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ブラジル留学日記02 「例のモノ、持ってきましたよ」

30時間以上の長旅の末、朝7時にサンパウロの東洋人街にある教会のゲストハウスに到着した私は、部屋に入った瞬間ベッドに横になり眠ってしまった。

目が覚めると、約束の時間まであと少しだった。
急いでシャワーを浴びる。

部屋で簡単にメイクをしていると、吹き抜けのロビーで牧師さんと誰かが話す声が聞こえてくる。
どうやら私が約束していた友人が早く着いたようだ。

今西さんと出会ったのは、2010年1月に私が初めてブラジルを訪れた際だった。
と言っても、同じツアーに参加したためブラジルで出会っただけで、普段は大阪に住んでいる。

そのツアー以降、今西さんが東京に来る際に一緒に演奏(彼はボサノヴァ弾き語りをする)をするようになった。
東日本大地震が発生した時は、大阪から電池や食料、足りない日用品を持ってきてくれた事もあった。

今回、たまたま彼の2度目のブラジル滞在とタイミングが重なり、こちらで会う事になったのだ。

「お久しぶりです〜。例のモノ、持ってきましたよ」

語尾を伸ばす独特な関西弁。東京で会う時と同じテンションだ。
そして、例のモノより今西さんが靴を履いていたのが真っ先に目が入った。

あれ?ハワイアナス(ビーチサンダル)じゃない。


それは初めてのブラジル滞在のことだった。
リオデジャネイロが灼熱過ぎて、私はスニーカーを履いていられず途中でハワイアナスを購入した。周りのツアー参加者も同じようにハワイアナスを履いていた。
それから「夏のブラジル=ハワイアナス」が頭の中にこびり付いていたのだ。

でも、それは私が作り上げた思い込みだった。
後で知ったのだが、ビーチサンダルで街中をフラフラするのは海岸沿いや田舎の住民だけだ。

サンパウロ市内は坂が多くてビーチサンダルでは歩きづらいし、何より危険な目に遭った時に走れない。
それに、南米最大の都市サンパウロに住む人々の生活は非常にせわしく、街中でビーチサンダルは「ヴァガブンド」、つまり放浪者と見られるんだと現地在住の人が教えてくれた。

それを聞いてから、ビーチサンダルでサンパウロの街中を歩くのはやめた。


ところで、受け取った例のモノとは、オルケストラ・フンピレスというアフロブラジル音楽を演奏するバイーア州のグループのコンサートチケットだ。
ゲストでジルベルト・ジルが参加する事になっている。
ライブは来週だが、売り切れそうだったので事前に購入をお願いしていたのだ。
SESC(セスキ)という施設で行われるコンサートにはブラジル全国の有名なアーティストが出演しているのだが、不便な事にチケットは窓口でしか購入できない。(2022年現在はサイトで購入可能)。

場所はSESC Pompeia、チケット代は50レアル(当時のレートで2300円程度)

「お昼まだでしょう?ポルキロ行きますか~?教会の前にね、ちょうどいいお店があるんですよ~」

ポルキロというのはブラジルのレストランの非常に便利なシステムだ。
自分の好きなものをお皿にとるビュッフェ・スタイルだが、その重さで値段が決まる。
そのため、料金表には「1キロあたり〇〇レアル」と書かれている。

一見良さそうなこのシステムも、その「重さ」の感覚に慣れてない私にとっては、ある意味おそろしいレストランでもあった。

よく考えず、どんどんお皿に盛って測ってもらうと、想像の倍以上の値段になってしまうこともある。
もちろん一度お皿に盛ったものは「じゃあ減らします」という訳にはいかない。

初日だからと、この日は好きなように盛ってみたら16レアルになった。
この時はこれが安いのか高いのかもよくわからなかったが、食べたいものは食べられた。

飲み物はブラジルらしくアサイーのジュースをお願いしたのだが、実はアサイー以外の果物の名前がメニューを見てもわからなかったというのもある。

久しぶりに会った今西さんと、相変わらずブラジル音楽の話で盛り上がった。
ポルトガル語の勉強に相当力を入れているそうで、暗譜で歌えるボサノヴァ弾き語りのレパートリーも増えていた。
また、近いうちに大阪の音楽仲間たちがこちらに到着するので、彼らをエスコートする予定だと言う。

食事を済ませると、今西さんは「カフェ飲みますか〜?」と聞いてきた。
コーヒーを「カフェ」と呼ぶのは、ブラジル・オタクの証である。

私はお願いしますと即答した。
せっかく来てくれたのに申し訳なかったが、実は眠くて倒れそうだったのだ。

「カフェ、ポルファボー」

その言葉のあとは、今西さんが店員と何を話しているのか私には全くわからなかった。
驚くほど流暢なポルトガル語だった。

そして私の方を向いて、こう教えてくれた。

「ポルキロのカフェはねぇ、食事をした人はタダなんですよ〜」

そうなんだ。良いこと知ったな。

砂糖がたっぷり入ったカフェを飲んでいる間も、今西さんは店員と楽しそうに話していた。
私には今西さんが既に長い間ここで生活している人のように見えた。

私もいつかこんな風に話せるようになるのだろうか。

そのあと4年ぶりのリベルダージを少し歩いて、15時ごろに教会に戻った。
部屋に入るとカフェの効果が切れたのか、眠くてついベッドに横になってしまった。

ウトウトしいる間、ゴォォ〜と雷の音が遠くに聞こえて間もなく、夕立が起こった。
教会のトタン屋根に激しい雨が落ちて大きな音をたてる。
その音がだんだん遠のいていくの感じた。
私はまた眠ってしまい、目覚めた時には夜中の1時を過ぎていた。

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