秘密と女

秘密を纏った女は美しいとはよく言うけれど、それは秘密を共有された人にしか言えない台詞だ。その一方で秘密は誰にも漏らしてはいけないよと幼い頃から言い聞かされているのも事実。共有した秘密はまことしやかにささやかれて、あっという間にゴシップになる。
「え、誰から聞いたのそれ」
テーブルの端で彼女が身を固くしたのが分かった。その向かいに座った、若草色のニットの男子が、あ、これしゃべっちゃいけないやつだった、とあからさまに頬をひきつらせている。
その様子をテーブルの対角線上で私は、空になったビールに続く酒を選びながらばかだなあ、と聞いていた。
秘密なんてあってないようなものだ。秘密が秘密でいられるのは、当人の体内にあるときだけ。だから私は絶対に秘密を手離さない。内緒話はただただ火花のように消費されていくから。

そういうところが可愛くないんだよ、と斜め向かいでメニューに目を落とす女の、切り揃えられた黒髪ボブの鋭利な毛先を見ながら思った。出てきてしまったゴシップは派手に散らさないと本人も浮かばれない。不発弾になるか花火になるかは周りの反応次第だ。
我関せずの様子でしらっとしているあの女は、いつまでたっても高潔で、彼氏ずっといないよとか言うくせにその振る舞いは手慣れている。そのくせグラスを持つ手は小さく震えていて、いつもさっさとメニュー決めるのにずいぶんと長考だなと顔を見れば瞳は文字列をなぞるばかりでちっとも色がない。ばかだなあ、と僕は昨夜の情事を思い出しながらつまらなく思う。

解散の音頭をとって、みんなが二次会に行くのか解散するのか空気を読み合っているのを、あの子はすっと抜けていく。わたし明日あるから、じゃあね、今日楽しかった、また飲もうね、と。まるで予測変換みたいに気持ちが上滑りする言葉を並べて。あたしだって明日はあるっつの。あの子は背を向けると、浮かない顔をしていた隣の男子を見上げて何か聞いた。その男子も踵を返したのを見ると、帰る?とでも聞いたのだろう。さらっと自分を優先するあの子が本当は羨ましい。飲み会だって呼ばれるだけ言ったら財布が軽くなる。というか2年前は一緒に幹事やっていたのに、どこでこんなに違ってしまったのだろう。いや、違う。あの子はあの頃からいつも気配を消すようなところがあった。まるで、すべてをまるごと捨てて逃げ出す機会を伺う難民のように。

「ねえ、彼女にいつか刺されるよ」
「絶対言うなよ、酔っぱらってぺらっと言ったりしないでよ」
「ちゃんと今日も黙ってたじゃん」
まあ彼女がいるのにセフレを作る彼も彼だが、キスをされたからといってほいほい着いていくわたしもわたしだ。
ほんと、馬鹿だよね
肩をぐいっと引き離して強引に唇を奪ったら、彼が唇の端で笑ったのが見えた。

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