14. 肉のマリネはひと晩がいいか、ふた晩がいいか? 問題

たとえば、プレーンヨーグルトにいくつかのパウダースパイスや塩、すりおろしたにんにく、しょうが、絞ったレモン汁などをよく混ぜ合わせて鶏肉にもみ込み、そこから漬けこむとする。いわゆるスパイスカレーの世界で“マリネ”と呼ばれている手法です。そのままタンドール(窯)で焼けばタンドーリチキンになります。オーブンで焼いてもタンドーリ風チキンになる。一度焼いたチキンを使って作るカレーで有名なのが、みんな大好きバターチキン(実際には焼かずに作っている例が多いですが)。マリネした肉をそのままカレーにするレシピもいっぱいあります。そのときに疑問が浮かぶのは、マリネの時間。

レシピを見ているとこんな表記によく出合います。「鶏肉にマリネ液をよくもみ込み、30分ほど(できればひと晩)マリネする」。僕もだいたいそう書いている。30分の場合も2時間の場合もあるけれど、そのあとにたいてい「できればひと晩」と付け加える。時間のない人なら30分でもいいけれど、ひと晩置いたほうがおいしくなりますよ、ということです。本当にそうなんでしょうか?

マリネとは香味液に食材を一定の時間浸すことを言います。ポイントは、ワインやヨーグルト、ビネガー、レモン汁などのすっぱいものを使うこと。酸性、すなわちpH(ペーハー)の低いものに漬けることによって、次の現象と効果があるといわれています。

【現象】 筋繊維の間に隙間が生じ、保水性が高まる。タンパク質分解酵素の働きが活発になり、筋繊維間の結束が弱まる。繊維を結合するコラーゲンが酸性化してゼラチン化が促進され、加熱により溶けやすくなる。

【効果】 マリネ液の風味が肉につきやすくなる。肉が軟らかくなる。

マリネの時間は、長ければ長いほどこの効果がより期待できることになります。インド・オールドデリーに「モティマハール」というレストランがあります。インドでタンドール料理を初めて披露した店として有名ですが、ここのシェフを取材したとき、「チキンのマリネは48時間がベストだ」と話してくれました。じゃあ30分では効果がないか、というとそうでもない。たとえばブッフ・ブルギニヨン(ブルゴーニュ地方の牛肉の赤ワイン煮)では、赤ワインと香味野菜で牛肉をマリネしますが、30分後でも明らかに肉がマリネ液を吸い込んでいるのが見た目に確認できます。肉の種類や部位とマリネ液の内容、マリネ時間との関係は複雑で、どうしたいかによってケースバイケースですね(これ、最もつまらない答え……)。

そういえば、とあるイベントの参加者からこんな質問がありました。

「水野さんのレシピで鶏肉をマリネして作るカレーがありますよね。わたし、買い出しができるのが日曜で、マリネできるのが月曜の夜。それを調理できるのが金曜の夜なんです。月曜にマリネした肉は金曜まで冷凍保存できますか?」

彼女は、本の著者に直接会って質問ができるチャンスだ! と喜び勇んでイベントに駆けつけてくれたそうです。僕は絶句して、なんの答えもできませんでした。マリネした肉を冷凍したらどうなるのか。なんの知見も経験もなく、「えええ!? 冷凍はしたことないです、わかりません……」と話すのが精いっぱい。月曜マリネの金曜カレー。難問です。4日間だったら冷蔵保存でイケるような気もしますが……。

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