聞こえるか聞こえるだろう遙かな 雨森小夜

Vtuberの配信スタイルを表す言葉として、「ヤベーやつ」というものがある。この「ヤベーやつ」という言葉にはいろんな意味が込められているが、大まかにふたつ、分けられる。ひとつは「ギリギリの言動をする奴」、ふたつめは「配信が予想出来ない奴」

前者の「ギリギリの言動をする奴」というのは、例えば言葉使いが粗いとか、話題がYouTube規約すれすれとか、一歩間違えれば人理に悖るような行為になってしまう、そういうラインと言える。この代表だと、例えば神楽めあとか、にじさんじ・御伽原江良とか椎名唯華だとかがその範囲にいる。こういった「ヤベー奴」の面白さは、ギリギリであること、そしてテンションの高さなどで引っ張られるところだろう。こういう感情は、英語ではおそらくexcitingと表現できる。

後者の「配信が予想出来ない奴」というのは、言い換えれば高いエンターテイメント性である。何か傑出した技能を持っていて、それを披露するタイプの「ヤベー」と言える。この例として最もわかりやすいのがにじさんじ・月ノ美兎だろう。企画の内容から演出まで、彼女はエンターテイメントの塊であり、Vライバーの最高峰を突き進んでいる姿は1度配信を見れば分かるほどだと思う。他にもにじさんじ・森中花咲のOBS芸がいる。「傑出した技能」という面は多くのVが持っており、そういう技能を英語でtalentという(カタカナ語のタレントはこれに由来するが、"芸能人"という意味はtalentを"芸能"と訳したことから意味が拡がったのだろう)。
talentがVのひとつの魅力であり、月ノ美兎・森中花咲・にじさんじSEEDs出身の企画隊に始まり、ゲーム実況Vの耐久配信とか、アイドル部・夜桜たまの麻雀(ひとり四面打ち)、もこ田めめめ(イラスト、モデリング)、あにまーれ・因幡はねる(彼女は本当に多芸である)、MonsterZ MATE(コント)、Vsingerもここだろう、前者の「ヤベー奴」もトーク力についてはこういうtalentに含まれると思う。
こういう感情は、英語で言えばおそらくinterestingと表現できる。

さて、にじさんじに雨森小夜というライバーがいる。詳細については非公式wikiを参照していただきたい。
私が彼女を知ったきっかけは……といっても私はにじさんじの新人は全員追いかけているので、切欠も何も……という感じではあるが……

見た目は黒髪、色白、真っ黒なセーラー服ででおとなしそうな印象を受けると思う(あなたは新世紀エヴァンゲリオンで誰が好きだった?私は綾波レイだ。)
雰囲気について、このふたつの動画を見て欲しい。片方は小川未明「赤い鳥」の朗読、そしてもうひとつは宮沢賢治「星めぐりの歌」(編曲:バーチャルねこ)である。

いかがだろうか。「儚げな空気」とか「繊細さ」が感じられたと思う。

スタイルについて、彼女の初期の動き方は「図書委員」「放送委員」に分かれていた。まず「図書委員」の動画を見てみよう。


セリフ回し、展開、ゆったりとしていて透き通る声、そして演出。「何か裏があるかもしれない、夏のひとつの幻風景」みたいな感覚がある。夢の中にいるような……

この4つの動画を見て、おそらく多くの人は「ホラー系V」に近い印象を彼女に持ったと思う。実際私も、彼女の最初の印象は「にじさんじには珍しい、薄幸タイプの少女か」という感じだった。個人でいったら雷電カスカとか、にち・ブロードスカヤとか、そういうタイプの。

さて、雨森小夜のエンターテイメント性はそういう部分か……とは問屋が卸さないのがVである。

なんだこれ?

儚げな少女?ホラー風味?そんなものはここにはない。
理不尽・ギャグ空間これが彼女のもうひとつの側面、「放送委員」である。ギャグ・理不尽エンターテイメントの雨森小夜。
にじさんじといえば配信だが、彼女の初の配信を見てみよう。

《放送部生放送 雨森と学校見学 前篇 https://youtu.be/8N6zjqyEUwI
《放送部生放送 雨森と学校見学 後篇 https://youtu.be/sqCz3s-eqtU 》

なんかもうしゃべり方がメチャクチャハイテンションである。ファンアートを紹介しつつ校内見学(配信事故を起こしながら)していたら神に地獄に落とされて(そして配信が落ちたせいでアーカイブが分かれる)、最後には第九をBGMに天に昇る、という展開。ちなみに最後はメガネをかけている。
リアルタイムでこれを見たとき、マジで大笑いした。本当に。

これ以降、雨森小夜も配信タイプに切り替わっていく。とはいっても他のにじさんじライバーと違って配信頻度が高くはなく、1ヶ月に2~3回、深夜に配信されていた。
その初期(2018/12/22)のアーカイブを見てみよう。

