見出し画像

よこがお


消えなくても、癒えなくても、生活はつづく。


*

よこがおを見ていると、何だか笑ってるんだか怒ってるんだか分からないかお。それが何故か焦れったくて。いつからこれを、すきだとかかっこいいだとか思うようになったのだろうか。そういうこと、何も考えなくて、ただ私は、このよこがおをいつまでも眺めていられたらいいなと心から思った。それだけだった。

よこがおみたいな月。今日の月、花王のマークみたいだね。何にも面白くないけど、そんな面白くもなんともないことが、いつもなら「面白くないから言わないでおこう」と思うようなことが言える。だから。それだけだったのだ。だった。のに。今夜は月がずっと見える。あの人、笑っているの、怒っているの。焦れったい。寂しい。ひとりにしないで。もっと、ずっと。ぎゅっと目を瞑るとぼたっと音を立てて落ちる雫。その目の上で、まるで、蝋のように溶けたくちびる。このまま冷えて固まれば、雫は落ちないのに。待ってはくれない、そのよこがお。

*

深夜3時過ぎの外の世界は、思ったよりも賑やかだった。新聞配達のバイクが忙しなくウィンカーを 光らせる。私は何かから逃げるようにまた、裸足にバレエシューズを履いて駆け出した。地面がかたい。次第に足の裏はヒリヒリする。知らない男に声をかけられることを想像する。みんな、私のこと、女としか思っていないんでしょう。何処へでも連れていきなさいよ。帰りのタクシー代は頂戴ね。なんて。最低な自分を、痛めつけるように、じんじんする足で、地面を踏みつける。もうみんな、眠ったのかしら。私は、いつまでも歩き続ける。この身がある限り。情けないけれど、歩き続けるしかないのよ。

冬ならいいのに。冬なら、私がこの世界から仲間外れになってしまう理由になる気がして。日々を終わらせるには十分すぎる理由になる気がして。秋服、何着ようかなぁということだけを考えることにした。

*

きみは、誰のことも好きじゃないんでしょう。と、言われる。君なら分かってくれる、そうしんじていた、きみにも、あのひとにも。誰のことも好きじゃない。それって、あなたがもっと愛されるべきだという理由になるかしら。誰のことも好きじゃないんでしょう、なんて言葉を吐いて、あなたが私を愛さない理由になるなんて。分からない。あなたは、誰のことが好きなんですか。

*

待ってよ。虚しく地面に吸い込まれる、でも確かに私から発せられた声。待ってはくれなかった、それが意外に心地よくて。暗闇にある、転がり続けるそれは、可笑しくて、美しかった。こんなに美しいのなら、ここで負けを認めて、終わらせても良かった。なのに、終わらせてくれなかった。私は今、逃してはならない一瞬を手に入れようとしたのではないか。

画像1

生活が続く。洗濯も掃除も皿洗いも料理も。私がいて、君がいて。たのしいも、うれしいも、くだらないも、かなしいも、なさけないも、さみしいも。君がいて、私がいて。生活を続けていかなければ。

生活は続く。君との世界に、生活が続いていれば。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?