の味」である。これには愕然とした。史上最強かもしれない、と思っていたカレーのスパイスたちが、惨敗したのである。「唐辛子&山椒」という組み合わせは、いまのところ、世界最強のコンビなのかもしれない。

かつて、カレー用のスパイスが敗北したなと感じたことが一度だけあった。それは、スペイン料理でよく使われる、スモークドパプリカを使ったときだ。あのときも、カレーがカレーの風味ではなくなった。最もスパイスの香りが強いカレーを仮にインドのカレーだとすると、インドは中国・四川に敗北したことになる。インドはスペインにも敗北している。となると、次は、四川とスペインを戦わせたくなってくる。どちらが勝つのだろうか。
唐辛子の代わりにスモークドパプリカを使って山椒と合わせ、麻婆豆腐を作ったら、麻婆豆腐が麻婆豆腐の風味じゃなくなるのかもしれない。そのとき、カレーはもう戦いの場にすら上がれない。なんと寂しいことだろうか……。

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