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【おすすめ本の紹介】日本SFの臨界点[怪奇篇]

SF短編小説好きとして、ずっと気になっていたアンソロジーです。ようやくいくつか読めたので。

「2010年代、世界で最もSFを愛した作家」と称された伴名練が、全身全霊で贈る傑作アンソロジー。日常的に血まみれになってしまう奇妙な家族のドタバタを描いた津原泰水の表題作、中島らもの怪物的なロックノベル「DECO-CHIN」、幻の第一世代SF作家・光波耀子の「黄金珊瑚」など、幻想・怪奇テーマの隠れた名作11本を精選。全作解題のほか、日本SF短篇史60年を現代の読者へと再接続する渾身の編者解説1万字超を併録。

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この面々。
読まざるを得ない。

中田永一(乙一)が載っている以上読むことは揺るぎなかったのですが、こうしてSF短編で注目されだしているのは嬉しい。あとは今年読んだSFの中でベストに挙げてもいいくらい刺さった『プロジェクトぴあの』の山本弘。山田の好きな妖怪くだんの出てくる傑作SF『五色の舟』の、津原泰水。

とても素敵なラインナップ。

中でも、中島らもがトップバッターに来ているのには驚きました。むかし、爆笑問題の深夜番組で見た程度の知識なんですが、ドラッグ系のサブカルを書いているイメージだったので、SFのイメージがなかったのです。

まだすべては読めていませんが、二作だけ強烈に印象に残ったので紹介します。


『地球に磔にされた男』(中田永一=乙一)

父の友人から譲り受けた時計『時間跳躍機構』。それはタイムマシンではあるが、座標指定がうまくいかない代物だった。10年前に戻ったとして、地球はその位置にはない。太陽の周りを公転しているし、太陽だって銀河系の中を回っている。銀河系だって進んでいる。なにも考えずにタイムスリップをすれば、真空に投げ出されるだろう。

そのため、『時間跳躍機構』は10年前に一瞬だけ行き、地球の座標が計算可能なうちにすぐに10年後に戻ってくるというシステムが組み込まれた。つまり『結果的に、現代にしか行けないタイムマシン』。

主人公の青年はこのガジェットを意図せず発動させてしまい、10年前にタイムスリップしてすぐ(その時間軸での)10年後に戻ってくる。すると、10年前に青年ひとりぶんだけ増えた質量によって、その宇宙ではバタフライ効果が生じてしまっていた。些細なことから街のようすも変わり、その時間軸で10年過ごした自分は別の運命をたどっている。

自分はこの十年間、努力をしなかったし、成功もしなかった。ギャンブルに金を注ぎ込み、酒を飲んで寝るだけの日々だ。だけどもしかしたら、この十年間のうちに、まともな職について資産を築いた俺もいるのではないだろうか。十年前に枝分かれした無数の時間軸のどこかには、そういう俺自身がいたっていいはずだ。

何度も何度もタイムリープを行い、ありえたかもしれない自分に出逢い、あわよくば殺して成り代わろうとする。そこにはたまたま雨が降ったことで自分を支える女性と出逢え、家庭を持てた自分もいて。

が、ある事件をきっかけにして、彼の価値観は変わっていく。様々な時間軸での俺の写真を撮って残し、立ち止まっている自分に出逢えばそれを見せて励ますようになっていた。「それにくらべてハズレの人生だ!」という自分には、交通事故ですでに亡くなっていた時間軸の俺の話をする。様々な自分に寄り添いながら、彼は旅を続ける。

「ここはおまえが過ごした十年間だ。俺にはわかった。なりすますことなんてできやしない。俺はたくさんの俺に出会ったが、同じ俺はいなかったし、おまえはおまえだ。つまり、俺の居場所はここじゃないってことだ」

そして最後に彼の居場所となるべき時間軸は。

乙一らしい、『日常にひとつ奇妙なガジェットから始まる物語』です。殺して成り代わろうとするあたり「おっ、黒乙一か」とも思いましたが、それは大きな誤り。白乙一です。切なさの名手です。さすがの一言しかありません。この物語があんなにきれいに結ばれるとは。


『DECO-CHIN』(中島らも)

スプリットタンやインプラントなど身体改造を当たり前に行う若者たち。そのようなアングラ向けの雑誌の編集者である主人公が、あるロックバンドとの出会いを果たす。執筆三日後に作者が亡くなった、遺作の短編。

……先の乙一のように紹介文を書ければいいのですが、あまりに衝撃的すぎて、うまく書くことができません。読んで! ものすごい作品だから読んで! 一度読み終わったあと、あまりのことに飲み込めず、もう一度すぐ読み返してしまったくらい。

身体改造からドラッグ、音楽まで知識が幅広く、そして文章力が凄まじい。後半の演奏のシーンなんて、ふつう文章でここまで書けないでしょ……。そしてめくるめくアングラの世界。奇形、エログロ。小学校のときにはじめてヴィレヴァンに入ってそういう系の写真集を見てしまった衝撃を思い出しました。

結論から言うと、僕という人間は生まれてから今日まで、ずっと、"ゾンビ"だった。眠り、起き、飯を食い、糞小便をし、人が"仕事"と呼ぶものをやり、歩き、走り、止まり、たまにだがセックスをし、要するうに動いてはいた。しかし、一瞬たりとも"生きた"ことは無かった。つまり"ゾンビ"だよ。しかし、僕は"生きる"ことにした。コレクテッド・フリークスに入る。それが僕にとっては"生きる"ことだ。そのためには自身を奇形化しなければならない。


それぞれの短編の紹介として、選者による作者の解説があるのも素敵。ここから新しい出会いがあるかも。また、ここに掲載されている短編はほとんど再録されていないそうなので、知っている作家の未読の作品とも出会えるかも。乙一がこんな短編書いているなんて知らなかった。

新しい出逢いでいえば、『笑う宇宙』が掲載されている、中原涼。『天才てれびくん!』でやってた『アリスSOS!』の原作者なんですね。アニメは当時見ていたんですが、知らなかった……。

気になる作家や作品があったら、ぜひ読んで。
っていうか、『DECO-CHIN』読んで!!!
この言葉にならない読後感を味わって!!!

「2010年代、世界で最もSFを愛した作家」と称された伴名練が、全身全霊で贈る傑作アンソロジー。日常的に血まみれになってしまう奇妙な家族のドタバタを描いた津原泰水の表題作、中島らもの怪物的なロックノベル「DECO-CHIN」、幻の第一世代SF作家・光波耀子の「黄金珊瑚」など、幻想・怪奇テーマの隠れた名作11本を精選。全作解題のほか、日本SF短篇史60年を現代の読者へと再接続する渾身の編者解説1万字超を併録。

こちらも読みたい。

『なめらかな世界と、その敵』の著者・伴名練が、全力のSF愛を捧げて編んだ傑作アンソロジー。恋人の手紙を通して異星人の思考体系に迫った中井紀夫の表題作、高野史緒の改変歴史SF「G線上のアリア」、円城塔の初期の傑作「ムーンシャイン」など、現在手に入りにくい、短篇集未収録作を中心とした恋愛・家族愛テーマの9本を厳選。それぞれの作品への解説と、これからSFを読みたい読者への完全入門ガイドを併録。

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