《少しだけ図書室にて話をしてから刑務所にぶち込まれる放送 》 https://youtu.be/GxFwNLfpdDQ

もうタイトルからして混乱する。15分ごろまでは図書委員として本の話(実際、彼女の読書経験は多そうである)、後半は刑務所(拘置所、後に網走刑務所と判明)にぶち込まれて刑務所の豆知識を教えてくれる雑談になった。刑務所系Vといえば懲役太郎が有名だが、なんで……

この後、年があけてにじさんじ新春企画としてにじさんじすごろくが開催され、そのメンバーに雨森小夜が含まれていた。

Vtuberにはいくつかバズの経験が生まれることがある。雨森小夜の1回目のバズはこれだろう。
にじさんじSEEDsはデビュー時から人数が多かったため、新しくライバーが増えても注目されないことが多い。そのため、こういった大規模コラボで初めて自分が追っているライバー以外のライバーを知った、という経験は少なくない。
この配信での雨森小夜のムーブとしては
・でびでび・でびるというボケ倒しライバーをツッコミに回させるボケ
・母雨森
・鷹宮リオンとの営業(?)
・ナチュラルなにゃん語尾

など、ハイテンションキャラを見せつけてきた。そしてその後の配信で、

《生まれ変わる放送 にじさんじすごろく大会の感想と質問返しとママになる https://youtu.be/5aAUbn7W6sg 》

告別式が催される。

その後何事も無かったかのように雑談が始まる。
そして母雨森(ヒステリック、無気力、モンスター)。
もう盛りだくさんすぎて……母雨森の演技力の高さは感嘆の一言に尽きる。

《(※最後音量注意※)変わらない日常の大切さを感じる放送 質問返しをして妹になって世界は終わる https://youtu.be/-080QH5__LM 》 

そして今度は妹になる。この時、演技が過ぎてリスナーがマジでダメージを受けるという展開が起こったりする。そして何よりこの配信の名展開といえばオチである。左上でカウントダウンが起こってるから分かるよね……

こういったキャラを演じ分けることをネタにするライバーとしてな他にも月ノ美兎(属性別雑談)とか樋口楓声劇ライバーなどがいるが、演技力では雨森小夜はズ抜けていると思う。

配信をする上で、収益化(いわゆるスーパーチャット)という部分は企業Vにとってひとつの目標である。雨森小夜は配信回数が少なかったりの理由で収益化がなかなか通らず、運営に相談したところ、「画面に動きをつけたらよいのでは?」とアドバイスを受けた。「ゲーム配信は得意ではない、配信で画面を動かすのはどうすればいいか……」という問題に雨森小夜が出した答えがこれである。

《(※画面酔い注意※)軽快に動きながら行う放送 OBSとの戦い https://youtu.be/84d9ooGeH48

そっちが動くのかよ

そういうツッコミをせずにはいられなかった。これが雨森小夜の才能、発想の逆転である。「予想を斜め上を行かれる」とは本当にこのことだろう。

そしてその後、妹キャラ・ギャル森サヤを生み出す。

《ゲームをする放送 ナウなヤングだからゲームセンターに行きたい https://youtu.be/KgRZ5ohwLKc

サヤちゃんはかわいいなあ。雨森小夜本人は20分ごろから登場する。やはり予想外の形態で。
そうこうしている間に、にじさんじ・舞元啓介とジョー・力一というオッサンコンビが配信する深夜ラジオ的番組「舞元力一」にゲストとして呼ばれ、舞元啓介に対して攻めの姿勢を見せる。

そもそも舞元力一のコンビは懐かしめのラジオや芸能ネタ、インターネットジャーゴンが通用する仲だが、それにトーク力と切り返しをする雨森小夜もまたひとりのアングラ知識人ではなかろうか。「タンザニアで泥酔ゲリラライブをする向井秀徳の情景が浮かぶ」ってなんだかよくわかんないけど……

この舞元力一でにわかに名前が広がり始め、そしてその反省配信で2回目のバズを起こす。

《ヤンデレる放送 舞元力一に出た話やらマイクのその後やら色々 https://youtu.be/5i_oD45sAWE

普通、スーパーチャットを送られた配信者はそのリスナーに反応して挨拶などのアクションを取るか、最後に読み上げるか、スーパーチャットの読みあげはしないスタンスとするか、というのが主流である。読みあげるとそこそこ時間がかかるし、場合によっては話の流れが切れてしまったりもする(多くのライバーはうまいこと馴染ませていると思う)。
しかし雨森小夜は違った。ヤンデレになって一軒一軒家を訪ねながら、その家がスパチャ送信者の名前である。つまり、スパチャ読みあげをもエンターテイメントとして自分の配信の一部に昇華してしまったのだ。
そしてこの展開

強烈すぎる。発想が天才としか言いようがない。

こういったスパチャ読みあげ芸家族配信(妹や祖母、弟たち)を始めとした劇配信、OBS芸、ここでは紹介しきれないが音楽センス(クラシックからロック、アニソンなど……ジョー・力一に平沢進のリクエストを送ったりする)、読書経験などの知識量、そしてなにより歯切れの良いトークと滑舌といった、エンターテイナーとして「ヤベー」を体現し続ける雨森小夜。配信は土日の25時からがメインになっていくそうだが、目が離せないひとりだろう。


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